ディグ・ダック
翌朝、サーベイさんは手に入れたばかりの馬車でサーエルバンへと出発していった。
アイルヘルン中西部とは聞いているけれども、国の全体像がわからんというかゲミュートリッヒ以外を知らん俺にはいまひとつピンと来ていない。山を超えて馬で三日、だっけ。道のりで言うと、百キロくらいか?
「もしかして、けっこう危ない旅なのか?」
見送りのとき、正門に詰めていたティカ隊長に尋ねてみたが返答はあっさりしたものだった。
「そうでもないな。道と天候は険しいが、危険な魔物はそう多くない。あの護衛三人で苦戦することはないだろう。山賊野盗が潜むには割りに合わんから、襲われる心配もほとんどない」
厳しいのは自然だけか。というか、あれな。逆にゲミュートリッヒとその周辺がハードモードなんじゃねえの?
「おーいミーチャ、見ろみろー♪」
ウキウキ顔のドワーフ組が俺たちに手を振って来た。昨日の今日で完全に操縦をマスターしたらしく、軍用バックホー・ローダーは気持ち悪いくらいにグリングリン動いてる。
「あんま無理すんなよー?」
「「大丈夫じゃーい!」」
「お前らじゃねえ、機械の方だよ!」
「「「うぇーい!」」」
のめり込むものを手に入れたドワーフってのは小学生男子的なテンションで、見てると不安しかねえ。
思わずチラッと見てしまったドワーフ女子のティカ隊長からは、“一緒にすんな”という視線を返されてしまった。
「あの妙な熱狂はともかくとして、だ。あいつらの仕事ぶりは大したもんだぞ? もう外堀は半分以上できてるし、外壁も基礎部分は今日明日に完成するそうだ」
「え」
言われてみれば、正門から視界に入る範囲の外壁は、すでに木柵から“壁”と呼んでいいくらいのものに変わっている。コンクリを注入する用の木枠……なんていうのか知らんけど、それが入っているから気付くのに時間が掛かった。さすがドワーフ、恐ろしいペースだな。
ヘイゼルとエルミを誘って町の外に出る。
外堀は深さと幅が四メートルくらいだろうか。想像してたより、ずっと大掛かりなものだ。土壁は固められて、コンクリを打つ用意がしてある。
中年ドワーフのコーエルさんが、ニコニコしながらやってきた。作業服にねじり鉢巻みたいな格好で、異様に似合ってる。
「ミーチャー、あの穴は溜め池か?」
西側を指す。昨日ヘイゼルが掘ってくれた、瓢箪型の穴だ。渇水のときの水源で、増水したときの水抜き用でもある。この辺りの治水がどうなってるか聞く前に動いちゃったけど、王国からの侵攻を防ぐ水堀を兼ねてるから無駄にはならない。
「ああ。そのうち湖から水を引こうかと思って。外堀の水は、どこから入れる予定?」
「湖だな。河川は、ここより少し低い」
外堀の掘削を終えたら、湖からの水路を掘ろうと計画しているらしい。ついでに溜め池とも繋げてくれるよう頼んでおいた。
「魚も来るかニャ?」
「来るな。一番近い湖じゃ銀鱒とか大口鯰、跳躍鰱がよく獲れるそうだ」
「トビタナゴ? って、飛ぶのニャ?」
羽ばたく仕草をしたエルミに、コーエルさんが笑いながら首を振る。
「跳ねるだけだよ。でも成長が早くて、大きいのは嬢ちゃんくらいになるから、水辺に近付くと危ないぞ」
エルミくらい……っていうと、百五十センチとか? タナゴが? 魚に詳しくないので、いまひとつイメージが浮かばない。俺の知っているタナゴは、用水路なんかにいる手のひらサイズの魚だ。
「あとは、湖にもいる沼海老っていうのが美味いらしいとは聞いたぞ」
コーエルさんは、指で大きさを示す。伝聞とはいえ事実だとしたら、伊勢海老サイズだ。
そんなもんがいるとしたら、その湖にいっぺん行ってみたいな。
「この辺りは変わった食べ物が多いのニャ」
「そうだな。エーデルバーデンは、魔物の他には獣と鳥しかいなかったからな」
交代の時間が来たらしく、コーエルさんは呼ばれて作業に戻っていった。
「ミーチャさん、エルミちゃん」
ヘイゼルが背を向けたまま俺たちに声を掛けて来た。そういや、さっきから会話に参加していなかったなと思って振り返る。
彼女の指す先では、大きな鳥が何羽も旋回してる。首と脚が細長く、翼も妙に広い。たぶん、最初に召喚された山中で見た、屍肉喰らいのような印象の鳥だ。
「レイジヴァルチャなのニャ」
俺の印象は間違っていなかったらしく、動物の雛や弱った生き物、死体を漁る鳥だそうな。逆に言えば、あれが旋回する下には死体か瀕死体の何かがいるわけだ。
そこは、目算でゲミュートリッヒの北側数キロの地点。いましがた話題に出た、湖があると聞いていたあたりだ。
【作者からのお願い】
タバコの件は個人的嗜好なので銘柄入れませんでした。あれが好きな人もいたようですから。
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