魚と雲と濡れ鼠
https://www.youtube.com/watch?v=vnPXpHbF_6A
ちなみにモーリスC8ってこんな車。子熊のようなシルエットですが力持ち。
俺とコーエルさんは水路の脇に車を止めて、水門を覗き込んでるティカ隊長たちのところに歩み寄る。
水路の幅は、二メートルくらいか。それを堰き止める水門は上下二枚の板をクランクで開閉させる構造になっているようだ。その二枚の板の間に謎の生き物が挟まって、隙間から湖側の水がダバダバと流れ込んでいた。
「どうした。魔物が引っ掛かったのか?」
「いや、跳躍鰱だ。魚だよ」
ウソだろ。百五十センチはあるぞ。よく見れば鱗はあるし魚のように見えなくもないけれども、体色はガンメタリックで、ドラゴンみたいな翼を広げている。
前に“跳ねるだけ”とか聞いた気がするけど、あれ飛魚みたいに飛翔もするんじゃねえの?
「こいつが水門に突き刺さったせいで、水が水路に流れ込んじまった。まあ今日明日にも開放するつもりだったから、それはいいんだがな」
ドワーフの爺さんが、水門の端から手を伸ばす。羽を引っ張ろうとすると、タナゴは怒ってビチビチと暴れ始めた。
死骸じゃなかったのね。
魚が暴れるたびに扉の隙間が抉じ開けられて、さらに水が流れ込む。ティカ隊長は戦鎚を担いで苦い顔をしていた。
「あたしが殺そうにも、戦鎚じゃ水門ごと壊れかねんからな」
「そんじゃ、俺がやるよ。ちょっと離れてくれるかな」
ホルスターからブローニングハイパワーを抜いて、水門に当たらないように角度を考える。その上で、みんなには弾丸の抜ける方向から退けてもらった。俺は射撃が上手いわけでもないしな。
「目を射れば死ぬかな」
「もちろんだ」
降りしきる雨のなかで、湿気たような音で銃声が鳴る。初弾は逸れて目の上に当たったようだが、初弾で頭を吹き飛ばされた巨大タナゴはビクンと痙攣して動かなくなった。
化け物なのはサイズなだけか。よかった。
「おい、そっち持ってくれ。向こう側に引き上げる」
「ミーチャ、これ要るか?」
「食えるの?」
「ああ。そんなに美味くないけどな。あと小骨が多くて食いにくい」
それは残念。でも興味はあるので、もらってくことにした。コーエルさんの手を借りて、身長体重ボリューム感ともに成人男性ほどある魚をモーリスの後部荷室に放り込む。
あれこれ話した結果、もう水門は開放することにしたらしい。爺ちゃんたちがクランクを回して扉を開いた。水路に流れ込んだ水はどんどん町の方に向かってゆく。きっと溜め池にも外堀にも満たされることになるんだろう。結果オーライ。
「ありがとなミーチャ、おかげで助かった」
帰り支度をしているティカ隊長たちを見て気付いたけど、誰も馬を連れてない。
「いや、このくらい……っていうか、みんな歩き?」
「そりゃそうだろ。こんな雨のなか馬を出しちゃ可哀想だ」
そんなもんか。とはいえ君らも十分に可哀想なんだよ。ついでなのでモーリスに乗ってけとみんなを誘う。椅子は六人分しかないけど、床にふたりと荷室にふたりで無理やり乗ってもらおう。
どうせ町までは二、三キロだ。
「どんどんひどくなるな」
「もっとひどくなりそうだ」
走り出してすぐに、獣人のふたりが、なんでか嬉しそうに言う。
彼らの言葉通り雨はますます激しくなって、雷まで鳴り出した。そういえば、こっちの世界に来て以来、雨が降ったのはこれが初めてのような気がする。厳密には、俺がくる前に……いや、違うな。俺が来ることによって、雨が降ったとかなんとか。
「この雨……なんか、やらかしたのかもしれんな」
なんかって何だ? やらかしたって、誰が?
疑問に思って助手席のティカ隊長を見ると、知らんとばかりに肩を竦められた。自分で言ったんじゃんと笑いかけた俺は、彼女の指した先を見て笑みを消す。
ダンジョンのある山の上空にはどんよりと赤黒い雲が重く立ち籠めて渦を巻いていた。なんだあれ。どっかで聞いたことあるぞ。あれって……
「魔力雲だ」
どこかの誰かの愚行に呆れたような顔で、ティカ隊長が言った。




