終焉 ④
一見、優しそうなスミス侯爵の腹の中が見えたようで、ゾクゾクした。
宰相の座狙う気満々じゃない!で、甥を傀儡にして、国の実権を握ろうとしている人?いや、怖いから、旦那様も大概腹黒だけど、そこまでじゃ無いから!オルロフ伯爵だって中々だけど、そこまでの野心家じゃない。せめて、親の代の栄光を掌中に取り戻したいだけだ。まあ、やり方が強引すぎてまずいけど。
何?一番穏やかそうな優しい笑みの麗しき貴人が、一番やばい思考の持ち主なの?ってか、まさかのラスボス的な?ジョゼフ殿下じゃあ国をおさめれないもんね。冒険者だったジュリェッタも、役立たずだろうし、皇后陛下は抜け殻っぽかったし…。わー、何?えっ、あの本の結末って?嫌な事に気が付いちゃったじゃない。背筋に冷たい汗が伝うんだけど。
まあ、イザベラのことは奥様に任せて、次は肉屋の娘ね。セルロスとフリードリッヒ様に相談しなきゃ。本格的に動くのは凱旋パレードが終わってからかな。
日が完全に沈んだ頃、フリードリッヒが城から帰って来た。疲れは見えたがその表情は明るい。出迎えたマリアンヌを見つけると、一気に顔を綻ばせる。
あー、うん。氷の騎士様。いや、デロデロ、ドロドロの砂糖菓子に蜂蜜をかけたような甘っーい笑顔のスイーツの騎士様だよ。顔面偏差値が高いだけに甘過ぎて胸焼けしそうだわ。
バカップルがイチャイチャするのは良いさ、それで、リマンド侯爵家が平和だからね。でも、今日は大切な話がある訳よ。
ユリはフリードリッヒに視線を送る。フリードリッヒはそれに気付くと、小さく目配せした。
良かった、気付いて貰えて。セルロスにも約束を取り付けると、フリードリッヒから声が掛かるのを待った。
マリアンヌが寝付くと、三人でサロンの奥の小部屋に集まる。密談するには持って来いの部屋だ。ユリは昼間、肉屋の娘と不成者達の会話を二人にする。フリードリッヒが来る前、肉屋の娘にリマンド侯爵家のメイドになりたいと相談された話もだ。
フリードリッヒはセルロスを睨み付け、セルロスは渋い顔をしている。
「リマンド侯爵家の管理体制はどうなっている!メイドといい、今度の出入り業者といい、ちゃんと定期的に内部調査をしているのか?」
「それを言われると返す言葉が無い。父親の方は善良だ。それは信じてくれ、まさか、娘がそんな人間だったとは。ただ、娘がこの屋敷に出入りするのは厄介だな…。かと言って、肉屋をすぐに変える訳にはいなかい。今は人手が足りないし、見張りに一人つけるのが限界だ」
「それはわかっている。宰相に付いて行っている者達も多いし、ソフィアとフロイトを皇后に貸しているからな」
ソフィアはリマンド侯爵家の侍女長をしていた人物で、非常に有能な人物。セルロスとリサの母親でもある。フロイトはフリードリッヒの乳兄弟。
「不成者は諦めるが、肉屋の娘には見張りを付けろ。見張るだけでいい、何をしていたか、誰と接触したかだけ報告させてくれ。男から受け取った物も気になるしな」
「肉屋の娘が渡したのは、大方、旅券だろう。事件でも無い限り王都から出ていくのは簡単だ。旅券さえあればいい。旅券は善良な市民であれば簡単に手に入る。もう、王都にいない可能性の方が高いな」
セルロスの言葉に、その不成者を探すのは無理だろ。どうせ、彼だけでは無いだろし、と、フリードリッヒは大きな溜息をこぼした。
「その男の話しが本当なら、ジュリェッタ嬢の手持ちはあまり無い可能性があるな。かなり、足元を見られただろ」
何着ものドレスを売ってお金を作った。かなりの金額を持っていたことは想像に易いが、バルク男爵の散財ぶりを知ってる者なら、それ相応の金額を要求していても不思議ではない。
「どうするつもり?」
「適度に泳がすさ。ユリも今まで通り接してくれ。あの肉屋と取り引きしている貴族は多い。誰かが、あの娘を誑かした可能性も無きにしも非ずだからさ」
セルロスはソファーの背凭れに思いっきり身体をあずけると、ガシガシと頭をかく。
「あー全く、次から次によく問題が起こるぜ。お前とお嬢様の結婚式は無事に終わって欲しいものだよ。まだ、横槍があるんだろ?」
「まあな、スミス侯爵は最近は気に掛けている振りをして来るが、腹の底では破談を願ってるさ。マリーと自分の息の掛かった者と結婚させたいみたいだぜ」
ああ、見目の良い文官の方々が、スタージャ様のお茶会に参加した際に、スミス侯爵家にいらっしゃっていたわ。お嬢様は終始スタージャ様の横にいらっしゃったか、話しかけれなかったみたいだし、毎回、フリードリッヒ様が迎えに来てるから、話し掛ける機会が無いんでしょうね。
「あからさまに、嫌がらせされることは無くなったの?」
「まあね、でも、足元を掬おうと虎視眈々と狙ってる奴等は多いさ。まだ、舐められてるから、気が抜け無い」
「面倒なのはいなくなって、清々してるだろ?」
ああ、メープル騎士団の皆様ね。
「だが、戦地から欠損無く帰ってきた奴等は厄介だ。能力自体は高い面々だ、油断はならないさ。それより、目下鬱陶しいのは親切面したスミス侯爵だな。凱旋パレードの準備の進捗度合いをちょくちょく聞いてくる」
掻き回す気満々ってところね。
「前夜に仕上げるのがベストだな」
「ああ、手間をかける。城内には、まだ、信用に値する人が少なくてさ」
気苦労を強いられているみたいね。
「まっ、旦那様が帰ってこられるまでの辛抱さ」
「ああ、そうだな。今回は及第点を貰えるといいんだが」
明るく励ますセルロスに、フリードリッヒは苦笑いを浮かべた。
凱旋パレード当日の早朝、王都の入口の一つである南門から、城の北門まで道なりに、建物伝いに赤いリボンと国旗で彩られ、窓辺には色とりどりの花が飾られていた。戦地から帰って来た騎士達に撒く花が入った籠が、受け取り場所に山のように積まれていた。
朝早くから未婚の若い女性達や、夫が戦地へ赴いた若い夫人や子供達が、花の一杯入った籠を受け取っている。
山のように積んであった花籠は、みるみるうちに消えて行く。足りないのではと、ユリは一緒に配っていたメイド達と危惧したくらいだった。
余った花籠をメイド達に渡し、そのまま、パレードを見にいくように進めると、皆、とても喜んだ。すでにパレードの場所取りをしている人達もいる。売り子達がサンドイッチやフルーツジュースを売り、商業ギルドで雇っておいた子供達がゴミの回収をしていた。ゴミを回収する子達は皆一応に、白のシャツに赤のリボンタイ、赤いズボンを履いている。これは、マリアンヌの店のお針子見習いが、練習の為に作った服だ。
ユリはその様子に安堵すると、マリアンヌの準備を手伝う為に急ぎ、侯爵邸へ戻った。
帰還式に参加する為、城へ向かったマリアンヌとフリードリッヒを見送ると、ユリはドサッと自室のベットに倒れ込む。
あー、疲れた。徹夜で今迄駆けずり回ったから、もうヘトヘトよ。
そっと、重い瞼を閉じた。
どれくらい眠ったのだろ?屋敷の中が騒がしい。
バタバタと走る音、誰かが、大声をあげて指示を出している。
何があったの?
ユリは重い身体を起こし、辺りの様子を窺いながら、そっと部屋から出て、本館へと急ぐ。
「バルク男爵が刺された!」
「容態は?」
「わからない!」
騎士達が、口々に叫び、慌てて出動準備をしていた。
「バルク男爵が刺されたって本当なの?」
ユリは側にいた、比較的若い騎士を捕まえて聞く。
「はい、パレードの途中で中年の男に刺された模様です。犯人は側にいた騎士に斬られ、死亡が確認されましたが、他に、共謀者がいないか今から捜査いたします」
騎士は早口にそう伝えると、急いだ様子で駆けて行った。
バルク男爵が刺された?誰に?
ユリの心音が早くなる。もつれそうになる足を懸命に動かして、本館へと急ぐ。




