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スミス侯爵 ②

 初めてひとりで取り仕切った国事である上皇陛下の葬儀は、意気揚々と準備をし、万全を期した筈だったが、蓋を開ければ散々なものになってしまった。


 城の記録書を頼りに準備を行った。スミス家に国から届いていた過去の手紙を漁り、その文書を引用して、手紙を書いた。企画書や立案書、マニュアルが存在するのかと考えていたが、予算と会計実績のみしか資料は見つからなかった。


 今までの国事は宰相閣下が取り仕切っていたが、何か資料のような物を見ている雰囲気は一切無く。さっさと口頭で指示を出していた。陛下への報告も粗方準備が済んでからという独裁っぷりだ。朝廷を我が物にし、陛下さえも宰相であるリマンド侯爵に伺いをたてる始末。


 見兼ねて、陛下をお諌めすれば、我もまだ師であるリマンド侯爵に教えを請う立場だと、聞く耳を持たない。


 ならば、任された者の裁量で行って良いのだろうと踏んで、準備を行った。陛下が時折、旧知の者に助言を求めよと仰ったが、教えを乞うと、何を差し出す?と恐喝される。何故、したくもない相談をし、借りを作るのならしないに限ると、自分が最良だと思う国葬を執り行った。


 今までの国葬の中で一番良かったと賞賛を受ける予定が、今迄、国葬に参列したことのある古株の貴族達から、侯爵の位を辞するべきだと非難を浴びる羽目になった。諸外国からは、礼義を欠いていると非難された。今まで擦り寄り、羨望の眼差しで見ていた者達からも距離を置かれている。


 今迄、フリードリッヒ卿の揚げ足を取っていたことが仇となり、陰口を叩かれる始末だ。その陰口の矛先が妻に向き、社交の場に出るのが辛いと泣きつかれた。


 見兼ねたのだろう、妹である皇后に、今回の凱旋式とパレードの準備はフリードリッヒ卿に任せてはどうかと打診された。騎士爵とはいえ、宰相補佐。代理とまでは行かないが、宰相閣下はフリードリッヒ卿にかなりの権限を与え、戦地へ赴いた。大役とはいえ、無謀な判断では無い。ここで、彼が自分と同じ轍を踏んでくれたら、国葬の大失態が霞むだろう。


 良い案だと内心細く微笑み、陛下へ進言する。陛下は少し悩んだ様子だったが、聞き入れ、フリードリッヒ卿へ任せた。


 陛下がお悩みになるのも、無理は無い。私でさえ国事の準備に失敗したのだ。騎士爵しか持たぬ、つい最近まで、騎士として働いていたフリードリッヒが文官の、それも宰相の仕事など出来るとは到底思えないだろう。だが、宰相閣下が彼に自分の仕事を振って行ったので、渋々といったところなのだろう。


 宰相閣下も自分が帰還する際の凱旋パレードの惨状に、自分の後継者として、フリードリッヒ卿を選んだことを後悔すればいい。


 忙しそうに宰相補佐の仕事をこなす、フリードリッヒに、凱旋式とパレードの準備はどうだ?と心配する振りをして声を掛けた。


「ご心配を痛み入ります。滞り無く進んでおりますのでご安心下さい。各貴族の方々への招待状もこの通り、慣例通りに作成しております」


 フリードリッヒは無表情で今、している仕事を答えた。


 真逆、それのみを凱旋式の準備と思っているのではあるまい?と思ったが、凱旋式など、自分も見たことも参加したことも無い。ましてや、自分より若いフリードリッヒが何を準備するかなど知るよしも無いか。勇者パレードくらいに思っているのだろう。文献などは無い、どのように準備をするか見ものだな。


「そうか、招待状の形式はわかったのか、安心したよ」


 と、スミス侯爵は微笑みを浮かべだ。


「お心遣いありがとうございます」


 そういうと、フリードリッヒは忙しそうにリマンド侯爵の執務室へと消えた。


 王都を見守る憲兵隊達の話によると、大規模な清掃が行われてはいるが、その他にコレといって動きは無いようだった。


「皇后陛下が私をお茶会へ呼んで下されば、まわりの方々も私のことを見下したりしないと思うの…」


 お茶会でまた何か言われたのであろう妻は、目に涙を浮かべて訴えてくる。今日は、アーバン小辺境伯夫人のお茶会か。錚々たる顔ぶれだった事は間違いないな。どうせ、仲間に入れないのだから参加しなければいいのだが…確か、義妹であるニキータ嬢がルーキン伯爵夫人となったんだったな。婚姻してすぐに夫人の座に着くなど早々に無い。運の良いことだ。


「皇后は今、大変お忙しいんだ。わかっておくれ?」


 宥めるように髪を撫でれば、甘えるような仕草をみせる。


「ですが…、今日もマリアンヌ様はこの前も皇后陛下に呼ばれて、お茶をなさっていたんですよ?帰りに城の温室の薔薇をお土産に頂いたって、専らの噂ですわ。私は一度も頂いた事がありませんのに…」


 ああ、今日のお茶会に来ていた誰かにそれを指摘されたのか…。


「多分、それは、陛下が皇后にマリアンヌ嬢に渡すように言ったのではないかな?ほら、マリアンヌ嬢は陛下の姪だしね?皇后の一存で、温室の花を贈ることはできないさ」


「そうなんですの?でも、お忙しい割には、マリアンヌ様はよく遊びに行ってらっしゃるじゃないですか?それに、スタージャ様だって…」


 スタージャを呼び捨てで呼ぶ事も、嬢をつける事も、スタージャから許されていない。


「スタージャは実の妹だからね。私よりも皇后に近しい人間だ、仕方ないよ。マリアンヌ嬢からは、色々と学んでいると皇后は言っていたよ」


「そんな…ぁ、皇后陛下ですよ?目下の者から学ぶ必要などないのではありませんか?」


「そう、責めないでおくれ。皇后とて元は唯の伯爵令嬢、筆頭侯爵令嬢として教育されたマリアンヌ嬢から、学ぶ事が多いそうだ。ちゃんと、気にかけてくれているだろ?返事は返してくれるし、この前は、息子へのプレゼントも用意してあったではないか」


 その言葉に夫人は口元を歪めた。そう言われれば、何も言い返せない。現に、夫であるスミス侯爵の国葬での失態は、夫人の生活にも大きな影を落とした。この折、皇后まで形式に反することを行えば、スミス侯爵家の威厳が地に落ちるのは明白だ。


「そうですわね。珍しいお菓子と、楽しそうな魔道具が入ってましたわ。ふふふ、ついつい一緒に遊んでしまいましたの。時を忘れる程楽しかったですわ。あんな興味深い物を下さるんですもの、気にかけて下さってない訳はないですわね」


 そうか、そんなに珍しい物をくれたのか、その話をするだけでこんなにも機嫌が回復するとは…。今度伺った折には礼を言わねば。


 最近、塞ぎ込んでいた為、機嫌が回復したことにスミス侯爵は、ほっと胸を撫で下ろす。これが、破綻の前触れとも知らずに。


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