王国軍襲来
「……わかった。わかったが、どうするつもりだ。魔物相手には、あのデカい箱車で突破できたかもしれんが今度の相手は兵士だぞ? それも、王国の遠征軍ともなれば戦慣れした精鋭だ」
「ああ、ティカは見てないんでしたナ」
のんびりした声に振り返ると、小太り商人のサーベイ氏が福々しい笑みを浮かべて立っていた。
「見てない? なにを?」
「ミーチャ殿たちの持つ武器ですヨ。十数体のゴブリンを一瞬で殲滅してしまいましたネ。エルミ殿に聞いた話によれば、ドラゴノボアさえ一撃で屠るそうですヨ?」
「……なんだ、それ」
ティカ隊長は、怪訝な顔で俺を見る。真偽を尋ねている様なので、頷きを返すと呆れられた。
「アンタたち、あのデカいので無理やり突破してきたんじゃないのか」
「そこは正しいけど、攻撃力もある。ヘイゼルのとっておきなんて、装甲馬車の外殻も抜くぞ」
「……あ⁉︎」
「いくら穴を開けても御者に当たりませんでしたから、あまり意味はなかったんですが……」
「お、おい!」
自嘲気味なヘイゼルのコメントに、ティカ隊長の部下らしい衛兵が強張った声を上げた。クマ獣人の彼はティカ隊長の視線に気付き、慌てて報告する。
「それ、斥候から報告があったっす。向かってくる奴らのずーっと後方に、なんでか穴だらけの装甲馬車がいるって」
「……マジかよ、オイ。鍛造鋼板を貫く武器なんて、聞いたこともねえぞ?」
「信じられないなら、一緒に来るか?」
「お、おう。良いのか?」
ティカ隊長は戸惑いながらも興味津々で――建前上は、衛兵隊長としての責任感から――同行することになった。
部下の衛兵ふたりに頼んで、顔見知りの冒険者たちを正門前に呼んでもらう。必要なのはエルフの男性射手四人と、ドワーフのマドフさんとコーエルさん。サラセンの側面銃眼と、前後の機関銃座要員だ。
「ヘイゼル、エルフに小銃は渡したままだっけ?」
「嵩張るので、町に入ったとき回収しています。整備は済んでますから、いつでも渡せますよ」
「頼む。エルフの四名は、左右の敵に対処してもらおう。ドワーフ組は前後の銃座だ」
「了解」
ガンポートは六箇所あるけど、たぶん六人が小銃装備だと車内で身動きが取れない。町にも長射程の火力支援が欲しいので、女性陣二名には残ってもらう。
サラセン装輪装甲車を門の前に出し、後部ハッチを開けて冒険者組を搭乗させる。ティカ隊長が物見櫓に合図を送ると、非常事態を知らせる鐘が鳴り始めた。
「ティカ隊長、町の住民の避難にどのくらい掛かる?」
「だいたい四十数えるくらいで、非戦闘員は集会所に集まる」
「……おお、エラい早えぇな。日頃から訓練しているのか」
「もちろんだ。あの鐘を鳴らしてから、早くて二十。どんなに遅くても六十数えるくらいで済む。五十五人で、相互連絡と点呼も済ませる」
「ん? それじゃ残る百前後は?」
「非常時には戦闘員として動く。こちらも訓練は済んでいるぞ。さすがに騎兵が相手では厳しいが、歩兵なら仕留められる。配置も決まってるし、防衛戦用の手槍と小楯、短弓も区画ごとに配布してある」
すげえな。それは……あれか。たしか、“クリュンパーシステム”だっけ。
平時は指揮官と下士官を厚めにしておいて、有事には非常呼集した兵卒で兵力を満たす方式。自衛隊なんかも、そんなだったな。
「ミーチャ、出入りか!」
「おう、爺ちゃんは後部銃座のブレンガンをお願い。コーエルさんはブレンの弾薬補給を。エルフのみんなは側面から小銃で攻撃を頼む」
「「「わかった」」」
前部銃座のヴィッカースは、いまのところ扱い慣れてるヘイゼルに担当してもらう。前方をヴィッカース、後方をブレンガンだ。
エルミと女性エルフのふたりにも銃と弾薬を渡して、集会所の防衛を頼んだ。
隠密行動が得意な獣人冒険者の九名には、町の外周に沿って接近する敵を撃退してもらう。
「悪いけど、町の守りは頼む。サラセンの射界に入るから、町の正門から南側には出ないでくれ」
「「「わかった」」」
ティカ隊長が戦鎚を片手に乗り込んでくる。小柄なので邪魔にはならないけど、周囲の人員配置と動線を的確に察して、自分から運転席横にちんまりと収まった。
「ではミーチャ、頼む」
「了解、後部ハッチ閉めて。出るぞ」
俺たちが車を出した後で、町の正門は閉められ防衛体制に入る。
出発直前に入った斥候からの報告によれば、敵は魔物の群れを蹴散らしながら十七キロ強のところまで来ているらしい。
「ヘイゼル、ヴィッカースの射程は?」
「約八百メートルですね。リー・エンフィールドは一割ほど長く、ブレンガンは一割ほど短いです」
町から二キロほど離れたところにあるカーブを抜けたところで停車。まだ敵影は見えないが、この先は五、六百メートルくらいの見通しが利く。
「……なあ、ヘイゼル」
運転席の横に収まったティカ隊長が、前部銃座を見上げて首を傾げる。
「四十だか五十だかいう敵が向かって来るってのに、なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「あら、隊長も笑いが隠しきれてませんよ?」
「バカ言え。あたしは、そんな野蛮人なんかじゃないぞ。誰ひとり傷付かずに撃退できればそれで良い」
「その点は、間違いなく保証いたしますよ。誰も傷付けたりませんし……」
顔の見えないヘイゼルは、明るく歌う様に続けた。
「……誰も、生かしては帰しません」




