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クラン子爵 ④

 オルロフ伯爵の情報は思った通り、中々エグいものだった。


 整った顔に似合わず、腹黒狸じゃ無いか。庶子の娘を資金調達の為に親子ほど歳の離れた男の妾にし。妹を故リマンド侯爵に嫁がせ関係を強固にし、孫のリフリード殿をリマンド侯爵令嬢と婚姻させ、リマンド侯爵家を乗っとろうとしていたとは。まあ、リフリード殿は婚約破棄され、その夢が絶たれたわけだが。


 それで、ラティーナに擦り寄り、ソコロフ侯爵家と縁を結ぶつもりか。いや、まだ、リフリード殿をリマンド侯爵令嬢の婿にすることを諦めていないんだ。だから、頻繁にフリップ夫人がラティーナの元に訪れているんだ。何せ、ラティーナの親友はあのリマンド侯爵令嬢のお気に入りの侍女なのだから。


 このまま、上手くいかなければ、オルロフ伯爵も焦って必ず強硬手段に出るだろう。その時が好機だ、しっかりと牙を研いで置かねば。借りは返して貰うぞ。




 登城したした翌日、子爵はエーチェに声を掛けた。


「エーチェ、ドレスはどうする?リマンド侯爵令嬢が出した店が人気らしいが、お前もそこで新たに新調したらどうだ。靴や宝飾品まで一気に揃うらしいぞ」


「嫌ですわ。庶民街にある店なんて!いくら侯爵令嬢が出された店とはいえ品にかけます。私、もう庶民じゃないんです!」


「そうかだが、昨日城でその店が人気だと侍女達が噂しておったぞ」


 城の侍女となれば、エーチェよりも数段格上の貴族の令嬢達だ。そんな者達が着るドレスが、庶民だけが着るドレスではないだろ。そもそも、庶民がドレスを身に纏う機会があるとは思えんが。


「見たことはありますわよ。マルシェの近くの店ですし、でも、どれも地味でパッとしませんでしわ。あそこのドレスですと、私の魅力が伝わりませんわ!」


 ああ、エーチェにとってマルシェは庭だったな。そうか、店には行ってみたということか。


「なら、ドレスはどうするつもりだ?」


「あんな店のドレスを着るくらいなら、手持ちのドレスを着ますわ」


 これほど、馬鹿だったとは。まともなドレスでなければ、子息は引っ掛けられても、その両親からの承諾は得れまい。可哀想に結局愛人止まりだ。対して魔法も使えず、見た目だけの娘などまともな親なら敬遠するな。


 可愛がっていた娘ではあるが、ソコロフ卿をラティーナから奪えなければ、ただの荷物だ。下手な貴族に嫁がれて、何の利益もないよりは、マロウ男爵に売り払った方がよっぽど良い。


「そうか。着替えはどうする?侍女を貸してくれるよう、ラティーナに頼もうか?」


 エーチェはそのことが気に入らないらしく、暫く頬を膨らませていたが、メイドでは埒が明かないと思い直したようだった。


「お父様、侍女を雇うことはできませんか?」


 侍女を雇うのはメイドと違いそう簡単では無い。子爵家に仕える侍女達は基本的には没落貴族か騎士家の娘達だ。中にはメイドから侍女になった者もいるが数は少ない上、それなりの待遇が必要だ。あのメイドみたいに相手に非がないのに、殴って辞めさせるなどしたら大変な事になる。


「彼女達の給金は高い。今の財源では難しいな」


「そんなぁ、お姉様がここに住んでいた時には、侍女を二人も連れていたではありませんか!」


 正確には乳母と侍女、そして、従者の三人だ。忌々しいことに、彼らは無給でもラティーナに付き添っただろう。


「彼女らの給金はラティーナが渡した金から出しておった」


「なら、彼女達を連れてくればいいじゃないですか!」


「彼女達はラティーナの母親が侯爵家から連れて来た従者だ。ラティーナ以外主人とは思っておらんよ」


 エーチェの顔がみるみる赤くなって行く。


「何で、お姉様ばっかりなの!私が追い出された時に誰一人、着いて来てくれなかったじゃない!婚約の打診だってそう、ちょっと粉を掛けたら、すぐに私に靡く癖に、最初に話があるのはいつもお姉様!デビュタントのドレスだって、マダムの店で作って貰ったし!もう、イヤ!」


 エーチェは泣きじゃくり、テーブルを両手で拳を作りドンドンと幾度となく叩きつける。


 誰に祝われるでも無く、劇団の寮でひっそりと産まれ、クラン家に母親が後妻として入るまで、子爵の娘だと正妻に世間にバレぬよう、ひっそりと育てられたのだ。不満を持つのも仕方ない。


 社交界では血筋を魔法の力を馬鹿にされ、男爵家の娘達からも陰口を叩かれていることくらいエーチェは知っている。


 平民としても、貴族としても、エーチェは不完全でどちらでも爪弾きにあっているのだ。これは、エーチェの力ではどうにもならないことだった。


「落ち着きない」


 子爵が宥めるが、中々落ち着きを見せない。


「落ち着いてなんていられないわよ!だって、このままだと、マロウ男爵と結婚することになるのよ。私、結婚は本当に好きになった方としたいんですもの!お父様のように好きな人を諦めるなんてイヤよ!もし、お姉様のお母様が亡くならなきゃずっと、私達はあのマルシェの近くの住宅地でひっそりと暮らさなきゃならなかったのよ!お父様だって、愛するお母様と離れて、お姉様のお母様に気を遣いながら逢いに来なきゃならなかったに!」


 ああ、この子は爪弾きをされた可哀想な娘では無く、どちらも美味しい所取りをして、どちらにも馴染もうとしなかった娘なんだ。


 貴族の子息女であれば、家の為に婚姻するのが一般的だ。高位の貴族になればなる程それが強要される。オルロフ家が良い例だ。オルロフ伯爵家をもう一度侯爵家に、返り咲かせる為にかの家の女性達は婚姻したでは無いか。


 リマンド侯爵令嬢とてそうだ。噂では、リフリード殿が勇者の娘に入れあげたせいで、婚約破棄になったが、結局は同じ、フリップ家の子息であるフリードリッヒ卿と婚約を結び直した。


 庶民の結婚は自由だ。別れるにしても、結婚するにしても本人達の意思で出来る。


「なら、お前は誰と結婚したいんだい?」


 まあ、ここまで言うのだ、ちゃんと身の丈に合った結婚したい相手でもいるのだろう。


「フリードリッヒ卿です。フリードリッヒ・モリス・フリップ様です」


 声高々に宣言するエーチェに、クラン子爵は頭を抱えた。


 よりによってフリードリッヒ卿とは、何を考えているのだ。てっきり、思い合っている平民から成り上がった騎士か、街で知り合った商家の息子辺りだと思っておったのだが。そこまでいうのなら、その思い合った相手と上手く行くようにしてやろうと思っていたのが馬鹿馬鹿しくなった。


「エーチェ、フリードリッヒ卿はお前のことを知っているのかい?」

 

「え?も、も、も、ちろんよ」

 

 泳いだ目に、上ずって吃った声、認知すらされていないのか、哀れな娘だ。


「そうか」


 まあ良い。折角、オルロフ伯爵が嫁ぎ先を見つけてくださったのだ。持て余したら、そこへ厄介払いすれば良かろう。そうすれば、オルロフ伯爵への顔もたつ。


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