終焉 ⑤
ユリが本館へ行くと、セルロスを始め皆がサロンに集まっていた。久しぶりの旦那様の帰宅に、皆が浮き足立ち準備をしていたのだ。
「セルロス、バルク男爵が刺されたって?」
皆、顔色が悪く、どこか落ち着かない雰囲気だ。
「ああ、死亡が確認された。それもだが、実は、ジュリェッタ嬢が凱旋式に乱入して、治癒魔法を使った挙句に予言をしたんだ」
予言?もしかして、ゲームの内容を話した?
「どうなったの?」
セルロスは疲れた様子で、大きく溜息を吐いた。
「その予言で、ローディア商会の夫人が捕まった」
ローディア商会の夫人って、どの夫人よ?第何夫人までいたっけ?
「えーっと…」
セルロスは、ユリがローディア商会の夫人とは、誰を指しているのかわからない様子なのを察した。
「ああ、オルロフ伯爵の娘だよ。今、オルロフ伯爵家とローディア商会は、上へ下への大騒ぎさ。あの、ローディア商会が潰れる事態になるかもしれない。今、憲兵隊が商会を調べている。会長や他の夫人方や、子供達も取り調べの対象だ」
かなり大事になったわね。ローディア商会は他国にも支店を持つ大商会だ。それが潰れるとなると、損害は計り知れない。
「ローディア商会がつぶれる…」
「可能性があるだけだ。取り調べが進まないとわからない」
「そう。ローディア商会が大変なのはわかったわ。でも、何でオルロフ伯爵家まで?それより、何で夫人は捕まったの?罪状は?」
矢継ぎ早に尋ねるユリに、料理長が落ち着くように宥める。
「罪状は回復薬と偽って、麻薬を与え続けて、薬物中毒にしたことだ。そのターゲットがオルロフ伯爵家の元使用人達だったんだ。その動機が厄介な事に、今まで、不遇を強いられた積年の恨みだそうだ。それを公の場でぶちまけたんだから、今日辺り、彼女の母親はオルロフ家から追い出されるわね」
ああ、怖い怖いと、料理長は大きな身体を震わせる真似をする。年嵩のメイドが眉を顰め、説明してくれた。
「彼女の母親は、オルロフ伯爵に想いを寄せててね。まあ、彼女だけじゃなかったんだけどね。ほら、オルロフ伯爵、とてもダンディでしょう?若い頃は、そりゃぁ、ね。あっ、ごめんなさい。話がそれたわね。薬を盛って関係を持ったのよ。で、産まれたのが彼女ってわけ。ただ、没落貴族だったもんだから、娘がね、それなりの魔力を持って生まれてしまってね。で、娘が役立つ間は、オルロフ伯爵家で面倒を見て貰うって、約束を取り付けたんだから、中々、したたかよね」
だから、教育を受けれたんだ。本来なら、魔法学園にも通えるほどの力を有してるかもしれない。でも、それは許されなかった。最初から、多額の金を払って可愛がってやる対象じゃなかった。ある程度、使えるようにして、金蔓にする目的で育てられた。搾取用の娘。
出生の原因から、父親はわからないでもないが母親までとは…。横で、蝶よ花よと育てられているコーディネル様を見て育てば、自分を虐げた使用人に仕返ししたくなるのわからなでも無い。オルロフ伯爵に一泡吹かせてやろうと思う気持ちもわかる。でも、一番恨むべきは、母親でしょう?オルロフ伯爵家に居座りたいが為に、子供を利用し続けている母親。もしかして、その事実を知らない?
「体面てもんがあるから、公の場でああ言われたらな」
若い侍従も唸っている。
「予言はそれでお終いなの?ジュリェッタ嬢はどうなったの?」
必死で尋ねるユリに、料理長は顎髭に手を添え、眉尻を釣り上げた。
「いや。予言場は他にもあった。お嬢様のデザイナー、えー、イ、イ…」
「イザベラね」
メイドに呆れ顔で名を教えて貰ったが、全くそれを気にする様子も無く、朗らかにそうそうと頷く。
「イザベラ、そうだよ。イザベラだった。彼女が砂漠の国の奴隷でお嬢様が購入して、奴隷としてブティックでこき使っているってやつだ。だが、陛下が砂漠の国の第二皇子に前持って確認してらっしゃってな。イザベラの身元を保証して下さったって話だ。ジュリェッタ嬢はスミス侯爵によって身柄を拘束された。取り調べが待ってるだろさ」
奥様が陛下に根回しをして下さってたのね。ジュリェッタは捕まった。もう、恩赦もないだろ。完全に終わった。
「良かった、汚名を着せられることは無いのですね」
ユリは胸を撫で下ろす。
「ああ、だが、これからが大変さ。凱旋式はジュリェッタ嬢によってぐちゃぐちゃに、オルロフ伯爵家は名誉回復の為に何らかの手を打つ必要が出たし、この国で一番大きな商会は一時、店を閉めるだろうし。勇者であるバルク男爵の葬儀の件もあるが、娘が稀代の悪女だからどう行うか悩ましいところだろうな」
セルロスは大きく息を吐き出した。
「旦那様の帰りが遅くなるわね」
がっかりしたようなメイド達の声が漏れる。皆、旦那様の帰りを心待ちににして、準備をして来たのでその落胆ぶりは相当なものだ。料理長も、旦那様な好物を取り寄せ、準備をしていたのだろう。その背中から落胆振りが窺える。
「あーあ、奥様可愛そう。久しぶりに旦那様に会うのだからと、張り切って、朝から準備してらっしゃったのに…」
その準備を手伝ったであろう若いメイドの落胆ぶりが可哀想なほどだ。
ああ、奥様を見た時の旦那様の様子が気になって仕方なかったのね。奥様、飾りがいがあるから。
数日して、フリップ伯爵が離縁した。これ以上コーディネルを庇えば、シードルの立場がリマンド侯爵家の分家の中で危うくなると伯爵が判断したからだった。
リフリードは学園を卒業したものの、ジョゼフ殿下の王族として生きる権利をジュリェッタに奪われた者として、腫物扱いされていた。一応、魔法省で見習いとして採用されたらしい。リマンド侯爵が裏で手を回したことは明らかだ。
「ユリ、教科書を買いに行きましょう!」
楽しげにそう誘う主人に、ユリは笑みを浮かべる。
「お嬢様、もう少ししたら、フリードリッヒ様が城からお戻りになられたら、ご一緒に行かれたらいかがですか?私は魔法学園に通った事が御座いません。卒業生であるフリードリッヒ様にご相談されるのが一番ですよ」
「ふふふ、そうね。でも、フリード様、久しぶりの休みなのよ。お疲れじゃ無いかしら?」
少しはに噛んだように笑うお嬢様、プライスレスです。領地の経営、リマンド侯爵家の事業、分家や子家の管理等の仕事の学習が無くなり、生活に余裕が出てこられたお嬢様は、思い詰めたような表情をされることも無くなりました。リマンド侯爵家は自分が引っ張って行かねばという、プレッシャーも無くなり、性格も前より穏やかになられ、笑顔も増え、最近では社交の場にもご興味がおありの様子。
「気にし過ぎですよ。お嬢様がお誘いになれば、きっとお喜びになります」
マリアンヌはそうかしらと頬を染め、まんざらでも無さそうに照れる。
「なら、帰りに店に寄ってドレスを新調しましょう。今度のお茶会に来ていこうと思って」
度々、城で開かれる皇后陛下主催のお茶会のことだ。皇后陛下は近頃、重鎮達の娘や妻を呼び、度々お茶会を開いている。前は、敬遠していらっしゃった。ソコロフ夫人や、ヴルグランデ夫人、そして、王都に辺境伯が夫婦で滞在していると聞くと、必ず、辺境伯夫人を呼びお茶会を開いてらっしゃる。相変わらず、スミス夫人との溝は埋まらないみたいですけど…。
「さ、お嬢様、フリードリッヒ様のお出迎えに行きましょう」
お出かけように、いつものように髪の色を茶色に変えると、動きやすいようにざっくりと編み込んでリボンで止めた。
下へ降りると、皆がもう並んでいた。
帰って来たフリードリッヒに、マリアンヌは嬉しそうにそばに寄る。
「フリード様、おかえりなさいませ」
「ただいま。今日は軽装だね、街へ出かけるのかい?」
「はい、魔法学園の入学準備をと思いまして…、あの、お時間があればですけど…」
様子を伺うようにフリードリッヒを上目遣いで見上げるマリアンヌに、フリードリッヒは被せるように即答する。
「ああ、一緒に行こう。少し待ってくれ、準備をしてくるから。ユリ、手伝ってくれ」
「承知致しました」
腹心であるフロイトを皇后に貸しているフリードリッヒは、他に身の回りの世話をする者を置いていない。騎士爵の出である為、自分の事は自分で、できるのもあるが、リンダのような厄介事を増やさない為だ。今は必要に応じて、ユリやリサ、サリーがフリードリッヒの世話していた。
「誰か侍従を一人側に置かなきゃならないな。オルロフ伯爵の例があるから、男が良い。馬車が扱えて、馬に乗れる人物で人間性に信頼が置ける…平民がいい。身の回りの世話を頼むから、出世させてやれない」
「そうね、女性は避けるのが無難ね。ねえ、オットーは?馬子の」
オットーはマルシェで魚を売っている店の息子で、このリマンド侯爵家で馬子をしている。
「オットーか、マリーと街へ行く度、彼が御者をしてくれていたな」
「器用だし、いい人よ」
「考えてみる。彼にも聞いてみなきゃならないしな」
ユリは服を渡して、ジャケットを預かる。
「それより、ローディア商会はどうなっているの?あれから、ずっと店は閉まっているし…」
「もうすぐ再開するさ、夫人が使っていたのは不成者達で、ローディア商家は実際には関与して無かった。まあ、名前は拝借してたみたいだがな。夫人は鉱山へ送られることになった。彼女の母親は、無一文でオルロフ伯爵家を追い出された」
「良かった。ローディア商家は関与して無かったんだ」
タイと、カフスをユリへ渡すと、フリードリッヒはもう大丈夫だと伝えた。
「馬車の用意をしておくわ。お嬢様、フリードリッヒ様にお茶会でのドレスを選んでもらいたいみたいよ。後、お嬢様宛てにガーデンパーティーの招待状が来ていたわ。ご興味がおありの様子でしたよ」
そう言うと、ユリは部屋から出て行った。




