ウォームなドライガール
店は窓が塞がれていてなかが見えない。看板が掲げられているが現地語らしく俺には読めん。
乾き物って、まさかサキイカとか柿の種を売ってるわきゃねえわな。
「こちらの共用語で“ワーフリのドライグッズ”と書いてありますね。かつてエーデルバーデンでも何軒かあって、けっこう繁盛してたんですよ」
「ウチがいたエーデルバーデンで、見たことはなかったのニャ」
「あら、残念です」
「ヘイゼル、それって何の店だったの?」
「英語で“ドライグッズ”は、イギリス語圏では保存用穀物を指しますね。放逐された無粋な大陸人たちは衣類を指すようですが……」
「そこで無関係のアメリカをサラッとディスるなよ」
「さあ、この新世界ではどちらが影響力を持っているか見てみましょう!」
ヘイゼルはドアを開けて、意気揚々と入ってゆく。
「な?」
硬直するヘイゼルの前で、ニコニコ愛想の良い店員さんが不思議そうに首を傾げている。
いきなり入ってきたメイドが固まったらリアクションに困るのがふつうだろうが、穏やかそうなクマ獣人の女性は笑顔のまま動じた様子はない。
「なにかお探しですか〜?」
「お騒がせしてすみません。彼女の故郷にある店に雰囲気が似てたんで、なかを見せてもらおうと思って。あなたが、ワーフリさん?」
「はい。ミーチャさんと、ヘイゼルさん、エルミさんですね〜?」
おう、もう名前を知られているのか。ティカたちから伝えられたか住民同士での情報共有がされてるんだろう。百人強のコミュニティで商売をしているなら、そのくらいは当然なのかも。
俺たちはワーフリさんに自己紹介して、近くに住むことになったことも話しておく。彼女によると、俺たちが住むことになった建物は、やはり元飲食店だったようだ。
「ここは、なにを扱ってるんですか?」
「生鮮食料品以外の雑貨ですね〜。服や備蓄用食材、洗剤や化粧品などです〜」
「……負けました」
ヘイゼルは、こちらを振り返って首を振る。
ちょっとだけ悔しそうだけど、べつに英米の勢力争いの結果じゃないだろうよ。あとそのフレーズどうかと思うぞ?
「みなさんは、食堂でも始められるんですか〜?」
「それが、まだ決めてないんですよ。ここに定住するなら地域に合わせた商売がしてみたいな、と思っただけで」
「ミーチャはモニャーッとしか考えてなかったのに、ヘイゼルちゃんがテキパキ進めて実現が先になったのニャ」
そうな。妄想を追い越す現実。ヘイゼルがすげえのもあるし、俺が考えなしなのもある。
ワーフリさんは俺たち三人の位置関係と力関係を把握したらしく、ニコニコ笑いながら頷いている。獣人女性の年齢はわからないけど、人間でいうと二十代半ばくらいのイメージ。
接していてホッとするような穏やかさと柔らかさがある。
「ともあれ、こちらのお店はご近所さんなのですから、今後の参考にさせていただきましょう」
ヘイゼルは早くも立ち直ってお店のなかを見せてもらっていた。
商品のラインナップとか値段設定とか売れ筋とか仕入れの状況とか。当初の目的だった日常着や部屋着なども多めに購入して、その間に話を聞く。
「なるほど。ゲミュートリッヒだけで調達可能なのは、生鮮食品くらいか……」
「ええ。ここも他の店も、商品の多くは流れの行商さんか、サーベイさんの巡回に頼ってますね」
外周部での農業と、北にある湖での漁業、森での猟と簡単な林業はあるらしい。
ただ、採取と生産までで、加工と価値付加がほとんどないというわけだ。
色々と情報をもらったお礼をして、会計をお願いする。
「ワーフリさん、こちらで王国通貨は使えますかね?」
「使えますが、商店でアイルヘルンの通貨と交換もできますよ〜? 王国通貨の下落が激しいので、早めの交換がオススメです〜」
俺とヘイゼルが視線を合わせて頷く。やっぱり、隣国にも警戒されるレベルなんだな。
「比率が段階的に落ちてるけど、現時点でのレートでの交換になる?」
「はい。商店では、そうなりますね。商店通りの南端にあるドワーフの鍛冶屋さんに頼めば、地金の目方で鑑定もできますよ〜?」
小さな町なのに、けっこうきめ細かい対応ができるようだ。ヘイゼルも感心した顔で聞いている。
ワーフリさんによれば、冒険者ギルドも商業ギルドもないため町全体で利益と役割を分担・融通し合う流れになっているのだとか。
そんなところに俺たち新入りが参入するなら、食い合わずWin-Winになれる商売じゃなきゃ意味がない。
「ご近所さんとしてアドバイスいただければと思うんですが……例えば、いまこの町に求められてる、最も必要な店って、なんですかね?」
しばらく頭をひねってあれこれ考えていたワーフリさんは、ひとつの結論に至った。
「酒場、だと思います」
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