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事件の前触れ ②

チョコレートのくだりを書くため、前の方を一部修正しました。ご了承下さい。

 お嬢様の命令で、キャサリンについて調べる。ついでに、ポーション事件を調べる口実もできた。ローディア商会へ頻繁に出向くことも、キャサリンの従者をお茶に誘うことも勤務時間の中で行うことが可能だ。表立って、それを調べる口実が無かったユリにとって、その命令は僥倖だった。


 マリアンヌの為とはいえ、ポーション事件が起こりうることを知るのは、ユリとジュリェッタしかいない。そして、この事件こそが、マリアンヌとユリの運命を左右する大きな節目となるからだ。


 ユリにはこのことを相談する相手などいない。この事実を口外すれば狂人と思われるか、最悪軟禁、良くて常に王家の監視下に置かれるかだ。


 そして、今、この時点で小説と色々と違う。だから、どうにかして、その事件のせいでマリアンヌに火の粉を被らせないようにする為に、可能な限り調べる必要があった。


 お嬢様に軍資金も頂いたし、何よりお嬢様に隠れて動かなくても良いのが一番有難い。これで、たっぷり時間を割ける。


 ユリは早速、ローディア商会へ手紙を書く。


 うーん。仲良くなるには、長期的に付き合う必要があるわね。何を頼もうかしら?コンスタントに必要な品物…。思い当たらないわ。そうね、まずは、閉ざされているから、お嬢様を御慰め出来そうな、何か目新しい物は無いかという相談にしよう。これなら来て頂くより私が赴く方が遥かに効率的だし、随時、通う口実になりそうだわ。ついでにアニーと仲良くなれれば言うことは無いわね。


 ローディア商会へ行くといつもと対応が違い、奥応接室へ通される。上等なお茶に珍しいお菓子を勧められた。


 リマンド公爵令嬢の遣いというだけで、ふだんとの対応の違いにユリは笑いを噛み殺す。


 ドアが開き、現れたのはキャサリンだった。ユリは目を見開くが、いつもの優秀な侍女の顔を直ぐに取り繕う。


 手間が省けたわね。なら横にいるのが彼女の侍従、アニー。私が仲良くなるべき相手。


「お初にお目にかかります。ローディア商会会長の娘、キャサリンで御座います。これが、私の侍従、アニーで御座います。この度のご依頼が、リマンド公爵令嬢をお慰めできる品物ということで御座いましたので、年の近い私が担当させて頂きます。どうぞお見知り置きを」


 横にいた侍従と共に、見事なカーテシでの挨拶を披露したキャサリンにユリは驚愕した。


 旦那様とハンソン様の話では、まだ、ジュリェッタは上手くカーテシすら出来ないらしい。それなのに、平民である彼女達が、まともに教育を受けているとは思われない侍従までが、完璧な挨拶を出来るなんて!


「完璧な挨拶で驚きました。私、リマンド公爵家で侍女を務めております、ユリといいます。今日は手紙の通り、何か目新しく、心が踊るような品物があれば、と、思いまして…」


 ニコリと対外用の笑みを貼り付け、二人の様子を伺うと、キャサリンがさも当然という風ににっこりと笑った。


「私は幸運にも、魔法学園に通う栄誉を賜りました。そのお陰で、平民ながら、社交デビューもさせて頂きましたので、最低限のマナーを身に付けておくのは当然のことかと。また、このアニーは私の従者です。彼女も何かと貴族の方々と接する機会が御座いますゆえ、失礼にならない程度のマナーは必須で御座います」


 ああ、ジュリェッタが異質なのか。


 キャサリンの言葉で、その事実がストンとユリの中で落ちた。


 ジュリェッタはこの身分制度自体が受け入れれないのね。貧富の差はあっても皆が平等であるという概念が根底にあるジュリェッタにとって、この世界の考え方は到底受け入れ難いのはわかる。でも、前の世界、日本でもある程度の礼儀やマナーは求められた筈だわ。なら、前世はジュリェッタは同じ日本人では無かった?そもそも、私と同じ価値観だと考えていた根底が間違えていたのだろうか?


 キャサリンは考え込んでいるユリを他所に、テーブルに色々品物を並べていく。


「この青色の瓶は?」


 どこかで見たことがあるような…。


 透明な八角形の底をし、注ぎ口が萎んだ作りの美しい小ぶりな瓶に青色の液体が入っていた。


「あれ?何故これがここに?」


 キャサリンは少しビックリした様子で木箱から瓶を取り出す。


「それは何?」


「これで御座いますか?痛み止めらしいのですが…。まだ。効果がはっきりしていないので…、お客様にお見せ出来ない品が、此方の手違いでこの中に混じっていたようでございます。申し訳ございません」


 キャサリンは歯切れ悪く、誤魔化すように急いでその瓶をアニーに渡し、別室へ持って行くように指示を出す。


「綺麗な色の液体でしたわね」


「そうで御座いますか?ただ、効能がはっきりしていないものを、お客様のお目に入れてしまい申し訳御座いません。それよりも、お菓子とお茶はお口に合いましたでしょうか?」


 あれは売り物では無い、興味を持たれても困るとしっかりと牽制してくる辺り、客である私には見せたく無かった物なのね。


「ええ、とても、甘い香りのお茶ですのね。このお菓子は何でしょう?」


 多分、チョコレートだ。同じ名前であったなら。


「チョコレートで御座います。南の国からやっと取り寄せることがでたのですが、この見た目で気味悪がって、皆様、中々手に取って頂けないのです。怪しいものでは断じてございません。とても美味しいので、是非御賞味下さいませ」


 ああ、やっぱりチョコレート!比較的寒いこの国では、カカオは取れないだろうからと諦めていたけど、チョコレートを食べれるなんて!


 ユリは一粒摘むと口へ入れる。チョコレートが口内の体温で溶かされ少しほろ苦く甘い味が口一杯に広がる。芳醇なカカオの香りが鼻から抜けた。


 キャサリンはユリの表情を注意深く観察する。キャサリンに取って、チョコレートはローディア商会の跡取りを狙う上で大事な一手だった。学園に通うことで貴族の子女達の心を掴む逸品にならるだろうという、勝算はあったがあの黒い見た目は、中々、彼女達の食指を動かさない。一度口に運んで貰えれば、爆発的に人気がでる自信はあるのだが、その最初の一口が難しかった。


「美味しいわ。此方を頂くわ。種類はこの一つだけかしら?」


 ユリの言葉にキャサリンは喜色満面で対応する。


「ありがとうございます。実は、中々手に取って頂けず、今の所は、この一種類でございます。もし、お気に召して頂けたのであれば、随時、味や形は増やします。御代はいりませんので、是非、リマンド公爵令嬢に色々な場所でチョコレートを薦めて頂きたいのですが…。勿論、売れましても、必ず、リマンド公爵家の注文を最優先に致しますし、勿論、ユリ様個人の注文もでございます。味や、形も、なるべくご要望をお聞き致します」


 ああ、確かにチョコレートを知らないこの国に人達からしたら、インパクトのある色よね。


 必死に頼み込むキャサリンに、ユリは柔かに対応する。


「わかりました。その提案をお受け致します。この味ですと、お嬢様は勿論、奥様もお気に召すと思いますよ」


 キャサリンは用意していた、チョコレートの箱をユリに渡した。


「今、お渡しできる品物はこの二箱で御座います。先程、ユリ様がお召し上がりになりましたものと同様の品です。何か、お味でご要望は御座いますでしょうか?」


「そうね、もう少しミルク味が強いものと、フルーツのフレーバーやナッツを入れた物はどうかしら?こちら、全て頂けるのてすか?」


 イチゴにオラジェもいいし、マカダミアナッツやアーモンドも捨てがたい。それにしても、こんなに沢山頂いたけど、きっと高いわよね…、カカオは完全輸入品だろうし、たっぷり使われているであろう砂糖も贅沢品だ。一つぶの値段を考えるだけで恐ろしい。


「はい、全てどうぞお持ち帰り下さい」


「では、適正価格をリマンド公爵家にご請求下さい」


 相手に借りを作りたくはない。それを盾にいつ足元を救われるかわからないから。


「御代のその代わりと言っては何ですが、このチョコレートをリマンド公爵令嬢に、いえ、ユリ様に広めて頂きたいのです」


「私に、チョコレートの宣伝をして欲しいと?私は侍女です。その上、貴族とは名ばかりのしがない貧乏で騎士家の娘、チョコレートをアピールするだけの影響力はありませんわ。お嬢様は深窓の姫君です。夜会やお茶会などはあまり出席なさりませんので、お引き受けしかねますわ」


 やんわりと断るユリに、キャサリンは懇願するような視線を向ける。


「それは、承知の上です。実はお恥ずかしい話、まだ、どなたにもチョコレートを口にして頂けていないのです。食べて頂けましたら、売れる自信はあるのですが…、皆様見た目で倦厭され、チョコレートを売り出す糸口が見えないのです。一庶民の私では信用が得れません。お茶に行かれる際に、薦めていただけましたら」


 何となく状況がわかった。売れると思ってカカオ豆を仕入れ、チョコレートを作ったまでは良かったが、その見た目から、全く手に取ってさえ貰えなかったと言うわけね。遠路遥々運んで来たカカオに掛かった輸送費を考えると、是が非でも売りたいのね。


「わかりました。では、次回からは適正価格で購入させて頂きます。お嬢様からのプレゼントとして、奥様や、皇后陛下、スミス侯爵夫人のお手に渡るように取り計らいましょう」


「ありがとうございます」


 キャサリンはほっとしたような顔をした。


 今後は、キャサリンの従者のアニーを通して新たなチョコレートが出来れば、連絡を取ることを約束する。他にも、舶来品を数点購入し、ユリは商会を後にした。

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