デート ②
従業員用の幌馬車を借りて、手綱を引くセルロスの横に座りルーキン領へ向かう。
セルロス、馬車も操れるのね。大抵のことはこなせるわよね、計算や読み書きは元より、剣術から馬車の操作、美味しい紅茶やコーヒーを淹れることから貴婦人のもてなしまで…。執事の仕事って大変かも…。
「セルロスはどうして執事になろうと思ったの?」
「うーん。うちの一族は代々リマンド侯爵家の執事を勤めて居るんだ。その中で一番優秀な人物がその権利を得ることができる。それ以外は、別の仕事を受け持つことになるんだけど、俺はその別の仕事が嫌だったから執事になるべく懸命に努力したんだよ」
セバスさんは、セルロスのおじ様だったよね。ということは、セルロスのお父様は執事になれなかった人になるのか。他の仕事ってなんだろう?そういえば、セバスさんとセルロス以外の一族の男性を城で見た事がないわね。
確か、王都には老齢のビンセントさんという執事がいらっしゃるのよね。
「その別の仕事って、リマンド家の仕事なの?」
「そ、他の色んな事業の責任者だったり、多岐に渡るよ」
何か誤魔化されている気がするわね。まっ、この侯爵家に骨を埋める者にしか話せないことくらいはあるか、所詮、まだ、私はリマンド家からすれば出て行く可能性がある部外者ですから。
「ビンセントさんはセルロスのおじさまになる方?」
「いや、違う。ビンセントさんは独身。ビンセントさんの弟がオレのおじいちゃん、もうとっくの昔に死んでるけどね」
ビンセントさんご結婚されてないんだ、なら。
「セバスさんも独身?」
「そ、おじさんも独身。執事になると出逢いの幅が極端に狭くなるからね。ほら、リマンド家の職業侍女の殆どは俺の一族の人間だろ?で、執事の嫁の条件が職業侍女か、令嬢なんだよ」
リマンド家の執事とはいえ、貴族じゃないんだから誰でもいいんじゃないのかしら?
「どうして?」
「執事の業務には、旦那様に代わって会合やパーティーの参加なんてのもあるからね。市井で育ったお嬢さんには荷が重いんだよ。結婚をしていなければ、その業務に携わっている女性と参加すればよいから、仕事の話もスムーズだしね」
相手は大きな商会の会長や、地頭、小貴族。大貴族とは違い、隙を見せれば骨の髄までしゃぶられる。これはこれで厄介ね。
確かに、市井育ちのお嬢さんには荷が重いわね。
「難儀なものね」
まあね、とセルロスは肩をすくめた。
ルーキン領に入って直ぐの小さいな街にあるパブロ商会の本店へ向かう。小さな街ながら、目と鼻の先にダンジョンがあるため大変な賑わいをみせている。
なる程、ダンジョンへ潜る冒険者が主な顧客なのね。道理で保存の効く商品が多いはずだわ。彼方此方に武器屋や魔道具屋、冒険者用の服屋、宿屋などが建ち並ぶ中、一際目を引く建物があった、パブロ商会だ。
店内には干し肉、燻製、乾パン、ドライフルーツは勿論のことやクッキーに飴やキャラメルといった趣向品まで取り揃えてある。中には、干し野菜で作ったロープという変わった商品まで取り揃えてある。
冒険者に混じって店内を見て回る。どの商品も量り売りが可能になっていて、勿論、一盛り単位でも購入可能だ。梱包も選べるらしく、大きな葉に包んで貰っている人や、紙のようなものに包んで貰っている人、瓶や箱に入れて貰っている人と様々だ。
「セルロス、あの包みはどうして統一されてないの?」
「ああ、簡単な理由さ、あの木の葉は腐敗を防ぐ効果がある。長期ダンジョンに篭る人は必ずあれを購入する。途中で仕留めた獲物も解体して、あの葉で包むと鮮度を保ったまま持ち帰ることが可能だ。あの紙のような素材は、火を木に着火させるときに便利だ」
聞けば何でも返ってくるのよね。その膨大な知識には脱帽だわ。
「冒険者には嬉しいサービスね」
着火剤や腐り留めを別で用意する手間が省けるわけだし、人気の理由がわかったわ。
「ああ、そうだな。他のダンジョンの側にも支店を構えているらしい」
キョロキョロともの珍しさに店内を見渡していると、急にセルロスに肩を抱き引き寄せられる。
「危ない。ユリ、俺が助けなきゃ、もう少しで顔に斧が当たる所だったぞ」
きつい口調で咎められ、助けて貰ったことへの感謝の気持ちは消え、小さな怒りが芽生える。
そんなに怒らなくても良いじゃない。
「頼んでないわ!」
「あのな、お前は令嬢なんだぞ。全く、今日は珍しく令嬢らしい格好をして来たと思ったのに」
令嬢らしい格好!あっ、そっか、クロエが選んでくれたんだもんね。
「セルロス!珍しいじゃないこんな所で会うなんて、今日は、どんな用事出来たの?」
セルロスの腕にいきなり、赤い髪の美少女がとびっきりの笑顔でしなだれ掛かる。
え、貴族の子女?
だが、よく見れば、その格好は冒険者のものだ。レギンスに大胆なスリットが横に入ったスカートを合わせて、上は胸の強調されたタンクトップにショート丈のジャケットを羽織り、腰には短剣を2本。
「同僚の付き添いだよ」
美少女はジロジロと不躾な視線をユリへと向けると、また、セルロスに向かってニッコリと笑顔で話しかける。
「侍女さんの護衛で来たの?リマンド家の侍女さんがこんな所になんの用事かしら?まっ、私には関係のないことね。ね、セルロス、話があるんだけど…」
美少女はチラチラと此方をみながら、セルロスの腕に両腕を絡める。
髪の色からして、貴族の血が入っていることは確実ね。って、あんなにセルロスにベタベタ触って、セルロスもセルロスよ、全く振り払う様子もないし。
「それは大事な話か?」
セルロスは美少女の行動を咎めるでも、かといって応える様子もなく、ただ好きにさせてるといった風だ。
「急を要する事柄ではないけど、ほら、私、冒険者だから、今度はいつ会えるかわからないでしょう?」
セルロスは軽く嘆息すると、その美少女の肩に手を置いた。
「わかった。店の入り口でちょっと待っててくれ、直ぐに行く」
セルロスの言葉に満足したのか、美少女はこちらに勝ち誇ったような視線を此方へ向けると、待ってるから早くね、と言って会計の方へと行ってしまった。
「悪いな、野暮用が出来た。パブロ商会の会長に紹介するからこっちへ来てくれ」
混雑している店内を強引に手を引かれ、二階へと続く階段を上がり、躊躇なく一番奥の部屋を目指すセルロスの後を着いて行くと、予め約束してあったのだろう、すんなりと部屋へと通された。
「この方が会長だ。話は通してあるから、何なりと聞いたらいい」
そう言い残すと、彼は足速に部屋から出て行った。部屋の奥で、髪の毛の寂しい痩せた老齢の紳士が、立派な机て何やら書類に目を通している。
会長は一区切りついたのか手を止めると、ゆっくりと立ち上がって、ユリに向かってにっこりと優しい笑みを向けた。
「お嬢様、お待たせしてすみませんでした。どうぞこちらへお掛け下さい。最近、歳でね、途中で辞めてしまうと、何をどのようにしようと思ったのか忘れてしまうんですよ」
優しい雰囲気の紳士に勧められるまま、ソファーへ腰を下ろすと、紳士もユリの正面にゆっくりと座る。
「いえ、お時間をお取り下さりありがとうございます」
礼を言ってみたものの、今日、会長とこうやって二人で会う約束など聞かされていなかった為、正直対応に困る。
「で、何をお知りになりたいのでしょう?何なりとお聞き下さい」
四の五の言っても仕方ない!正直にシュトラウス家のことを聞きたいと言おう!
会長さんの話では、シュトラウス子爵は借金を抱える才能だけは長けた人らしく。この前も、投資話で騙されて、多額の借金を抱え、それをパブロ商会の会長の娘である妻に見つかったらしい。それを慌てて、会長へ報告して、どうにか返済をしことなきを得たばかりだったらしい。
「騙されて借金なさるのは仕方ないにしろ、お隠しになられますと、その対応が大変になるのです。幸いにも娘は、ここで育っておりますゆえ荒事にも動じませんし、この通り、商売もどうにかなっておりますので多少であればすぐにお助けできるのですが…」
貴族としてのプライドで、義父に泣き付くことが難しいのね。どうせ最後は尻拭いをして貰う訳だし、早目に言えばいいのに。
「大変ですね」
「はい、ただ、私達が生きている間はシュトラウス家の面倒はみるつもりですよ、安心下さい。なあに、私達が役に立たなくなるときは、ミハイロビッチ様がしっかりと子爵家を守って下さいますよ」
ただ、何か大事が起こったときには、助けになりたいと申し出ると、シュトラウス家に勤めるメイドを紹介してくれると約束して貰えた。
首尾は上々ね、本来の目的は果たせたのだし!
後はここの商品について意見を求められたので、率直な感想を述べる。
「ほう。水分の少ない硬いパンですか?ビスケットの形で甘くない物。確かに、パンの持ち運びに苦労します。数日でカビが繁殖してしまいますからな。ビスケットになれば、日持ちはしますが、甘くて食事には向きません。考えてみる価値はありそうですな。実に面白い発想だ」
災害時の非常食である乾パンの話をすると、会長さんは思いの外、興味を示してくれ、冒険者達の生活についてあれこれと話して下さり、楽しい時間を過ごすことが出来た。




