孤児院再生
パンの袋を抱えて集会所に向かった俺たちを、子供たちがわらわらと出迎えてくれた。
「「ミーチャ!」」
「「ぃーちゃー♪」」
年少組は言えてないけど、可愛いな。
「ミーチャ、ゴーンて、鳴ったの。聞いた?」
「みんな、ばーって、きて、ばーって、かえったの」
「おもしろかった。おじちゃん、くだもの、くれた」
「お姉さんが、お鍋のスープもくれたの」
非常事態の鐘が鳴って、住民たちが避難してきたという話だろう。差し入れをくれたのは、八百屋さんの親父さんと食堂のカミラさんかな。
昼ごはんはこれからのようなので、持ってきたパンを子供たちに渡す。
「これ、差し入れ。シスターんとこ持ってって。落とさないようにな」
「「うん、ありがと!」」
子供たちがシスターに渡して、ふたりからお礼を言われた。俺たちも昼食に誘われたが、あいにく食べたばかりで満腹だ。
差し入れしてくれたのは、やっぱり俺たちが食べたのと同じ魚ボールのスープだった。美味かったな、あれ。
「俺たちも、そこのお店で早めの昼を済ませました。皆さんでどうぞ」
「ありがとうございます」
少しだけ立ち話をして、パブを開こうと思っていると話す。意外なことに、シスターふたりから喜ばれた。酒好きかと思えばそうではなく、この町の住民から何度も聞いているのだそうな。
「皆さん口を揃えて言われます。ここは酒場さえあれば最高の町だ、って」
「ほう」
思わず漏れた俺の声を聞いて、ヘイゼルが満足そうに頷く。たしかに、これは商機かもしれん。せいぜい酒浸りになるひとが出たりしないようにしないとな。
帰りがけ、心なしか血色が良くなった初老のシスター・ルーエに尋ねる。
「足りないものとか、困ってることはないですか? ……まあ、ウチはすぐ前なんで、なんかあったらその都度お知らせしてもらえば良いんですが」
「いいえ。子どもたちも、わたしたちも、これまでにないほど満ち足りています。町の人は優しいですし、読み書きと算術を教えるお仕事ももらえました。そういう助け合いのできる環境が、とても嬉しいんです」
いま気付いたけど、子供たちの服が小奇麗になってる。たった一日で肌つやも血色も驚くほど良くなってるし、エーデルバーデンにいた頃より遥かに幸せそうだ。
俺の視線に気付いて、シスターが笑う。
集会所には、井戸から直接汲んで沸かすお風呂があるんだそうな。食材も豊富で売値も手頃、しかも美味しい。慣れれば素人でも栽培や狩猟採取が可能らしい。
「ここは、まるで天国です。エーデルバーデンでは、子供たちに我慢を強いることしかできませんでした。これからようやく、わたしたちが目指す本当の孤児院を、始められる気がするんです」
「みんなで、ここまでがんばって正解でしたね」
「はい。ミーチャさんたちとの出会いは天恵だったと、みんなで話してたんですよ。ミーチャさんたちには、感謝してもしきれません」
「え」
俺は、それほど貢献したつもりはしない。むしろ孤児院組を巻き込んでしまったという方が正しいのだけれども。
とはいえ結果オーライ。感謝を否定するのもなんなので、お構いなくと軽く流す。
「あ、ミーチャ……」
エルミが手を振りながら、ヒョコヒョコと近付いてくる。
歩き方がおかしいのは、両手と背中に大小三人のチビッ子を抱きかかえているからだ。弾倉を抜いたステンガンを片手に持って、器用にバランスを保っている。
「えらく懐かれてるな」
「ウチを守ってやるって、子供たちが張り切って大変だったのニャ」
ああ、それはエーデルバーデンの頃のエルミを知ってるからか。獣人にしては戦闘能力が低かったとは聞いてる。その代わりに稀少な治癒魔導師としての適性が高いんだから、弱点を補って余りあると思うんだが。まあ、それはそれだ。
「おれ、エルミ、まもった!」
「あたしも!」
「ぼくも!」
よくやったと子供らを褒めて、お礼にたくさんパンを持ってきたと教えてやる。
「「「わーい、ありがとー♪」」」
ようやく解放されて、エルミはホッとした顔になる。子供好きではあるんだろうけど、それにも限度というものはある。非常時にまとわりつかれては困っただろう。
シスターや子供たちに挨拶して、俺たちはいっぺん自分の店に戻ることにした。
「エルミ、集会所の方にトラブルはなかったか?」
「大丈夫ニャ。いざというときのためにエルフの女の子が屋根に上がってくれてたニャ」
リー・エンフィールド小銃装備の女性銃手が二名だ。歩兵や騎兵の十や二十は楽に仕留められる。エルミもステン短機関銃を持っているので、重装騎兵でも突っ込んでこない限り危険はない。
とは思うが、念のためだ。
「ブッシュビータ……あのファングラットが何匹か迷い込んだくらいニャ」
「それは、撃ったのか?」
「集会所に避難してきてた町のお婆ちゃんたちが、エルフより先に仕留めたのニャ。石を投げて」
町の周囲に立てられた木柵の隙間から入ってきたらしいが、集会所の建物からは最短で二十メートル近くある。
そんなのを婆ちゃんが視認するのもすごいが、石で一撃というのも驚かされる。
「ゲミュートリッヒの住民は、強者揃いだな」
俺たちがいなくても無事に暮らしてこれたのだから、それはそうだろうな。
ひとは優しいし飯も美味い。これで酒場でもあれば最高の町、というならそれを提供するのも良いかもしれない。ヒゲでも生やして“マスター”とか呼ばれる感じになろうかな。それは喫茶店か。
なんとなく、ここでの暮らしが楽しみになってきた。
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