侯爵家の侍女になりました
読んで頂きありがとうございます。
「婚約は間違いでした」も読んでいただけるともっと楽しめると思います。
【あらすじ、話し→話】 どこにでもいる貧乏騎士家であるブルグス家の5人兄弟の長女。名前はユリ。焦げ茶の髪に黒い瞳、顔は十人並み。お母様に似ればもう少し可愛かったんだろうけど…。
因みに騎士家って言っても、お父様、騎士団の事務処理係だから出世はないんだよね。猫の額ほどの痩せた領地。三十世帯程の領民。お父様も騎士団で仕事がない時は領民と一緒に畑仕事をしてるくらいの困窮ぶり。
食事は、クズ野菜をクタクタに煮たスープがメイン。キャベツや白菜を収穫した後に畑に残る外側の葉っぱと芯とか、人参の葉っぱとか、それに、豆を少しと、硬い筋肉を少し入れて庭の月桂樹の葉っぱと一緒に柔らかくなるまでクタクタ煮込んだものに硬い黒いパンを浸しで柔らかくして食べる。
家令はメイドはお母様の乳母だったお婆ちゃんと年老いた執事が1人。
お母様自らが赤ちゃんをあやしながら、食事の用意をする生活。私の仕事は幼い弟、妹の世話と食事の手伝い。一つ下のシンは領民に混じって畑仕事を手伝っている。領地っていうか、皆んな家族みたいな感じで皆仲が良い。
私が8歳になったある日、事件が起こった。
大雨のせいで、川が増水して堤防が壊れ領地の麦畑が尽く駄目になった。
「どうしたものか、領民達にお金を給付せねばこの領地一帯の民は生きてはいけない。しかし、うちにそこまでの蓄えがない。借金しようにも返すあてがない。」
お父様は困ってらっしゃいます。そうでしょうね。うちの食事でそれは痛いほど痛感しておりますとも!
「ユリがもう少し大きければ、侍女として働きに行けるんですけど…。そしたら、そのお金を借金の返済にあてられるんですけどね」
お母様の言葉に閃きました。そうです、私が侍女として働きに行けばいいんですよ。まだ、小さいですけど今でも家の仕事はしてますから、きっと大丈夫です!
「そんなことを言っても仕方ない。まだ8歳だ。せめて12歳にはなってないとな。」
お父様が肩を落としていらっしゃいます。私は、2人を見て胸を張りはっきりとした口調を心掛ける。
「お父様、お母様宜しいでしょうか」
「なんだい、ユリ改まって」
お父様もお母様もこちらを向き直り、しっかりと私の目を見て下さいました。
「私、侍女として、働きに出ようと思います。お2人の様子から、家が大変なことはよく分かりました。どうせ、もう少し大きくなったら侍女として働きに出ようと思っていましたし」
「私が言い出したことだけど、いいのかい?ユリ?」
お母様は先程のご自分の言葉を少し後悔なさっているようです。
「はい、ここに居てもいつも仕事はしますし、それに、良い所に奉公に行けば、家より美味しい食事に有り付けるかもしれませんしね」
「わかった。いろいろ伝手を頼って奉公先を探しておこう、ありがとうユリ。」
「ありがとうね。ユリ」
お父様もお母様も涙ぐんでいらっしゃいます。さて、この歳ですから、採用は厳しくなりますよね。そうだ、お婆様にマナーを教えて頂きましょう。そうすれば、少しはまともに見えるはずです。
「お母様、お婆様にマナー講習をしていただきたいんです。」
お母様は少し悩んでから、頷くと
「そうね、その方がユリも奉公先で可愛がられるでしょうし、わかったわ。頼んでみるわね」
お母様はこれでも子爵家から嫁いでこられています。お婆様は伯爵家から子爵家に。ですから、お婆様は淑女教育は完璧なはず。少しでも、お給料上げて貰わなければいけませんから!
数日後、お母様の生家から迎えが来た。2週間分の着替えを用意しなさいって言われた。
あれ、なんか思ってたのと違うな?なんて思いながら、子爵家に着く。白髪の凛とした痩せ方のお婆様が迎えて下さいました。
「ユリです。よろしくお願いします。」
「ユリ、よく来ました。これから、2週間みっちりと仕込みますからね。」
2週間???
そんなこと、聞いてません!ちょっと、触りだけ教えてもらうつもりだったんだけど。今更いえないよね。
「背筋を伸ばして!優雅に歩く。」
お婆様の杖が背中に当たります。
「はい」
「カーテシーのときは、背筋を曲げない。頭から背中まで真一直線に真っ直ぐ!」
「はい」
2週間みっちり、マナーを叩き込まれた。まさか、泊まり込みでマナーレッスンを受けるはめになるとは…。
家に帰ると、お父様がハイテンションで迎えてくれた。
「ユリ、奉公先の当てが見つかったぞ、なんと、かのリマンド侯爵家だ!」
凄いだろうと言わんばかりに得意げです。お母様も目を丸くしています。
「まあ、あなた、家にそんな伝手があったの?」
「ああ、私の従兄弟の奥さんの生家に嫁に来た奥さんの生家が、リマンド侯爵家の分家の方なんだよ。」
全く、繋がりはないと言うことですね。よく分かりました。
お父様と侯爵家に向かいます。うちの領地から馬車で4日かかります。その間の滞在先は、侯爵家で用意してくださいました。なんて太っ腹なんでしょう。
侯爵家に着きビックリしました。だって、お城なんですよ。お城!
広い客間に通された。皮張りの座り心地の良いソファーを勧められて、夢の世界にいるようでボーッとしていた。
ドアが開き、白銀の髪の優しそうな男性が入って来た。慌ててお父様と立ち上がる。
「やあ、よく来たね。君は?」
優しそうな人が私に問う。お婆様に習ったカーテシーをとり挨拶をした。
「ユリでございます。」
横のお父様は緊張し過ぎて、ガタガタ震えている。その様子からこの方がリマンド侯だとわかる。
嘘だ、お父様全く役に立たない!っていうか、何でそんなに死にそうなの?優しそうだよ?これじゃ、お父様に助けて貰えない!
侯爵は私達に座るように、促すと自分もソファーに腰を下ろして、私に3.4質問をされました。
「で、いつから働けるかね?」
「い、い、い、今、今すぐにでも!!!」
お父様、今すぐって!
ビックリして固まったお父様を見ながら侯爵はクスクス笑い。
「じゃぁ、ユリと言ったね。これが我が家の執事セバスだ。彼にいろいろ教えてもらいなさい。済まないが、私はこれから用事があってね、失礼するよ。ブルグス、お嬢さんはこちでお預かりしょう。雇用内容はセバスが説明する。では、」
そう言って部屋を出て行きました。お父様を見ると石像のように固まっています。決まってよかったのよね?
セバスと呼ばれたロマンスグレーの紳士が、私とお父様に雇用内容を説明してくれた。
「ユリさん、これからあなたはこのリマンド侯爵家の侍女という立場になります。私は平民ですが、この家の家令の長を仰せつかっておりますので、これから、あなたをユリと名前で呼ばせて頂きます。良いかな。」
「はい」
ユリの元気な返事にセバスは優しく笑った。
「では、続けさせて頂きますぞ。ユリは、侍女というには年齢が幾分足りませんので、扱いは侍女見習いとさせていただきます。給金は一番下の侍女の70%をお支払い致します。こちらは…。」
セバスはそう言いながらブルグス氏とユリを交互に見た。
家がお金に困って、私が働きに来たことを知っていらっしゃるんですね。
固まっていた、お父様が膝の上で拳を握りしめ、重い口を開く。
「私に送って下さい。」
「わかりました。では、ブルグス家に送らせていただきます。これは、今月と来月分でございます。そして、こちらが雇用契約書でございます。内容をご確認の上、サインをお願い致します。」
そう言うと、セバスは一枚の紙をテーブルに置きユリを見る。ユリが頷くと頷き返し、ブルグス氏に視線を戻し持っていた袋をテーブルに置く。
横から、ゴクンというお父様の唾を飲む音が生々しく聞こえた。
この日から、私はリマンド侯爵家の侍女(見習い)人生が始まったのです。