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結婚式 ②

ユリはドリンクを片手に人の間を縫って、セルロスとスミス夫人を探した。

 

 セルロスは厨房へと続く扉の側で、会場全体に気を配りながら、使用人達に指示を出していた。スミス夫人はソファー席の側で熱心にヴルグランデ侯爵と話すスミス侯爵に寄り添い、顔に笑みを浮かべながらもつまらなさそうにシェリー酒を口に運んでいた。


 あら、珍しくスミス侯爵の横にいらっしゃるのね。難しい話で、話題についていけず楽しくもないでしょうに。


 ユリがセルロスの方を見ると、セルロスは視線で準備が整った事を合図した。セルロスの目線の先には、本来なら呼ばれることのないであろう、男爵家の子息達と昔、スミス夫人が仲の良かった令嬢達の姿があった。既に、彼女達も結婚しているが相変わらず懇意な様子だ。スミス夫人をチラチラ見ながら、皆で集まって談笑している。その中にはスミス夫人と良く似たの妹の姿もあった。


 ユリはそっと彼らの側へ行き、会話の内容に聞き耳を立てる。


「何がスミス夫人よ。マティアーノとの約束を破って、公爵夫人の座に収まるなんて…。あの後、マティアーノが、どれだけ辛い思いをしたと思っているのかしら?」


「スミス侯爵が見初めたのだって、本当は妹である貴女の方でしょう?あのミサに彼女は参加して居なかったのに…」


「もう、良いんです。現に姉は侯爵夫人なんですから…。そのお陰で、私は幼い頃から憧れていたマティアーノ様と結婚できたので…」


 スミス夫人に良く似た女性がマティアーノと呼ばれた男性を見て、優しく笑んでいる。マティアーノもスミス夫人の妹に優しい眼差しを向けた。


「寧ろ良かったよ。結婚前にあんな女だと知れて、スミス侯爵には感謝しているさ。だが、彼女の事を許せるかと言うと話は別だな。侯爵夫人になったのだから、少しは親孝行でもするかと思いきや、あんなに良い義両親にこんな仕打ちをしているんだから」


 そう言うと、マティアーノはスミス夫人を睨み付けた。


 セルロスが調べた情報通りね。この話は私だけでなく、彼女達の周りにいる貴族達の耳にも入っているわ。いつもはこの機に乗じて、名だたる名家の婦女子達に声を掛けに行くスミス夫人も、今日は昔の仲間達に声をかけられたくないのか、侯爵の側に張り付いて離れようとはしない様子だ。


 さあ、始めるわよ。


 ユリはスタージャとシードルを探して声を掛けた。二人は打ち合わせ通り、スミス夫妻の元へと向かう。


「兄様、一曲踊ってくださらない?」


 快くその誘いに乗るとスミス侯爵はスタージャと共にホールの中央へと向かう。シードルはそのまま、ヴルグランデ侯爵と話し込んだ。こうなると必然的にスミス夫人は一人だ。


 よし、上手く行った。後は、元女友達か、元取り巻きかが、スミス夫人に話しかけてくれるのを待つのみ。


 先に声を掛けたのは、スミス夫人の妹だった。


「お姉様、お久しぶりです。結婚式にも呼んでくださらないし、私の結婚式にもおいで下さらない。先の戦の際に援助を求めてもなしの礫。お姉様にとって私達家族は一体何ですの?ご自分のが、スミス侯爵家に嫁ぐ際にお父様は借金までして持参金を用意しましたのに…。こんな仕打ちはあんまりですわ」


 こんな祝いの席で淑女として相応しいとは言えない行動で、姉であるスミス夫人を責める妹。その妹の言葉が真実と物語っている対照的な二人の姿。姉であるスミス夫人はマダムの店のドレスと一目でわかる豪華なドレスに身を包み、大振りのサファイアの付いた装備具を身に付けている。それに比べて、妹はというと、一昔前のドレスに小さな鈴蘭のモチーフのネックレスのみだ。


 皆の視線が集まり、スミス夫人の顔色は悪い。


「このような祝いの席でする話しではないわ」


 小声で話題を変える様に諭すスミス夫人に、妹はそれがどうしたと言わんばかりの態度だ。


「手紙を書いても、遣いを送っても時間とって下さらないじゃないですか?いつ話をすれば良いのですか?お姉様は、お父様やお母様の気持ちを考えたことがございますか?お姉様が無理をして、スミス侯爵家に嫁がなければ、私だって流行りのドレスくらい着ることが出来たんですよ?お姉様、実家に援助して貰えるようにスミス侯爵に頼むって仰いましたわよね?その話はどうなってますの?」


 堰を切ったように捲し立てる妹の姿に、スミス夫人は真っ青になり妹の腕を掴む。


「黙りなさい!その話はテラスでしましょう」


 妹はスミス夫人の手を振り払った。


「嫌です!そんなことしたら、また、なあなあにされてしまいますわ!」


 あまりの話の内容に、シードルとヴルグランデ侯爵も二人の会話に聞き入ってしまっていたようだ。


「ゴホン」


 ヴルグランデ侯爵が咳払いをする。


「御婦人、その話は本当かね?」


「はい、ヴルグランデ閣下」


「これは由々しき問題だな。だが、この場でするには相応しくない話だ。私が責任を持って、スミス侯に話をつけよう。宜しいかな、御夫人方」


 ヴルグランデ侯爵の言葉に妹は喜色満面の笑みを浮かべる。それとは対照的にスミス夫人の顔色は悪いが、此処で騒がれるよりは、と思ったのだろう。渋々了承する。


「はい、勿論でございます、閣下」


「承知致しました」


「そこの君」


 ヴルグランデ侯爵は側にいたユリに声を掛けた。


「何でございましょう」


「部屋を用意して貰えないだろうか。ゆっくり腰を落ち着けて話した方がら良さそうだ」


「承知いたしました。此方へどうぞ」


 ユリはヴルグランデ侯爵と姉妹を案内する。


「か、閣下。あ、あの、その話し合い、我々も参加しても宜しいでしょうか?」


 数名の下級貴族と思しき男性達が声を上げる。


「ん?君達も、スミス夫人に言いたいことがあるのかね?まあ、良い。この際だ。なあ、スミス夫人?」


 スミス夫人も好奇の目に耐えれず、俯きながらも小さく頷いた。


 正しい判断よね。彼らを此処に残して、有る事無い事話されるよりは別室に一緒に行った方が安心できるわ。


 ユリは皆を客間の一室へ案内した。


「スミス侯を呼んできて貰えるかね?」


 皆が席に着くとヴルグランデ侯爵はユリに目線を向ける。


「承知致しました」


 まさか、ここまで大事になるとは思って無かったわ。当初の目論見では、妹君か女友達、取り巻きだった男性達の誰がスミス夫人の評判を落としてくれれば良いと思っていたけど、妹君と元取り巻き両方とは…。


 厨房へと続く入口からユリは大ホールへと入った。


「どうなった?」


 一連の騒ぎを遠目で見ていたセルロスが、小声でユリへ尋ねる。


「首尾は上々よ、少し上手く行きすぎなくらい。騒ぎが大きくなり過ぎたから、ヴルグランデ侯爵が収めて下さったわ。今から、スミス侯爵を呼びに行く所よ」


 セルロスはユリの言葉に薄く笑う。


「それは、何より。スミス侯爵ならホールの中央でコーディネル様と踊ってらっしゃるよ」


 セルロスの視線の先には、軽やかに踊るスミス侯爵とコーディネルの姿があった。


 あら、案外お似合いじゃない。


「スミス侯爵、オルロフ伯爵と和解なさったの?」


 上皇陛下の葬儀の件で、スミス侯爵はオルロフ伯爵に糾弾されていたのではなかったかしら?


「さあ、だが随分良い雰囲気じゃないか?実は、スミス侯爵の初恋の相手はコーディネル様なんだよ」


 セルロスは口の端を上げ少し意地の悪い顔をする。だが、それは、カーテンの影にいるユリにしか見えない。


「へー、初耳だわ」


「その昔、スミス侯爵家からコーディネル様へ婚約の申し込みがあったのさ。だが、その頃から、コーディネル様は旦那様にご執心でね。失恋された際に立ち寄った教会で、スミス侯爵を慰めたのが夫人と言う訳さ」


 ああ、スミス夫人の妹君とお友達の話、納得がいったわ。スミス侯爵を慰めたのは妹君、でも、それを自分と偽ってスミス侯爵と結婚したのは姉。だから、あの友達は…


「曲がそろそろ終わる。ユリ」


 考え込んだユリをセルロスが促す。


「あっ、わかった。また、報告する」


 中央から穿けてくるスミス侯爵の元へユリは急いだ。コーディネルと別れたスミス侯爵にユリは声を掛ける。


「スミス侯爵閣下、別室で奥様とヴルグランデ侯爵閣下、そして、奥様のお友達がお待ちです」


「わかった。案内してくれ」

 

 訝しみながらも、ここでどうしてそうなったか尋ねるべきでは無いと即座に判断したスミス侯爵は、ユリの後について行く。パーティー会場を出て、人気が無くなると、スミス侯爵はユリへ疑問を投げかける。


「どう言うことか、君のわかる範囲で説明して貰えるか」


「はい、スミス侯爵夫人と妹君が揉めていらっしゃった所を、ヴルグランデ侯爵閣下が一旦収め、別室へと誘われました。夫人に物申されたかったかつての御友人も一緒で御座います」


 スミス侯爵は一瞬、驚いたような顔をしたがいつもの柔和な顔に戻り、ユリへ礼を言って部屋へと入って行った。


 これから、中で修羅場が繰り広げられるのかしら?聞き耳を立てていたいけど、ヴルグランデ侯爵がいらっしゃるから立ち去るのが無難よね。残念だわ。


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