クロエの結婚式 ①
部屋で荷物の整理をしていると、戸をノックする音がした。
こんな時間にと思いつつもドアを開けると、執事服に身を包んだセルロスの姿がそこにあった。
へー、様になってるじゃない。いつもは、無造作にしている黒い髪を後に撫で付けている。黒い切長の瞳に長い手足、剣を操るための鍛えた身体。ピシッとした執事の格好が良く似合う。こいつ、元の造りは良いのよね。性格の悪さが全てを台無しにしてるけど…。
いったい何の用よ。もしかして、着いた初日早々、ダメ出しの為にわざわざ部屋まで来たとか?あー、嫌だ嫌だ。もう、パワハラ以外の何物でもないわ!
「何の用?」
敢えてつっけんどんな物言いで尋ねる。
「明日、クロエ嬢の結婚式だろ?一緒に行こう、馬車代節約になるし、エスコートしてやるよ」
うっ、断る理由がないわね。一人で馬車を借りればいい金額になる。出せないことも無いが、今までコツコツと貯めてきた貯金が心許なくなるのは確か。かといって伯爵家の結婚式、乗合馬車や徒歩で行くわけには行かない。
そっか、執事だから旦那様の名代で行くのか、盲点だったわ。彼にはパートナーが必要、私は馬車が必要。セルロスは侯爵家の馬車を使うだろうから、乗っけて貰っても代金を払わなくてもいい。お互いウィンウィンじゃない。
「ええ、そうするわ。正直、馬車代は痛かったのよね」
「後、コレ」
セルロスの手には大きな箱と、その上に小さな箱二つ。彼はそれらを躊躇無く部屋のテーブルの上に置いた。
「何、コレ?」
「明日の服だよ。後、靴とアクセサリーも用意した。そんなに高い物じゃないけどな。一応揃えて購入したからそのまま使えるぞ」
アクセサリーに、ドレスに、靴?
何故に?
ああ、私がお下がりをチグハグに着ていくと思ったのかしら?確かに、セルロスと行くということは、リマンド家を代表して行く、パートナーの私が酷い格好をするわけにはいかないから気を遣って用意してくれたのね。素直に有り難く頂いておこう。
「ありがとう。助かるわ」
素直にお礼を言うと、セルロスはなんとも言えない表情をする。
「ありがとうはともかく、プレゼントを貰って助かるわ、はないだろ?初めて聞いたよ、そんな台詞」
助かるものを、助かると言って何が悪い。私の手元にあるアクセサリーは、お母様がお嫁に来る前に着けていた翡翠の首飾りと、イヤリングのみ。これに合うドレスは手持ちに無い。どうしたものかと悩んでいたから相当助かったのだ。
「そんなことより、開けて良い?新品のドレス貰ったのって産まれて初めてなのよ」
これでも女子ですから、新しいドレスにはテンションが上がる。アクセサリーから、靴まで自分の為に誂えて貰う機会なんか、貧乏騎士家の娘である私には無かった!
「ああ、どうぞ」
セルロスの言葉に待ってましたとばかりに、一番大きな箱のリボンを解く。中には、春らしい淡いブルーのドレスが入っていた。
「わあー、可愛い」
セルロス、イヤミなヤツと言ってごめん。こんな素敵なモノを用意してくれるなんて、なんて良いヤツなんだ。いったい幾らしたんだろう?高い物でないけど、と言っていたけど本来ドレスは高価な品物だ。安くてもそれなりの値はする。
横の箱を開けると、ドレスと同じ色のリボンをあしらったパンプスが入っていた。一番小さな箱には、小粒ではあるがブルーサファイアのネックレスと、イヤリング。
「高かったんじゃない?本当に私が貰っていいの?」
「ドレスと靴は君のサイズで用意したんだ。今更返品されても困るよ。それに、これらを俺が持っててもどうしようも無いしな」
ふーん、この前の冒険者の美少女とか、セルロスに気があったみたいだけど?今まで気が付かなかったのだが、セルロスはよくモテる。リマンド家の侍女達は貴族狙いだから、セルロスは眼中にないんだろうし、それに本人が良くても、親は許さない。リマンド家に来る行儀見習いの侍女は伯爵家とか子爵家、男爵家のお嬢様。騎士爵の家なら釣り合いが取れるのだろうけど残念ながら、私一人。
でも、よく見ていると、出入りしている野菜売りの娘とか、庭師の娘とか、用もないのにわざわざやって来て、一生懸命に話しかけている。
縛りがなきゃ、すぐにでも結婚できるのにね。彼女達に社交は無理そうだもんね。
ただ、あの冒険者の髪の色が引っかかる。高位の貴族の髪の色だ。彼女、没落した貴族の娘か、どこぞの貴族の落とし種なのかな…。でも、あの雰囲気なら淑女教育は受けてないよね…。
「どうした?考え事か?」
セルロスに尋ねられ、先程考えていたことを知られたくなくて、慌てて首を振る。
「長距離の移動で少し疲れたみたい」
疲れているのは本当だしね。
「なら、もう休むといい。明日、母さんとリサが準備をしてくれるから、遠慮なく頼むといい。リサがとても楽しみにしていたら、悪いが付き合ってやってくれ。あいつはお嬢様の侍女になりたいらしいから、機会があれば練習したいんだろう」
有難い申し出だわ。
「頼んでくれたのね、ありがとう」
じゃあ明日な、と言い残してセルロスは部屋を出て行った。
セルロス、良い所もあるじゃない。
ドレス一式のプレゼントと準備を頼んでくれたことで機嫌が良くなる現金な自分に、自分で呆れつつ、それでも顔のにやつきが抑えれなくて、ベッドに倒れ込みまくらを抱きしめてゴロゴロと寝返りを打ちながら身悶えてしまう。
ドレスをプレゼントされたのは、あの美人冒険者でも、セルロスの気を引こうと一生懸命に頑張っている野菜売りの娘でもない、自分なのだ!
今回はたまたま、クロエの結婚式だから私が都合が良かっただけだろう、でも、私が選ばれたことにかわりはない。なんとなくセルロスに認められたような気になり、優越感に浸りながら眠りについた。




