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事件 ⑤

 それから、二日と経たずに事態は急変した。王都の彼方此方で回復薬を使用したと思しき庶民たちが現れた。大衆紙は面白おかしく騒ぎ立て、王都は混乱を極めた。


 新聞によると、薬を売っているのはフードに乙女の仮面をつけてはいるものの、その仮面の絵柄もフードの長さもバラバラで、体型も細く小柄な少年のようだったと言う者から、筋肉隆々の巨漢だとまちまちだと報じた。共通しているのが、薬を手に入れたのは傭兵駐屯地近くの居酒屋だ。


 タチがわるいのが、その回復薬は服用すると、一時的に痛みを忘れることが出来るが、麻薬のように依存状態となり、その効果が切れると薬を欲するようになるというものらしい。


 お嬢様はこの事件に関わってないのに、何故、ポーション事件が起こってしまったの?それも、ゲームのストーリー通り、黒いマントに乙女の仮面を付けた者達が、酒場で売っている。誰がこの事件を起こしたの?キャサリンの母親の復讐は終わっているし、彼女があれ以上のリスクを背負うとは思えない。なら、他にこの事件を起こす可能性があるのは?ああ、わからない!


 城から遣いの馬車が来た。セルロスと出迎えると、御者席から降りた憲兵隊が、懐からスミス侯爵の召喚書を出し読み上げる。


 どうして、お嬢様が召喚されるの?まさか、ポーション事件の容疑者?


「賜りました。お嬢様にお渡しいたしますので暫しお待ち下さい」


 ユリは震える脚を叱咤して、屋敷へと入る。


「セルロス」


「ああ、わかってる。旦那様とフリードリッヒ様へ知らせるから心配するな」


 セルロスは慌てて、馬小屋へ走って行った。


 落ち着くのよ。私が同様動揺したら、お嬢様が不安がられるわ。大丈夫、お嬢様はこの事件に関係ないじゃ無い。


 ユリはマリアンヌの部屋の前で、気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をし、部屋をノックした。


「お嬢様、大変でございます。」


「どうしたの、ユリ。そんなに慌てて貴女らしくもない。」


「それが、お嬢様にスミス侯爵より召喚命令が出ております。それには、陛下の印が押されていまして…。」


 ユリは真っ青な顔で召喚書をマリアンヌに手渡した。マリアンヌは至って冷静に、それに目を通すとスクリと立ち上がった。


「わかったわ、準備をして。お父様はこのことはご存じなの?」


「はい、セルロスがお知らせ致しましたので。」


「わかったわ、ありがとう。さ、あまりお待たせする訳にはいかないわ、迎えの馬車も来ているのでしょ。」


 ユリは震える手を叱咤し、なんとかマリアンヌの準備を終える。


 大丈夫。迎えの馬車は貴人を城へ呼ぶ時の物。それに、今、城には旦那様がいらっしゃる。きっと、どうにかして下さるわ。ユリは慌てて、身の回りのモノを袋へ放り込み、マリアンヌの後を追い、馬車へ乗り込もうとした。


「申し訳ございません。リマンド侯爵令嬢のみお連れするように申しつかっております。侍女様の同行は許可されておりません」


 憲兵隊はユリを制すと、さっさと馬車を走らせてしまった。ユリは身体が冷たくなるのも厭わず、その場に立ち尽くす。


 あまり時が経たず、セルロスが城から帰ってきた。セルロスは入口に佇むユリを見つけると、急ぎ馬から降り、駆け寄り、その冷えた身体を抱きしめる。


「ユリ、大丈夫だ。心配ない。さあ、部屋へ入ろう。馬をとめてくる。サロンの暖炉の前で待っていて、詳しく説明するから」


 セルロスの言葉にユリは力なく頷くと、とぼとぼと屋敷へ入って行った。


 サロンの暖炉は赤々と燃え、室内を暖めていた。ユリは暖炉の側の椅子に腰を下ろして、その炎をボーっと眺める。


 セルロスは少し雪で濡れた頭を拭きつつ、サロンへ入って来た。


「セルロス、旦那様は何と?」


 駆け寄るユリを宥めつつ、セルロスは、ユリを椅子に座るように促し、自分も暖炉の前に腰を下ろす。


「旦那様はスミス侯爵が召喚書を用意されたことを知っていた。だが、それをお知りになったのは召喚書を用意された後だったらしい。かなり、スミス侯爵に激怒されていたよ」


「お嬢様は大丈夫なの?これから、どうなるの?」


「城へ留め置かれる。だが、安心して、客間で軟禁だ。容疑が晴れればすぐに帰れる。旦那様が、お嬢様が一月ほど城に留まっても大丈夫なように準備をして、準備出来次第、城へ来るようにとおっしゃられた。ユリ、城でお嬢様の世話をして欲しいそうだ」


 良かった。お嬢様の側へ行ける。


「わかったわ!急いで準備する!で、お嬢様は何故、軟禁されなきゃならないの?」


 小説通り、ポーション事件の容疑者なのかしら…。


「回復薬なるものが市井に出回っているのは知ってるだろ?」


「ええ」


 やはり、その主犯の容疑が掛かったんだ。でも、どうして、その事件とお嬢様は何ら接点がないのに?


「その薬を売っていた者達が捕まったんだ」


「者達?」


「ああ、複数名いてね。で、そいつらが皆、金髪の若い少女に頼まれたと言っているらしいんだ。この国で、金髪の少女はお嬢様しか居ない。それで、召喚命令が出たと言うわけさ」


 金髪の少女に頼まれた?確かに、金色の髪は王族の血を濃く引く者の証。そして、この国の金の髪を持つ女性は奥様とお嬢様のみだわ。でも、お嬢様がそれを行った事実は無い。彼らは本当に、金髪の少女から頼まれたの?


「金髪の少女って、そんなはずはないわ!」


「そうだ。あり得ない。だから、旦那様がスミス侯爵に激怒されているんだ。しっかり調べもせずに、お嬢様を召喚された事に!」


 セルロスは唸るようにそう言うと、拳を握り締める。


「じゃあ、お嬢様は大丈夫なのね」


「ああ、大丈夫だ。だが、城で不便を感じられているだろう。早く行って差し上げてくれ」


 ユリはメイド達に手伝って貰いながら、急いで荷造りをする。直接肌に触れる下着やナイトウエアーは勿論。ドレスやワンピースも詰めていく。ソープや香油、アロマも残量を確認して箱にいれた。手慰みに刺繍糸、マントの生地を入れ、本に、お嬢様のお気に入りのブランケットまで詰めると、ユリは自分の服をスーツケースに詰め込んだ。


 急いで玄関に行くと、沢山の荷物を積んだ幌付きの馬車と、ユリが乗る為の馬車が用意されていた。


「セルロス、オットーありがとう。私の為に馬車を一台用意してもらって、幌馬車の御者席で充分なのに」


「城へ行くのに、幌馬車の御者席って訳にはいかないだろ?」


 苦笑いするセルロスに、ユリは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 あっ、そうだったわ。お嬢様の侍女として城へ向かうのよね。


 前持って伝えてあったのだろう、すんなりと城門を通される。オットーと別れて、ユリとセルロスはリマンド侯爵の仕事部屋へ行くように言われた。荷物は検閲を通されて、お嬢様の部屋へ運ばれる。


「今回の落とし前はどのようにとる予定かな?」


「ですが、皆が口を揃えて…」


「ほーう、裏どりもせず、容疑者の証言のみで、我が娘を召喚したと…、他人の失脚ばかり願っているから、このような事態になったのでは無いかな?君は自分の立場を理解していないようだ」


 剣呑な雰囲気が、リマンド侯爵の仕事部屋から漂ってきている。中には、スミス侯爵とリマンド侯爵がいるようだ。


「クッ、申し訳ございません」


「誰も、謝れと言っている訳じゃないんだよ。君は、フリードリッヒが次期宰相として、力が足りないと思っているみたいだが、それより、君が、その侯爵位に座るのは、ね?もとは、たかが、伯爵家のそれも第二夫人の息子では無いか…。その上、きみの妻は…」


 スミス侯爵夫人は美しく淑やかであるが、男爵家の娘。魔法学園に通う資格すら有しなかった。


 口籠るスミス侯爵にリマンド侯爵は追い討ちをかける。


「まあ、君は、学園を卒業したから良いが…。君たちの子供は学園に入学出来るかね?今後のことをゆっくり、皇后陛下にでも、相談されるが良かろう」


 スミス侯爵が一番危惧している点だ。どうにか入学出来たとしても、魔力からいって、トップクラスでの卒業がかなり厳しいことは明白だ。そうなれば、スミス家が侯爵家として存続することは難しい。スミス侯爵は、なんとしても、次期スミス家の当主に魔法学園をトップクラスで卒業することの出来る息子を用意する必要があるの。一番、確実なのは、スタージャが産んだ子供を養子として貰うことだが、その鍵となるのが、次期リマンド侯爵家当主となるフリードリッヒとリマンド侯爵だ。後はスミス侯爵が魔力の高い妻をもう一人娶るか。


 盲点だったわ。スミス侯爵家にそんな問題が潜んでいたなんて…。


「ご忠告、いたみいります」


 屈辱を抑えたような声が、部屋から聞こえる。ユリとセルロスは慌てて、音を立てないように身を隠した。


 いつもは余裕たっぷりに、美しい顔に柔和な笑みを称えているスミス侯爵が、恥辱に顔を赤くし部屋を出て行くのを、セルロスとユリはそっと見送った。

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