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よく朝

 クリスマスの翌日、何故が旦那様の帰りがいつもよりだいぶ早い。本来なら、領地へ戻られる前なのだから、夜遅く帰られるか、泊まり込みでもおかしくない。嫌な予感がするわ。昨日、お嬢様はご機嫌で帰ってらっしゃったから、心配はしていなかったんだけど…。


 お嬢様は旦那様に呼ばれて旦那様の執務室へ行かれた。心配になり、その横のセルロスの執務室で待機する。セルロスなら、何か知っているかもしれない。目の前で書類を忙しく片付けていくセルロスに、ユリは声をかけた。


「ねえ、セルロス。なんで旦那様はこんなに早くお帰りになったの?」


「お嬢様が、砂漠の国の皇太子から求婚されたらしい」


 セルロスは手を止めず、さらりと答えたセルロスにユリは吹き出しそうになり、咳き込んだ。


「ゴホゴホ、ゴホ、な、なんなのよ!ちょっと、そ、それ、ほんとなの?」


「ああ、本当だ。旦那様は真意を確かめる為にお戻りになった」


 慌てるユリを尻目に、手を止めることも、表情を変えることもなく、セルロスは淡々と仕事をこなしていく。


「え、それって…。お嬢様は砂漠の国へ嫁がなければならないの?」


 ドレスの所為なの?ドレスの所為で砂漠の国の皇太子に求婚されたの?いや、でも、それはゲームの中の話で…。それに、皇太子では無く、第二皇子からの求婚だったわ。それも、こんなに正式な形では無く、乙女ゲームらしくロマンチックに粉雪の散らつく庭園の噴水の前で、第二皇子は跪いてジュリェッタの手を取りその手の甲にキスを落とし、自国へ嫁いで来て欲しいと言うのよ。


「それは無い。リマンド侯爵家の跡取りはお嬢様のみだ。お嬢様がどこかに嫁がれるということは有り得ない」


「なら、どうして、旦那様はこんな時間にお帰りになったの?」


 セルロスはやっと書類から目を離し、ユリに視線を合わせた。


「簡単さ、大方、上皇陛下辺りがごねたんだろ。王族の癖に、自分が法を犯すとか信じられない。王になる前にしっかりと学んだんじゃ無いのか?」


 イライラした様子のセルロスに、また、上皇陛下絡みかと溜息を吐きたくなるのを押し留め、ユリはテーブルの上にあるティーセットでお茶を淹れ、セルロスの前に置いた。


「お茶でも呑んで落ち着きなよ。お嬢様と砂漠の国の皇太子との婚姻は有り得ないのね?」

 

「ありがとう。法律でそう定まっている」


「なら、どうして、旦那様はこんなに早くにお帰りに…」


 セルロスはお茶にひと口呑むと、背凭れに身体を預けた。


「あの、皇太子が、正妃にと言ってきたので、驚かれたんだろう。それで、そうなった経緯をお知りになりたいんじゃ無いのかな?今、国境辺りが騒がしいし…」


 皇太子の美貌は有名だ。色んな国の姫からの求婚があるが、その中で、自分に有用な国のそれなりに権限のある姫のみに、側室で良いのならと言う条件でのみ回答しているらしい。そんな理不尽な要求でも婚姻したいと言う姫君は多く、彼の後宮には既に六人の側室がいる。いずれも、大国の姫君だ。


 そんな皇太子の心を射止めた方法を旦那様は知りたいのだろう。彼は、戦争でも、脅威となる人物だから。


「戦争が起こるの?」


「ああ、攻め時だろう。あちらからすれば、これ以上は待てないと言った所だな。回復してきたとはいえ、我が国の戦力は心許無い。その上、三度目の討伐があった後で国力も削がれたと考えているだろう。だが、傭兵部隊の整備を始めたことで、彼方もその訓練が整う前には攻め込みたいだろう」


 春、卒業前に起こる戦争ね。これは、回避出来なかったのね。でも、状況が違うわ。ジョゼフ殿下が治癒魔法を習得していないから、陛下はメープル騎士団を率いることができないわ。だれが、メープル騎士団を率いるのかしら?


「戦争はいつ頃になりそうなの?」


「旦那様は春までには決着をつけたいようだ。人質がいる間にな」


 人質、砂漠の国に第二皇子。彼が魔法学園に在学中にということね。確かに、オーランド国と戦争中に強固である砂漠の国から攻め込まれたら、ひとたまりもないわね。そうならない為の保険として、第二皇子を人質として預かっている間に、と言うことね。


 なら、予定より二ヶ月くらい前倒しになるわね。それに、本来なら、オーランド国が戦争の準備をしているという情報はまだ得ていないはずだ。書いてないだけで、情報を知っていたというはあるけど。


「そっか、なら、もしかして戦争の準備とか進んでいるの?」


「あのな、その為の傭兵駐屯地だろ?全く、あの旦那様が高い税金使って、居るだけで、苦情が出る傭兵達を遊ばせておくわけがないじゃないか。体制が取れて、人数が集まった頃間を見て、良き時期に戦地へ送りだすに決まっているだろう」


 一番人の死ぬ最前線に、自国の兵を使うだけの余裕は無い。それも、初陣となる者達に最前線は重荷だ。なら、少なからず、戦争に慣れ、人を殺したことのある傭兵達の方が使い物になる。彼等が戦っている間に、少しづつなれていけば良いってわけね。


「旦那様の心配は、そのお嬢様に求婚なさった、砂漠の国の皇太子ってわけね」


「ああ、彼は切れ者らしいからな。他の皇子達が戦死している中、彼が出た戦争は負けなしだからな。不敗の皇子の別名があるくらいだ」


 不敗の皇子か。母親は悲劇の妃。父親は暴君。


「敵には回したくない相手ね」


「ああ、だから、旦那様が警戒なさっている」


 なら、皇太子がお帰りになるまで、領地へは帰れないわね。


「はあ、領地への戻りが遅くなるわね」


「戻れないかもな」


 沈んだ様子のユリに、セルロスは意地悪くニヤッと笑った。


 ちぇ、セルロスのやつ、自分が戻れないからってさ。


 セルロスはこの屋敷の執事であるため、王都を離れることは叶わない。


「そんな、不吉なこと言わないでよ。雪の積もらない比較的温かな領地で、お嬢様と取りおり庭の散歩をしたり、新たな絹織物を見に行ったりする予定なのに!後、久しぶりにパブロ商会へも行こうと思ってたのに」


 ユリが冗談めかして、言えば、セルロスは少し不貞腐れたように窓の外を向く。


「どうしたのよ」


「いや、せっかく、冬を一緒に越せると喜んだのは俺だけだったってことかよ」


 ボソっと呟いたセルロスの声は小さく、自分のお茶を淹れているユリの耳にはとどなかなった。


「なにか言った?」


「いや、なんでもない。大丈夫だ」


 誤魔化すように、セルロスはお茶を飲み干した。

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