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疑惑

 クリスマスに向けて、屋敷内は慌しさが増した。このクリスマスはこの国最大のイベントの為、王都内の整備が進み、警備が強化される。それが、終わると領地を持つ貴族達はその領地へ帰って行く。この国の一番北に位置するこの王都は雪に閉ざされ、全ての都市機能がストップし冬籠をするのだ。


 スラム街の元住民達の立ち退きと移住が済み、以前の傭兵駐屯地へと姿を変えた。清潔な寮が立ち並び、古びた炊き出し処はその装いを新たにした。


 入り口には冒険者ギルドの派出所ができ、傭兵達を雇い入れる準備が着々と進んでいる。先の戦争で大幅に削られた兵力を補う目的もある。兵士として受け入れるには、素行が目に付くが腕っ節は頼りになる者達を雇い入れ、統率が取れるように訓練するらしい。そのリーダーとしてバルク男爵の名が上がっていた。


 第一騎士団に所属はしているが、その腕前は騎士達には到底及ばない上、討伐を主としている第二騎士団では依頼さえ達成すれば良い冒険者はかえって邪魔な存在だ。かと言って、一応、勇者なのだからそれなりの扱いをしなければならない。軍としても、丁のいい厄介払いが出来るわけだ。


 バルク男爵は第一騎士団で、必死に兵法と傭兵達を軍の捨て駒として利用する方法を学んでる。バルク男爵には、傭兵達を捨て駒として使うのでは無く、彼らが出世の機会を得るチャンスだと信じ込ませて。


 先の勇者はパーティーのリーダーが男爵となり、他のメンバーを家族として迎えたので、彼らは第二騎士団に所属し、彼らのみで、ダンジョンの調査を請け負っている為、何ら問題が無かった。実力もそれなりに有り、歳取れば、ギルドで若い冒険者の相談役でもと言われている。


「恐ろしい方だよ、旦那様は」


 セルロスがぽつりと呟いた。


「そうね。ご自分の身の安全の為を確保するためとはいえ、スラム街を本当に浄化してしまわれたのですものね」


「まあな、旦那様はスラム街に住んでいた者達には、相当嫌われていたからな。憂いを取り除く為、何としても、王都から追い出してしまいたかったんだよな」


 竜討伐時にスラム街に避難した民への、上皇陛下の手厚い援助を炊き出し以外打ち切った、リマンド侯爵への反感は相当なものだ。本来、国の財政が破綻する支援を行っていた上皇陛下に非があるのだが、スラム街に住む人達にしてみれば、宰相であるリマンド侯爵が自分達の生活を逼迫させた悪者に他ならない。


「スラム街がある以上、旦那様を始め、リマンド侯爵家に関わりのある人は命の危険性があるものね」


 スラム街の浄化が予定より早まったのは、お嬢様が襲われたことも関係があるわよね。


「表向きは、他国の賊の洗い出しと、クリスマスの夜会で他国の国賓の為の安全確保だそうだ」


「最もな口実だわ。お嬢様を襲った犯人も捕まっていないから、第一騎士団にとっては、それこそ渡り船だっだでしょうね」


 そうだろうな、とセルロスは肩をすくめた。犯人が捕まらないと、スミス侯爵と第一騎士団を率いるヴィルグランデ侯爵の面子が保たれ無い。スラム街を浄化してそこに潜んでいた賊を解体することで、お嬢様を襲った犯人は捕まったと結論づけた。強引な幕引きだが、スラム街浄化を推し進めたかったリマンド侯爵は、それを受け入れた。


「その上、ラティーナ嬢の件で、ソコロフ侯爵に恩を売ってたことと、スタージャ様の口添えがあったから、スムーズに行ったらしい。なにせ、スミス侯爵はスタージャ様には逆らえないからな」


 正妻の娘であるスタージャ様が皇后陛下に治癒魔法の力を譲ったから、第二夫人の子供であるスミス侯爵が侯爵の地位に就くことが出来たのだ。もし、スタージャ様が自分が婿養子を貰い、スミス侯爵家を継ぎたいと言い出せば、スミス侯爵は間違い無くこの地位には付けなかった。スミス侯爵は一生、スタージャ様に頭が上がらない。


 なにはともあれ、スラム街浄化はいろんな思惑が重なった結果ってわけね。


「ラティーナ様はどうなの?上手くやってらっしゃるのかしら?」


「さあ、どうだろ?お前、手紙の遣り取りしてるんじゃないのか?」


「してるわ、でも、肝心な事は書けないのよ」


「何故?もしかして」


「ええ、誰かに手紙を読まれている気がするの」


 それは、ラティーナから来た手紙の封蝋が不自然だったからだ。


「クラン家の使用人の中に、手紙を盗み見ている者がいるのかもしれないのか?」


 ユリは険しい顔をして頷いた。


「ええ、断言はできないけど」


「そうか、てっきりラティーナ様の手紙で知ってるって思ってたよ。結論だけいえは、上手くいっている。ソコロフ卿が帰還されれば、式を挙げ、そのまま婿養子となられるだろ。エーチェ嬢はマロウ男爵と婚姻するんじゃないかな。まだ、確定はしていないけど、他に見つかりそうにもないしね。持参金無しの、産まれに一悶着ある令嬢だから、まともな貴族達は嫌がる物件だよ」


 結論だけって、小さな問題は山積みってことね。じゃなきゃ、手紙までチェックされはしないわよね。


「クラン子爵が、大人しくしていらっしゃるとは思えないのよね」

 

「まあな、だが、フリップ夫人が足繁くクラン子爵邸に通ってらっしゃるから、余計な手出しは出来ないんじゃないかな」


「え、どうして?フリップ夫人が?」


「実は、まだ、ジョゼフ殿下が治癒魔法の力に目覚めて無い。勿論、リフリード様もまだだ。その事があるから、今の魔法学園の事を聞きたいんじゃないかな。ほら、ラティーナ様もそれを経験したし」


 セルロスは少し顔を歪めた。


 ジョゼフ殿下は治癒魔法に目覚めない。リフリード様がその力を失っている。だって、その力はとっくにジュリェッタに奪われているから。でも、そのことは言えないわね。


「心配なさっているのね」


 リフリードはフリップ伯爵の息子では無いから、フリップ夫人がそのことを心配するのは当たり前だ。彼の父親は魔力の無い平民なのだから、そのことを公にしていないフリップ夫人は後ろ暗く、心配が付き纏う。


「そうだろうな。何せ、オルロフ侯爵家再興の足掛かりになりえるのが、唯一、リフリード様だからな。今、純粋な旧オルロフ侯爵家の力を引き継いでいるのは、オルロフ伯爵一家と、フリップ夫人、そして、シードル様とリフリード様だ。大奥様とラティーナ様もそうだが、あの二人はオルロフ伯爵がどうにかできる人物ではないからね。フリップ夫人の妹君は、庶子だからリフリード様に寄せる伯爵の期待もひとしおだろうな」


 笑っちゃうわね、その、期待のリフリード様もご自分の妹と同じ庶子なのに、妹を馬鹿にして蔑み、自分がしたことには目を瞑って、リフリード様をフリップ伯爵と偽るなんて。オルロフ伯爵が知ったら、どうなるんだろ。


「オルロフ伯爵は、オルロフ家を侯爵家になさりたいの?」


「ああ、有名な話だよ。不可抗力とはいえ、歴史ある侯爵家をご自分の代で伯爵家にせざるを得ないなかったねたから、かなりの責任を感じていらっしゃるみたいだ」


 有名な話だったのね。小説のストーリーを知っているから、私だけが知っていることだとばかり思っていたわ。先入観があると、色々と見誤ってしまう可能性があるよね。気をつけなきゃ。


「だから、あんなに強引に…」


「まあね。少し急性すぎる。本来なら、数代で行うべき大プロジェクトなんだろけど…」


 セルロスの言いたいことは、スミス侯爵家なのだろう。この国の侯爵家は四つと決まっている。スミス侯爵家が力を付けたら、奪還は難しい。今は、まだ、純粋な王族の降嫁や養子はないが、代が進めばいずれ…。ということだろう。


「何はともあれ、ラティーナ様にとっては追い風ね。ラティーナ様の祝いの夜会は明日開かれるのよね。旦那様が出席なさるの?」


「ああ、大奥様と二人で、奥様はアーシェア国に上皇陛下と行ってらっしゃるからね」


 タイミングの良いことで。


 ユリは心の中で毒づく。用意周到に時期を合わせるように仕向けたのだ。



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