皇后 ①
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王都に戦争の勝利と上皇陛下の崩御のニュースが伝わった。明君では無かったものの、三度の竜討伐を成し遂げ、リマンド侯爵の力を借りつつも、国を立て直した上皇陛下の死に国民は悲しんだ。
上皇陛下を非難していたメープル騎士団の家族達も、自分達の息子や恋人が上皇陛下を守れなかった事実を突きつけられ、肩身の狭い思いをしていた。
早馬で遺体が運ばれて、戦に勝利した歓喜と上皇陛下が戦死した失意の入り混じった中、国葬がしめやかに行われた。宰相であるリマンド侯爵が戦地にいる為、スミス侯爵が葬儀を執り行ったが、不備の目立つ式となった。
国の重鎮である三侯が戦争で不在な中、慣例を熟知していない新米のスミス侯爵のミスは仕方ないものだ。だが、侯爵位を狙っている名家は、スミス侯爵のミスを、以前、スミス侯爵がフリードリッヒに行ったように、これ幸いにとネチネチと責め立てた。
皇后も初の国葬で、教えを請える夫人のアテが無く途方に暮れた。普段であれば、リマンド侯爵夫人である皇女に聞けたが、マリアンヌの事件以来、その関係はギクシャクしていた。
再三、謝罪の手紙を書き、兄の不手際を詫び、フリードリッヒとマリアンヌへ最大限心を砕く約束をし、なんとか体裁を整えることが出来た。代々侯爵家の娘であれば、普段の教育の一環として学ぶ事だ。しかし、皇后は伯爵家の出、スミス家にそれを熟知している者など皆無だ。
もし、しくじれば、国事の流れの一部始終を知っているオルロフ家からの非難は相当なものだと、覚悟せざるを得ない。
まあ、スミス家はオルロフ家から、結果的に侯爵位を簒奪したのだから、仕方ないのですけれど…。どうにか双方に良い形でスミス家とオルロフ家を融合しなければならない。一番良い形が、兄様とコーディネル様の婚姻だったのですけど。コーディネル様を姉と仰げば、しきたりや皇后に必要なことを教えて頂けた。
あの義姉である男爵令嬢が、兄様を誘惑するからややこしくなったのよ。コーディネル様でなくても、然るべき家の令嬢であれば何も問題は少なかったわ。
近々、オルロフ伯爵に秘密裏に会う必要があるわね。双方が一番良い形で決着をつける為に…。上手くやらないと、ソコロフ侯爵家がもう一つ、オルロフ家を飲み込み侯爵家を両立することになるわ。名をクラン家と変えて!ラティーナ様の子供が女の子であれば、我が息子の妃候補の一人となる。
オルロフ小伯爵の娘を我が息子の妃に据え、兄様に退いて貰うのが得策ですわね。お父様には申し訳無いですけど…。スタージャに婿を貰い、シードル様を当主に据えなかったお父様が悪いのよ。フリップ伯爵だって、長男であるシードル様でも次期侯爵として婿入りを頼めば、承諾する他ありませんでしたもの。
スミス家を没落させたのは、我が子可愛さに兄様に家督を譲ったお父様と、家長としての義務を果たさず、男爵令嬢を娶った兄様ね。
イライラしつつ、義姉からの手紙を開封する。
どうせ、皇后である私主催の茶会に招待して欲しいと言うものだろう。姉なのだから、少しは敬って欲しいとか、もう少し大事にして欲しい。義両親もそう望んでいるという内容だわ。
侯爵夫人にしては拙い文字に目を通せば、案の定、神経を逆撫でする内容が書かれていた。
義姉である自分が茶会に呼ばれないのは、理不尽だという内容。スタージャはよく城へ遊びに来ているのに、自分はまだ呼ばれたことも無い。同じ血の繋がりの無い。姪にあたるマリアンヌ嬢は我が妹のように可愛がっているのに、自分と兄の子である血のつながりのある甥を、一度も城へ呼んでくれないじゃないと書いてある。
呼ぶ訳ないわ。
侍女に美しい薄紅色の紙を持って来させる。義姉の手紙を広げたまま、マリアンヌ嬢へ新芽の出た庭を観に来ないかと手紙を書く。息子もマリアンヌ嬢に会いたがっているので、早目に来て欲しいと書き添える。
まあ、もう少し、スミス家のお金が必要ですから、返事くらい書かなければね。ほどほどに相手をして差し上げてなければ、何せ、お義姉様は、兄様の弱点なんですから。上手く操り、私が皇后としてやっていくに必要なお金を、落としてもらわなければならないんですもの。
「クリーム色の、そう、その紙を頂戴」
侯爵夫人に送るには質の良くない紙を取るように頼む。自分で描くのも面倒で、侍女に代筆させた。
『スミス侯爵夫人、お手紙拝見致しました。何か誤解なさっておいでですので、こうして、お返事をお送り致します。私が皇后として未熟でございますので、マリアンヌ嬢に教えを請いておりますのよ。スタージャは私と母を同じくしたただ一人の姉妹、何者にも代え難い存在です。それを他の血縁者と比べられたくございません。この世で、唯一、私の心を慰めくれる存在なのです。どうぞご理解下さいませ。けっして、夫人や甥を蔑ろにしている訳ではございません。だだ、私はしがない伯爵令嬢だった身ですから、先の皇后様方より数倍の努力が必要な身です。夫人や甥を招いて楽しく過ごす余裕などあるはずがございません。どうぞ、ご理解下さいませ』
お茶会に呼んで欲しいと、遊ぶことばかり考えていないで、侯爵夫人としての仕事をなさったら?マリアンヌ嬢に相談できても、卑しい生まれのそれこそ、まともな教育を受けていない貴女に相談できることも、お話することも何も無いの、と嫌味を織り交ぜる。家族というけれど、スタージャと第二夫人の息子である兄様の嫁とでは、立つ土俵が違うのに…。そのことも理解できないなんて…。
「スミス侯爵がいらしたら、この手紙を渡して。夫人へお渡し下さいと一言添えてね」
「かしこまりました」
そろそろ、義姉にせっかれて、手紙の返事を受け取りにいらっしゃるでしょうから。
中央の孤児院、この冬の雪で建物が少し腐食していたわね。建て直しをお願い致しましょう。国葬の失敗で少しでも汚名を晴らしたいでしょうから。シスター達に新しい服を贈りましょう。これも、国庫からでは無く、スミス家の私財から。義姉の誕生日に町中の花を買い占めるお金があるなら、困っている方に施すべきだわ。何せ、政務で役に立たない皇后の兄なのだから…。
「スタージャに城へ出向くように連絡して」
侍女はかしこまりました。と、礼をして部屋から出て行った。
一人になりたくとも、常に誰かの目がある生活。陛下のことは愛している。昔からお慕いしていた方。勿論、優しくしてくださるし、気にも掛けてくださる。でも、そのお心の中には、別の女性がいらっしゃる。
亡き婚約者。美しき燃えるような赤い髪と激しい気性の、皇女様と同じキリリとした美しい顔の女性。人一倍、皇后になる為に努力を惜しまなかった不器用で、完璧な、皇后になる為に育てられた方。
敵うわけが無い。
あの忌まわしい事件が無ければ、いえ、彼女があれ程高潔でなければ、この座に、今、私は座っていない。
陛下がマリアンヌ嬢を可愛がっていることはわかっている。我が子よりも、マリアンヌ嬢に時間を割かれる。マリアンヌ嬢を呼びお茶会を開けば、その忙しい政務の時間を縫って、茶会に顔を出して下さる。マリアンヌ嬢の膝に我が子が座れば、息子は陛下から優しく声をかけていただける。
治癒魔法で国を守れない、足手纏いの皇后であることは自覚している。陛下が多忙を極めるのは私の力が及ばないからなのだから、陛下に我が子に時間を割くように苦言を呈す訳には行かない。
私が息子の為にしてあげれることは、マリアンヌ嬢に心を砕き、マリアンヌ嬢に足繁く城へ出向いて貰うことのみだ。家臣達にもう一人、子供をと言われる。最近は、皇后の自分に陛下へ側室を娶るよう進言するようにと言う者達もいるくらいた。
悩みの種が多すぎる。
陛下の御心は、姉であるリマンド侯爵夫人とその娘であるマリアンヌ嬢のもの。なのに、兄のあの失態。陛下の御心が益々、離れて行ってしまうのでは、という不安に苛まれる。リマンド侯爵夫人は難しいが、マリアンヌ嬢なら姉妹のような関係を築くことは可能だろう。
「フリードリッヒ卿を呼んで」
侍女に頼むと、程なくしてフリードリッヒが現れた。
陛下は彼があまりお好きでない。理由はマリアンヌ嬢が彼に惚れているから、愛する娘を取られた父親の気分なのだろう。婚約締結書も、姉であるリマンド侯爵夫人にせっつかれて、渋々書いておいでだった。婚姻承諾書にサインをするのも、リマンド侯爵夫人に詰め寄られて書かれるのだろう。
「お呼びでございますか?皇后陛下」
礼儀正しく、礼をするフリードリッヒに、自分と向かいの椅子に座るように指示をする。
「皇子に、我が子に剣を教えて欲しいの」
「剣でございますか?」
「そう、貴方にあの子の師になって貰いたいの。如何かしら?」
皇后はお茶会を手ずから淹れ、フリードリッヒをもてなす。皇后自らお茶を淹れるのは、特別な相手にのみだ。
「私がでございますか?私では力不足でございます。近衛騎士をしておりましたが、殿下を剣の道で導き、メープル騎士団に所属し、陛下となった殿下を支え、盾として導く技量はございません」
剣の師は、メープル騎士団で共に戦うの?なら、なぜ、今のメープル騎士団に、陛下の師は居ないの?あっそうだったわ。陛下の師は、一度目の竜討伐で亡くなりになったのでした。だから、宰相閣下が陛下の出陣をお嫌いになるのね。
「では、誰が適任だとお考えて?」
フリードリッヒは人払いをする様に、皇后へ目配せした。皇后はうなずくと、さっさと手を挙げ侍女達を下がらせる。
「ミハイル卿を」
ミハイル卿?ソコロフ侯爵家の?かの家が力を待つことは、スミス侯爵家にとって良くないこと。それをわかっていての推挙なのかしら?
「ソコロフ侯爵家のミハイル卿ですか?それが意味することをご存知ですの?」
「はい、スミス侯爵にとっては許し難い人事でございます。しかし、殿下にとっては最良の師でございます」
「なぜ、あの子にとってミハイル卿が、最良の師なのです?」
「ミハイル卿は治癒魔法を使える人物で、唯一、将軍に力が及ばない人物です。彼は、将軍には生涯なれぬ身ですが、その腕前は私以上、精鋭揃いの近衛騎士の中でも群を抜いております。将軍でない彼なら、殿下と共にメープル騎士団を率いることが可能でございます。また、ソコロフ侯爵家に恩を売る機会と、殿下にソコロフ侯爵家の忠義を誓わせる良き機会でございます。ソコロフ侯爵家は、家族仲がとても良い家でございますから」
やっと終盤に…




