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事件 ①

 ポーションについて、目立った情報を手に入れることが出来ないまま、悪戯に時間だけが過ぎていく。


 キャサリンの母親の情報は、少しずつではあるが集まって来たが、それは、生い立ちや、ローディア商会での立ち位置。回復薬に関する情報はからっきしだった。


 ああ、もう、何か見落としている気がするのよね。


 キャサリンの母親はオルロフ伯爵の庶子。母親はメイドで庶民。オルロフ家では親子共冷遇されていて、異母兄弟であるコーディネル様とは雲泥の差の扱いだった。 古株の使用人からの当たりは強く、父親であるオルロフ伯爵でさえ、二人をいない者として扱っている。母親は一応愛人として、ボロ小屋を与えられはいるが、生活は最低限の援助のみ、伯爵がその小屋を訪れることは一切無いらしい。


  最低限の貴族としての教育は受けさせて貰えたらしいが、コーディネル様との扱いの雲泥の差だった。蝶よ花よと愛され、最高の教育に美しいドレスに選び抜かれた調度品、侍女やメイドに傅かれて育ったコーディネル様に対して、庶民の服を与えられ、母親と二人、小屋での生活。侍女はマナーレッスンの時と、勉強の時のみやって来て、その時だけ、屋敷の中へ入る事が許可される生活。


 出来が悪いと、鞭で叩かれながら歯を食いしばり頑張る横で、美しく着飾ったコーディネルが、彼女が口にしたことも無い甘いお菓子を食べながら講師に褒められるのを見る生活。コーディネルの先生が他所から来るのに対して、彼女の講師は決して褒めてくれることの無い、伯爵家の侍女と侍従。


 冬には王都の屋敷を閉めて、王都の使用人は皆、長期休暇を貰い下がり、他の伯爵家の皆が領地へと旅立つ中、彼女達親子は屋敷の小屋に置いて行かれた。薪や魔石、食料は充分に用意してあったが、閉ざされた狭い空間で母親と二人、その疎外感は幼い彼女にとっては計り知れないものだっただろう。


 そこまで冷遇される理由は、メイドだった彼女の母親が伯爵に一服もって、伯爵とそういう関係になったかららしい。そのたった一回の過ちで出来たのが彼女だ。その事実を裏付けるように、伯爵は愛妻家で有名だったし、それでなくとも夜会へ行けば既婚者に関わらず美しい花達に囲まれていたらしい。


 放り出さなかっただけまだましだと、答えてくれた人々は口々にそう言った。彼女に帰れる家が無かったのもその原因だった。メイドは男爵の娘だが、没落の原因が父親の犯罪であった為、侍女では無く、メイドとして素性を誤魔化しオルロフ家へ勤めていた。平民と比べると、その仕草や知識は雲泥の差で当初、オルロフ家では可愛がられていたらしい。それが勘違いを招き、仇となったのだ。


 それを知っても、子供ながらにコーディネル様との扱いの違いを肌で感じ、心の傷を負って育ったに違いないわね。


 伯爵の対応も、仕方ないのかもしれないわね。薬を盛った相手を警戒するのは仕方ないし、娘から母親を取り上げるのも忍びない。帰れる実家のない者を市井に放り出し、それをネタに強請られる可能性を考えればそれもできない。


 問題を起こしていた傭兵達が辺境へと旅立ち、王都は平穏を取り戻した。もうすぐ、開戦するのだろう。第一騎士団の動きが活発で、魔獣を相手とする第二騎士団が王都へ戻って来ている。近衛騎士達も街の警護を指揮し出し、戦争の準備が着々と進んでいるのを、ユリは肌で感じていた。


 この前、お嬢様と話していた店長の口振りでは、それなりに噂になっていてもおかしく無いが、その事件に関する情報が全く入って来ないことに、なんとも言い難い気持ち悪さが襲ってくる。


 小説で被害者の名前も生い立ちも書かれて居ない為、その人物を探すのは難しい。又、この時期の事件で、さほど大きなもので無い上、戦争の匂いを感じ国中が騒然としている時期な為、余計にこのような小さな事件は埋もれやすい。


 ユリは大衆紙を捲りながら、小さな記事にも注意深く目を通して行く。どの新聞も勇者であるバルク男爵が傭兵を従え出陣したことを大々的に謳っていた。


 へー、傭兵達の総大将はミハイル様なのね。本来なら、竜討伐で亡くなったミハイル様が総大将を務めるなんて!親友であるミハイル様がが亡くなることで、フリードリッヒ様は心に傷を負うんだけど、それもなく今も仲良しよね。今回の戦で命を落とされない事を心から祈るわ。


 新たな新聞を手に取り、ペラペラと捲る。左下、見落としそうな場所に、ユリが探していたポーション事件の記事が、小さなスペースに載っていた。


 これだ!


 最初の被害者は足を患った五十代の男性に、眼を患った妙齢の女性、腕を亡くした元騎士。


 年齢も性別もバラバラね。ローディア商会の夫人はどうしてこの人達を狙ったのかしら?無差別とは考え辛いのよね…。彼らの共通点は?小さな記事ではユリの知りたいことの殆どが抜けている。ユリは慌てて、他の新聞を捲る。たがどの記事も小さく、目ぼしい情報は手に入らなかった。


「ユリ、そろそろ旦那様が到着される時間よ」


 侍女長であるソフィアに呼ばれて、慌てて玄関ホールへと向かう。屋敷にはお嬢様付きのメイドと護衛騎士、この屋敷を管理維持する為の最低限の下男下女しか残っていない。いつもより、数段少ない人数での出迎えに心許なさを感じつつ、ユリはソフィアの横に立ち旦那様を待つ。


「ユリ、今日から旦那様が領地へ戻られる迄、貴女が旦那様のお世話を頼みましたよ」


 ソフィアの言葉にユリは頷く。


「はい、承知致しました」


 今この屋敷に侍女は、侍女長のソフィアとユリ、そしてユリと同じくお嬢様付きのリサの三人しか居ない。質全的にユリにお鉢が回って来る。


 ポーション事件は皇室にとっては重大な事件だった。小説でマリアンヌが死刑になるほどの。


 この世界で過ごして、わかったことがある。それは、令嬢を死刑にすることは滅多に無いということだ。基本的には、領地で蟄居、修道院送り、死罪に値する罪でも女神の教会へ送られる。家族が連座する罪の場合は爵位剥奪後強制労働が一般的だ。マリアンヌの死罪はそれ程、異例、治癒能力があるのだから、本来なら、女神の教会送りで済む話だ。悪意をいいえ、陰謀を感じるわ。誰が、マリアンヌを死罪にと声を上げたのだろう…。


 馬の蹄の音と、車輪が回る音が大きくなって来た。良き頃合いでソフィアが玄関のドアを開けるよう指示を出す。冷たい風が一気にホールへ雪崩れ込んできた。馬車が止まり、旦那様とセルロスが入って来る。早馬を使い、領地まで一気に駆け、蜻蛉返りをしたセルロスの顔は疲れが見て取れた。


 侯爵は帰るなり、マリアンヌを執務室へ呼ぶ。ユリは仕方なく、執務室の前で控える他無かった。


 侍女のユリは、旦那様から呼ばれなければ、中に入って話を聞くことは不可能で、ましてや、後でお嬢様に、何を話されていましたか?なんて、尋ねることは侍女失格。お嬢様からの信頼を失う事に繋がる。


 はあ、お嬢様がご自分からお話頂くことに賭けるのみね。話しの内容は、多分、お嬢様が手紙に書かれていた、キャサリンから購入したジュリェッタ嬢の学園での情報とポーション事件のどちらか、または、その両方。


 ユリが悶々としていると、玄関の方から声がする。フリードリッヒが帰って来たようだ。


 旦那様がお帰りになったから、誰かがフリードリッヒ様を呼びに行ったのね。だから、今日は早い帰りね。


 侯爵が領地へ帰ってから、フリードリッヒの帰りは深夜近い。


 ユリは一旦、フリードリッヒを出迎えるため、玄関ホールへと向かった。馬車から降りて来たフリードリッヒの顔は、憔悴し明らかに殴られた痕があった。


「おかえりなさいませ。酷い有り様ですね」


「ただいま。はは、そんなに酷い?」


 フリードリッヒは乾いた笑いを浮かべながら、外套を脱ぐとユリへ渡す。


「ええ、目の下には隈を作り、殴られて、頬が腫れてます。お嬢様に会われる前に、顔を冷やした方が良いかと」


「ああ、そうするよ」


 ユリは取り敢えず、フリードリッヒをサロンへ行くよう促し、メイドにお茶のセットと濡れたリネンを持って来るように頼む。


「で、どうなさったのですか?」


 姉のようにユリがたずねると、フリードリッヒは敵わないなと溜息を吐いた。


「中々ね、思うようにいかないんだよ。城の中は敵ばっかりでさ、嫌になってしまうよ」


「そんなに酷いの?スミス侯爵とか?手助けしてくださらないの?」


 スミス侯爵と言う言葉に、フリードリッヒの顔が歪む。


「あの方が一番タチが悪い」


「どう言うこと?」


「場所を移そう」


 フリードリッヒはそう言うと、サロンの奥にある個室に視線を移した。ユリはメイドが持って来てくれたワゴンをそのまま受け取ると、それを押して、個室へと移動する。リネンをフリードリッヒに渡し、お茶を淹れつつ尋ねた。フリードリッヒはリネンに冷却魔法をかけ、腫れたところを抑えると、溜息を吐いた。


「あの方は次の宰相の座を狙ってらっしゃったんだ」


 カチャンとティーカップがぶつかる音がした。


「嘘。えっ」


「宰相に俺が次の宰相候補として、仕事を教えて貰っているのが気に入らないらしい。フォローしてくれるどころか、何かと細かい所を突いてきて、中々仕事が進まないよ」


 あの柔和なスミス侯爵にそんな野心があったなんて!


「それで、帰りが遅いの?」


「まあね。でも、彼だけじゃないけどね。優秀な、それなりの爵位のある文官なら、スミス侯爵と同じ気持ちだろうな。ぽっと出の俺を引き摺り下ろして、その席に収まりたいと思っているはずだよ。まあ、あからさまにことに及べるのがスミス侯爵なだけだけど」


 それだけ、スミス侯爵の力が強大だというとなのだろう。


「で、その顔は?」


「はは、これか、これは色男にやられたよ。卑怯だってさ。お前がマリアンヌお嬢様を夜会に出さないとは、傲慢にもほどがあるとさ。機会は平等にあるべきだと教え下さった結果さ」


 フリードリッヒはへにゃりと笑った。その顔は幼い頃から知っているユリには少し疲れたように見えた。


 色男?


「もしかして、あの、ロベルト卿?」


「そう、そのロベルト卿。マリーに手紙を出して袖にされたのが、よっぽどプライドに触ったらしい。彼が誘って断ったのはマリーだけらしいから。俺がマリーを脅して、ロベルト卿の手紙に断りの返事を書かせているのでは無いかと言い掛かりをつけてきたよ。侍女に、ちゃんとマリーへ手紙が渡ったか確認をしたのだから、お前が、マリアンヌお嬢様に断りの手紙を書くようにと強要したのだろう!って、さ」


 ああ、そういえばリアレッドさんが、ロベルト卿からデートに誘われたと言ってたわね。お嬢様への手紙の流れを確認したかったんだ。


「で、その事実は?」


「無いよ。行って欲しくないのが本音だけどね。でも、正式に書面にするまでは、俺に口出しする権利は無いさ。まあ、全力で邪魔はするけどね」


 邪魔するんだ…。


「さ、腫れも少し引いたし、顔色も随分ましになったから、もう、行かれたら?旦那様が帰ってらっしゃったわよ」


「ああ、ありがとう。そうするよ。報告しなきゃならないことも沢山あるしな。あっ、そうだ。ユリが気にしていたポーション事件だが、その売買の場所となっていた酒場はもう無い。かの店の店主は、傭兵達と共に戦地へ旅だったそうた」


「ありがとうございます。また、何かわかったら教えて下さい」


 店が無くなったってことは、ローディア夫人が関与した事件は終わったってことよね。なら、これでポーション事件はもう起こらない。後は、幕引きを注視すればいい。

 

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