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結婚式 ①

 荘厳な教会の真っ赤なジュータンの上を、裾の長い真っ白なバラの刺繍の施された絹で出来た純白のドレスに身を包んだマリアンヌが、金の糸で刺繍をされた長いベールを被り、リマンド侯爵にエスコートされながら歩いている。


 ユリは参列席でセルロスの横に座りそんなマリアンヌを見ながら涙を浮かべていた。


 ああ、やっと安心出来る。お嬢様を死刑台へ送らないで済んだ。強制労働を強いられずに済む。リマンド侯爵家は没落しない。


 安堵からぐずぐずに泣き崩れるユリの背をセルロスは優しく撫でる。


「確かに、主人の結婚式は喜ばしい限りだが、そこまで泣き崩れるか?お嬢様、お嫁に行くわけじゃ無く、リマンド侯爵家に今まで通りいらっしゃるんだぞ」


 セルロスはユリが安堵の涙を流しているとは露とも知らず、幼い頃から使えてきた主人の晴れ姿に感動していると思っているらしかった。


「わかっているわ。でも、嬉しくって」


 だって、小説ではマリアンヌはウエディングドレスを着ること無く、死刑台に立ったのだから。それが、輝かんばかりの笑顔を浮かべ、幸せそうにフリードリッヒ様の横に立つお嬢様を見ることが出来たのだ。感動もひとしおだわ。


「喜ばしいが、大変なのはこれからだろ?この後、大仕事が待ってるんだからさ」


 小声で、気を引き締めるように忠告してくるセルロスを、ユリは睨め付けた。


 セルロスの言わんとしている事はわかっている。だが、断罪を免れたこの喜びを噛み締めたい。誰かに言うことも出来ず、一人心の中で怯えて来た日々からようやく解放されたのだ。心の赴くまま泣いたって良いじゃ無い!


「わかっているわ。式の間だけよ」


「なら、良いけどさ」


 そうぶっきらぼうに言いながらも、セルロスはハンカチをユリに渡してきた。そんな、セルロスらしい優しさに、ユリはクスリと笑うとハンカチを受け取り涙を拭う。


「そうね。最後の仕上げが残ってるわね。気合い入れなきゃ」


 肉屋の娘の件とスミス侯爵夫妻の離縁の件だ。


 裏路地で不正者達と肉屋の娘が話しているのをユリが偶然聞いてから、リマンド侯爵家の密偵が張って、調べを進めていた。結果、残念なことに肉屋の主人は裏表の無い善人であったが、娘は真っ黒だった。彼女の交友関係は広く、不正者から冒険者、そして、兵士に下級貴族に城やあらゆる屋敷の下男。そして、怪しげな術師と多岐に渡っていた。


 彼女はその人脈を駆使し、ちょこちょこといろんな事件に咬んでいた。例えば、スミス侯爵と夫人の運命の出会いを手助けしたのは彼女だった。男爵令嬢だったスミス侯爵夫人は、とある伯爵家で侍女として働いていた。その伯爵家は少女の家である肉屋から肉を購入していた。少女は侍女だった夫人と懇意になると、請われるままにスミス侯爵の情報をスミス侯爵家の下男から仕入れて売った。その下男は、肉屋の娘の子供の頃の取り巻きだった。


 不正者もそうだ。たまたま、彼女の子供時代の取り巻きの一人が、道を踏み外してその道へ走った。その人物を足掛かりに彼女は不正者達との交流の輪を広げて行った。貴族達の情報を売り、又、貴族達には不正者達や他の屋敷の下男、又は、そうやって知り合った貴族達から仕入れた情報を売っていた。


 ジュリェッタが、ダフートに冒険者達に売る様に仕向けた薬も、肉屋の娘が絡んでいた。ジュリェッタは証言した通り、痛み止めを回復薬と偽るようにダフートへ渡していた。だが、それを、肉屋の娘が麻薬にすり替えさせたのだ。『痛み止めを売るなんて、勿体ない。捕まったって、全てジュリェッタがどうにかしてくれるんでしょう?気にする必要は無い』とダフートを唆して。


「ああ、今日のお嬢様の結婚式が無事に終わったら、出入りの肉屋を替える。店主には悪いがな」


 肉屋の娘がリマンド侯爵家に何か不幸を齎さないとは限らない。リスクは避けるに越した事はない。そして、それは次、娘が法に引っ掛かる事件に関与したら、憲兵隊にその情報を伝え、法の下裁きを受けるように関与するということだ。


 それ程までに、彼女の人脈は彼女自身の命を脅かすほど危険なものだった。


 壇上では女神の像を背に祭司が婚姻の誓約書を読み上げていた。フリードリッヒとマリアンヌがその誓約書にサインをし、祭司がその確認を済ませると、教会のホールは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。祭司よりフリードリッヒの指にリマンド侯爵家の一員となったことを示す指輪が与えられ、一瞬、フリードリッヒは淡い光に包まれた。こうして、結婚式は無事、終わったのだった。


 平民街では噴水のある広場で無料の酒と料理が振舞われ、皆が仕事を休んでお祭り騒ぎた。教会にある孤児院にも、豪華な料理とお菓子が届けられた。


 この後、貴族達はリマンド侯爵家の大ホールに移動して、夜通し夜会を楽しむ。主役の二人は最初の挨拶とダンスをしたら、部屋へ引っ込むのが慣わしだ。


 この夜会は色々な出会いの場でもある。リマンド侯爵家の夜会ともなれば、王族を除く、普段の夜会には顔を見せることの無い、最高位の貴族達も参加する。彼らに顔を売りたい者達にとっては、またとないチャンスな為、沢山の人達が参加する。


 この機会を利用して、ユリは達は入念にスミス夫人の本性を暴くための足掛かりを準備をしていた。スミス夫人となってから、彼女は昔の知り合いと顔を合わせることが無かった。だが、今日は例外なのだ。爵位さえ有れば、参加できるまたとない機会だ。ユリ達は念入りに準備し、垂れた釣り針にスミス夫人が無事食い付いてくれることを願った。


 この後、リマンド侯爵家に仕える使用人達は休む間もなく怒涛の時間を過ごす。それは、セルロスとユリも例外では無い。未婚の侍女達が出会いを求めて、夜会に出席する為に本日は仕事を休む。給仕用のメイドや侍従をフリップ伯爵家から幾人も借り受けたが、入れ替わり立ち代わりやって来る客足は一向に減らず対応に追われていた。


 入口では祝いの品を受け取り、名前を記録し、その物品に危険な物が仕込まれていないかを確認して仕分けをする。出口では記念品を渡して、無事馬車に乗り込み、門から出て行った事を確認する。この作業だけでも大変な仕事量だ。


 警備の者達は、客達が夜会の為に解放している場所以外にこの機会に乗じて、入ってしまわぬように目を光らせる。


 皇后陛下に貸し出したソフィアも、流石にこの日ばかりは帰って来たが、リマンド侯爵家の使用人達にとっては、一瞬たりとも気を抜けない長い夜となった。


 奥へ引っ込んだマリアンヌの湯浴みを手伝った後、ユリは大ホールへと足を運んだ。会場には煌びやかに着飾り婚姻相手を探す淑女達、出世の足掛かりや金儲けの糸口がないか探りを入れる紳士達。人脈作りに勤しむ人達で溢れかえっている。


 

もう少しで終わりです。今しばらく、お付き合い下さい。


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