ホゥリーマウンテン
登りでも恐ろしかった急斜面に下りで肝を冷やしつつ、なんとか崖際まで下りる。
スタスタ平然と先行していたガールズは、少し広くなった車回し部分にモーリスを出して俺を待っていた。
「……おまた、せ」
「ミーチャさん、足がプルプルしてますけど、運転代わった方が良いですか?」
ありがたいが、いまのヘイゼルの体格じゃペダルに足が届かない。彼女の特殊能力で接触した人間の姿を借りるにしても、その選択肢はあまり多くない。ティカ隊長に余計な説明が必要になりそうだし、ここは俺が運転することにした。
気を取り直して出発だ。文明の力が使える限り、俺に怖いものはあんまりない。絵に描いたようなモヤシである。
「なあティカ隊長、さっきの話だけどさ。最深部が頂上で、そこにショートカットできるんなら最短でダンジョン攻略が可能なんじゃないのか?」
チートな楽勝コースじゃんとか思って尋ねた俺に、ティカ隊長は非常に生暖かい笑顔を返してきた。
「……出来るかどうかでいえば、出来るんだろうな。ただしアンタらなら、だ」
なに、その底抜けにお花畑な不思議ちゃんを遠くから眺めてるような顔。
「剣や鏃や戦鎚を弾く龍鱗に、攻撃魔法も躱す俊敏性。おまけに飛翔能力と放射火炎だ。ふつうはワイバーンなんて、天を仰いでお祈りするくらいしか対処のしようがないんだよ。あそこには上位種を含むワイバーンが複数体いたから、ギルド規定でいうと二級ダンジョンだ。いきなりそこの最深部に好きこのんで入ってくのなんて、死にたがりの馬鹿だけだろう」
そんなもんなのか、という顔で首を傾げる俺にエルミが解説してくれた。
「二級ダンジョンっていうのは、“最低でも二級パーティ以上を推奨”っていう難易度なのニャ」
「エルミは二級冒険者だったよな? だったら問題ないだろ?」
「ウチの能力は治癒回復と偵察だけだから、入れても攻略は無理ニャ。あと、ミーチャは知らないと思うけど、二級パーティって、“平均二級の冒険者が六人編成の集団”のことニャ。推奨ギリギリのパーティが入っても、浅い層を攻略するのが精いっぱいニャ」
「……そうなんだ」
「二級ダンジョンを攻略できるのは、一級か特級の冒険者パーティだけニャ」
「まあ、装甲馬車を射抜く力があるなら、ワイバーンを倒すことも可能なんだろうがな。やるなら早くした方が良い。あの頂上の穴は、いずれ塞がるぞ」
「え?」
「ダンジョンは深い層ほどマナが濃いから、壁も魔物も早く再生する。あたしの見たところ、最初に崩落したのは草のない部分だ。苔の感じからして、再生が始まって十日と経ってない」
穴は縦横十メートル。草のない部分はその周囲に五、六メートル幅で取り巻いていた。十日で穴が半分になったんなら、あと十日もしないで塞がるわけだ。
「う~ん、なんか惜しいな……」
「ダンジョンのボスを倒すとコアがリセットされて、内部の再構築が始まる。良くなるか悪くなるかは知らんけど、攻略はし直しになる。人の入ってるダンジョンなら恨まれることもあるが、あそこは未踏だ。いまなら問題にもならん」
「ちなみに、攻略して受けられる恩恵は?」
「一般的には、ダンジョン内の宝物と魔物素材、栄誉と報奨金だな。宝物はともかく、まだ冒険者ギルドもないゲミュートリッヒじゃ何も用意できんぞ」
なるほど。リスクばかりでメリットがない。用意も済んでないパーティ会場に裏口から忍び込むのもなんだな。やめとこ。サラセン装甲車でも乗り入れられるならともかく、生身の俺はゴブリンでも苦戦する。
ヘイゼルはと視線を向けると、特に意見はないみたいな感じで微笑まれた。
「ヘイゼルは、ダンジョンに関心はないのか?」
「はい。元がダンジョンみたいな国の出身ですから」
相変わらず絡みにくいボケを返された。イギリス行ったことない日本人からすると、なんとなく剣と魔法とドラゴンみたいなイメージはあるけれどもさ。フィクション的な意味で。
「……ダンジョン攻略は、やめとくよ。俺は酒場の主人として静かに暮らすんだ」
「それはそれで、叶うかどうか怪しいもんだ」
苦笑いの隊長から不吉なことを言われた。俺はこう見えてスローライフだけを夢見て生きてきた男だよ? 正直、異世界に来てまで働きたくないでござる。
「それじゃ、町に戻ってギルドへの申請だな。ついでに正規の入り口を発見できれば、さらに良いんだが」
「正規の入り口って、ハンマービークと会ったあたりか?」
「そうだろうとは思うが、藪が濃かったから探すのも大変そうだ。今回は、ざっと確認するだけで良い」
また十五分ほどかけて山を下ってゆくと、見覚えのある地形に行きついた。下草の周囲に血が飛び散った跡がある。来るときハンマービークの血抜きをした場所だ。そこに集っているのはファングラットの群れ。こっちでいうブッシュビータだ。数が多いと図太くなるのか、車の接近にも不機嫌そうな顔を向けただけで逃げようとしない。
「エルミ、悪いけど一匹だけ射殺してくれるか」
「わかったニャ」
ティカ隊長の依頼で、ネコ耳娘はステンガンを発射する。銃声を聞いて群れが逃げ去った後、隊長は毒持ちのネズミの死骸まで歩み寄った。ナイフで腹を裂き、指先を突っ込む。
「やっぱり、活性化した魔珠がある。あいつらもダンジョンの魔物だな」
そういって、取り出した魔珠をこちらに示す。サイズはピンポン玉くらい。ふつうのブッシュビータは魔珠など発見できないほど小さいか、せいぜい豆粒ほどなのだそうな。
周囲を軽く見渡すが、ダンジョンの入り口と思われるものは目に入らない。ダンジョン版ブッシュビータが逃げていった方向には、茂みと灌木が延々と連なっているだけだ。
「ダンジョン内の魔物というのは、ほとんど外には出てこないはずなんだが……」
「魔物が外に出ない理由は?」
「本来は、ダンジョンの外より内部が生きやすいからだよ。ここまでゾロゾロ出てくるってことは、現在このダンジョン内部の外在魔素が枯渇状態になっているか、外でマナが飽和状態になってるかだな」
嫌な予感がした。どっかで聞いたことのある情報だったからだ。
エーデルバーデンでヘイゼルから聞いた話だ。あそこのダンジョンから魔物が溢れた理由。“魔力渦”……たしか、“召喚魔法によるマナの局地的飽和”、だっけ。
「……ティカ隊長」
ヘイゼルが、いくぶん強張った声で尋ねる。
「わたしたちが来る前、この辺りで魔力雲と雷鳴がありませんでしたか」
【後書き】
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