ディニティ・フェア
夕方、俺たちの店の前には町のあちこちから集められたテーブルと椅子が並べられ、パーティ会場のようになっていた。住人たちが勢揃いして、その間にも肉屋のマッサさんとキルケを中心に巨大なワイバーンが着々と解体されてゆく。エーナさんオーキュさん主導で女性陣がワイバーン肉の調理を進めてくれていた。炭火でのグリルとシチュー、それにフィッシュ&チップスの応用でワイバーンのフリッターもだ。
「「「ミーチャ、おめでとー!」」」
俺が提供した樽入りエールが次々と木杯に注がれている。あれこれ追加購入したので、酒を飲めないひとには林檎酒とジンジャービアとかいう微アルコール飲料。子供にはボトル入りのレモネード。
「おめでたくはねえよ。死ぬとこだったぞ⁉︎」
ゲンナリ気味で笑う俺に、ティカ隊長が労いの表情を浮かべる。
「それは、わかってる。感謝もしている。とはいえ結果は傷ひとつ負わずに単身でワイバーンを二体だろ。そんな成果、聞いたこともない。二級どころか特級パーティでもありえん。ほとんど化け物だぞ?」
ゲミュートリッヒにある馬車を総動員する予定だったが、たぶん乗り切らんという判断で“異国の魔導師(という感じで紹介しておいた)”ヘイゼルを呼んで収納してもらうことになった。
俺が店まで呼びに行った体で、実はずっと同行してた“実体化解除ヘイゼル”と町まで戻って実体化してダンジョンまで引き返すという無駄な労力はあったが、移送自体は簡単に済んだ。
さすが英国魔法。そんなもん、あんのかどうかも知らんが。
「なんという英国」
「おう、なんかまた聞いたことない表現が」
「ミーチャさんが成した成果です。今夜はそれをお祝いしましょう」
俺がやったっていうか、英国製対戦車ライフルの性能が凄いってだけなんだけどな。
ちなみにワイバーン二体分の素材はゲミュートリッヒの買い上げとなり、ティカ隊長から金貨を二百枚ももらってしまった。こんなにもらって大丈夫かと訊いたけど、必ずそれ以上の利益を生んでみせると豪語された。
ちなみに、金貨二百枚はポンド換算で八万ほど。現在のDSDでの所持金だけで二千万円を超えるわけだ。こんな所持金は生涯最大。買いたいものは思い付かないが……来たるべき真のスローライフに投資しよう。
「なあ、ティカ隊長。これ、食っちゃって良かったのか?」
「いいさ。どうせ肉は燻製にでもしなければ運べんし、サーエルバンの市場に流したところで、あれこれ詮索されるだけだ」
「もしかして、ワイバーン殺しちゃまずいのか」
「殺すのはまったく構わん。問題は“ワイバーンを簡単に殺せる奴が、ゲミュートリッヒにいる”と思われることだ」
それは、なんとなくわかる。敵には脅威として牽制の意味を持つかもしれんが、ティカ隊長が気にしてるのは、たぶんアイルヘルン内部への影響だ。“西端の取るに足らない小集落”と思われていることで見過ごされていたあれこれが変わってゆく可能性がある。それはきっと、良いことばかりじゃない。
「バレるのも時間の問題だと思うぞ?」
「わかってる。せいぜい、それまでに備えるさ」
ドワーフの爺ちゃんたちがエールの樽を前にワイワイとはしゃいでいる。目がキラキラしてるのが微妙に気になる。いちばん食い付いてるのが、パブの常連でマッチョな鍛冶屋のパーミルさんだ。
「ミーチャ、この樽はなんじゃ?」
「ロンドンプライドってエールだよ。店に出してるボトルと同じラベルがそこに貼ってあるだろ」
「違う、この樽じゃ」
そこでようやく、彼らが盛り上がってた理由がわかった。こっちの世界のひと、アルミを知らんのね。
「アルミニウムっていう……特殊な、金属だ。作り方は俺も知らん」
助けを求めてヘイゼルを見るが、困った顔で小さく首を振られた。
“ボーキサイトを水酸化ナトリウム処理して取り出した酸化アルミニウムにヘキサフルオリドアルミン酸ナトリウムと溶解させ、それを電気分解して作ります”
頭に念話の声が響く。うん。サッパリわからん。
でも最後の電気分解ってとこだけで、この世界での再現は難しいだろうということはわかった。説明に困った俺は、爺ちゃんたちに向き直る。
「ヘイゼルのいた国に伝わる秘伝の金属らしい。高価なもんじゃないから、宴会が終わったら持っていって良いよ」
「「「おおぉ!」」」
そういや店で飲み終わったボトルも、若手ドワーフから欲しいって言われたっけな。大量に出る空き瓶をどう捨てようか困ってたから、ありがたく引き取ってもらった。溶かしてガラスとして再生するとかで、加工と販売についてはこれから考えるらしい。売れたときの利益分配について交渉を持ちかけられたが、捨てたものだから要らないと答えておいた。
さすがドワーフは若手も研究熱心というか、愛すべき技術屋集団である。
「「「美味ぁッ!」」」
焼き台の周りでは、グリルされたワイバーンにかぶりついた子供たちが目を輝かせている。ワイバーンは肉塊があまりにデカいので、直火に掛けて焼けたところから削いでく方式にしたようだ。ケバブの屋台みたいだ。
大人もそれぞれに串やら皿やらを持って、美味しそうに頬張ってる。
「ミーチャさん、これ食べてみて。エルミちゃんとヘイゼルちゃんから、“ふぃしゃんちっぷ”のコツを教えてもらったの」
炉に掛けた揚げ釜の前で、肉屋の若女将オーキュさんが串揚げを渡してくれた。串団子みたく三連に並んだワイバーン肉が湯気を上げている。見た目は、むかし北海道で食べた"あげいも”みたいだ。
「ありがとう、これは美味そうだ」
「熱いから気を付けてね〜」
フーフーしながら齧ると、カリフワッとした衣が小麦の香りとともに崩れ、なかから肉汁たっぷりのワイバーン肉が溢れ出す。鶏肉の比じゃない強烈な旨味。
「あ熱ひっ、旨ぅマッ! なにこれ、ムッチャ美味い!」
「よかった」
火加減も衣の厚さも良い感じ。これだけ作れるんなら、任せて大丈夫かな。
揚げ釜のところに肉屋の主人マッサさん夫妻がいたので、ついでに話をしてみることにした。
「マッサさん」
「おお、ミーチャ。素晴らしい肉を仕留めてくれたな。これからは、しばらく燻製作りで大忙しだ」
「忙しいとこで悪いんだけど、お願いがあって。“マッサエーナ肉店”でも、フィッシュ&チップスも扱ってくれないですかね」
「「「え?」」」
マッサさんエーナさん夫妻と、オーキュさんも困惑した声を上げる。
もう作れるんだから、店に出して欲しいのだ。
「ポテトフライだけ八百屋のタパルさんのとこに頼むのもアリだけど、油の処理も考えるとマッサさんとこでまとめた方がいいと思う」
フィッシュ&チップスは店の人気メニューで、エールを飲むひとは半分以上が一緒に頼むようになった。それはありがたいんだけど、お持ち帰りの需要も一気に増えて手が回らなくなったのだ。
「しかし、あれはミーチャんとこで考えた料理だろう?」
「いや、ヘイゼルの故郷の料理で、俺たちが考えたわけじゃないですよ。こっちは店で出す分の銀鱒や藪猪ラードを融通してもらえればいいんで」
マッサさんは商売人としてレシピを安売りするのはダメだと諭されたが、そもそも隠すほどのレシピではないのだ。こちらのひとたちに揚げ物という発想がなかっただけで。
わしら酒場であってフィッシュ&チップ屋がやりたいわけじゃないしな。
特に強制するわけではないけど、銀鱒と藪猪ラードが手に入ったときは店に出してもらえることになった。
「それじゃ、お願いしますね」
「「ありがとうございます」」
交渉終了、で何気なく振り返った俺は、串揚げを持ったまま泣いてる子たちを見てギョッとする。
「お、おい、どうした! なんかあったのか⁉︎」
「……おいじぃ……」
「へ?」
ふたりは串に刺したワイバーンのフリッターをしっかりと両手で持って、かぶりついては涙を零す。
なにこれ。
「おいし……ね、にいちゃん」
「うん、おいし……」
あ、ああ。思い出した。思い出したぞ、この子たち。あれだ。孤児院の。エーデルバーデン最初の晩餐で、イギリス名物の缶入りスパゲッティを貪るように食ってた双子だ。
見違えるほどに顔色も良くなってるし身嗜みも整ってるけど、やっぱり飢えた記憶が消えないのかな。
「泣くほど美味いか。そうか。良かったな。いっぱい食えよ」
「……みーぢゃ」
「ん?」
「「ありがど」」
涙と鼻水垂らしながら言われると、俺までもらい泣きしそうになる。
「なーに、これからも美味いものは、いっぱい出てくるからな。約束しただろ。もう食べ物は、なくなったりしない。今日も、明日も、その次の日もずっと、ずーっとな」
「「ゔん」」
成長したんだか、してないんだか。"飢えた双子”は“飢えていた双子”になり、今度は俺の言葉を少しばかり信じてくれた感じで頷いた。
【作者からのお願い】
休みだったので、ちょい長め(切りどころを誤ったともいう)。
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