事件 ⑥
貴賓室でのマリアンヌとユリの軟禁生活は穏やかなものだった。部屋から出れないことを除けば、マリアンヌは貴人として扱われ、罪人としての容疑がかかっていることなど忘れてしまうような生活。時折、仕事の合間を縫ってフリードリッヒや皇后陛下、皇子が尋ねて来る。スミス侯爵も、お菓子や本などを携えて、必ず犯人を見つけるからと慰めの言葉をかけにやって来た。
フン、旦那様に釘刺されたから、こうしてご機嫌取りにいらっしゃったのよね?スミス侯爵。
ただ、最近、皇后陛下とスミス侯爵の関係が、思わしくないような感じがするのは気のせいかしら?皇后陛下から、スタージャ様の話は出るのに、スミス侯爵の話が一切出ていない。
のほほんと健やかに過ごしているマリアンヌとは対照的で、ちょこちょこと顔を見せるフリードリッヒは憔悴しきっている。かれの下僕であるフロイトにこっそりと話を聞けば、このポーション事件の黒幕はジュリェッタである可能性が高いとのことだった。
いつの間にか、ジュリェッタとマリアンヌの立ち位置が入れ替わったような…。ジュリェッタの方が悪役令嬢そのものよね。
ただ、今は有事であり、国の為に命をかけて戦っているバルク男爵の手前、ジュリェッタ嬢を刑に服させるのは得策で無く。また、バルク男爵がこの件に関わっている可能性があるため、慎重にことを進める必要があるため、裏取りに思いの外、時間を要しているそうだ。
「侯爵閣下と主が罠を張ったから、後は、いつ王手をかけるかさ。あまり、メープル騎士団をほおっておいて、敵国に攻め込まれても困るから、見極めが難しいらしい。最近は、ピリピリしてるよ」
「もう、開戦したの?」
「うん。旦那様の読み通り、メープル騎士団は苦戦を強いられている。まあ、寄せ集めの、鼻持ちならない方々ばかりだからね。主の敵をあらかた放り込んだんだ。スッキリ片付くことを願っているよ」
いくら政敵とはいえ、命がかかってるのに、フロイトってば淡々と恐ろしいことを言うのね。どうして、フリップ伯爵の所の父兄弟達はこう冷淡な人物ばかりなのかしら?
「第一騎士団は砦から出てないの?」
「出てないね。メープル騎士団がここまで持ち堪えているのは、傭兵団の頑張りの賜物だよ。だから、ジュリェッタ嬢を大っぴらに糾弾出来ないのさ。まあ、もうすぐ、決着が着くよ」
フロイトは意味深なことを言うと、肩を竦めた。
「戦争が終わったら、また、バルク男爵の名が上がるのね」
「生きて帰れたらね。でも、娘の失態とで、陞爵は帳消しかな?ハンソン様、伯爵の死を理由にジュリェッタ嬢の後見を取り止めたからね。父親の手柄と相殺して罪を問われない代わりに、解放されたら、彼女、バルク邸に戻されるよ」
しがない、準男爵令嬢に逆戻りだねー。とフロイトは朗らかに言う。
今や、爆弾でしか無いジュリェッタの後見人になどなっても、ハンソン様に旨味など全くないわね。なら、いっそ、攫ったバルク男爵に面倒を押し付けた方が得策ね。
「じゃあ、今回の戦争の功労者は?」
「旦那様のシナリオでは、ハンソン卿が臣下を納得させるルーキン伯爵となり、ソコロフ家は傭兵団の総指揮であるミハイル卿の婚姻後の伯爵位の確約と自軍を持つ権利。第一騎士団は今回の戦争の立役者としての名声。旦那様は勝利軍師としての名声って所かな」
ふーん。ちゃんとスミス侯爵家以外、きっちりと侯爵家で手柄を分配したんだ。水面下での談合が有ったのは明白で知らぬはスミス家のみね。
「よく出来たシナリオね」
「本当だよ。主、大丈夫かな?ほら、冷酷そうで、案外優しくてへたれだから、旦那様の後釜、務まるか心配なんだよね」
フロイトが言っていた通り、あっと言う間にこの事件は収束した。マリアンヌは容疑がはれ、ユリとマリアンヌはリマンド侯爵家に帰ることができた。ジュリェッタも拘束を解かれ、王都のバルク男爵邸へ帰された。
リマンド侯爵は領地を経由して、戦争を収束させる為、ハンソン卿を伴って辺境へと旅だった。
王都は雪が溶けて温かい風が吹き始め、平和な日常が過ぎている。戦地付近に領地を持つ貴族達は早々に、妻や娘達を王都へと避難させた為、皮肉にも王都では、連日どこかしこの屋敷で茶会が催されていた。
だだ、婚約者や夫、恋人が戦地へ赴いている者達の心中は穏やかでは無く。連日、教会には思いの人の無事を祈りに訪れる女性の姿が絶えない。
ユリの弟も一人が第一騎士団に所属している為、戦地へ行っている。弟を心配するユリの手紙に対して、時折来る返事には今、軍を指揮しているのは上皇陛下だと書いてあった。第一騎士団は砦を守るのみで、前線に出ることは無く極めて安全に過ごしているとのことだ。前線を預かっている傭兵団は、メープル騎士団がその役割を果たさない為、苦戦を強いられているとのことだ。
こんな手紙、不敬罪で罰せられないのかと言う問いには、検閲は第一騎士団の仕事だから大丈夫と軽い返事が返ってきた。




