ゲミュートリッヒ
道を進んだ遥か左方向に、低い塔のようなものは見える。それが物見櫓というなら、そうなんだろう。
「ずいぶん迂回させられたな……ヘイゼル、あれ距離どのくらい?」
「一・六キロほどでしょうか」
こんなデカくてゴッツい車輌が三台も連なって突進してきたら、町のひとたちが驚くだろう。
エルミに頼んで、後続のモーリス二台にも速度を少し落としてもらうか。
「おお、ティカだ。なんか言ってるみたいだな」
屋根に乗っていたサーベイ氏の護衛たちが、あれこれ話しているのが聞こえてきた。
俺は気になって彼らに尋ねる。
「言ってるって、声?」
「さすがに、この距離を音で伝えるのは無理だね。この辺りの戦闘職には、身振りで伝える符丁があるんだよ」
「それを伝えてきている?」
「ああ、そうだよ。ティカっていう、ゲミュートリッヒの衛兵隊長だ」
すげえな、俺にはマッチ棒くらいにしか見えない物見櫓の人影を、お互いに視認できてるのか。
しばらくして、護衛の男性が笑い出した。
「“なんだそれ!”ってさ。ミーチャさんの乗り物を気にしてる。ティカの奴、ドワーフだけあって新しいものに目がないからな」
それは、わからんでもない。
マドフ爺ちゃんたちを見てても、新しいものやら珍しいものへの食い付きが他種族とは大違いだった。
なんにしろ、向こうはこちらを視認していて、屋根に乗ってるのが護衛のひとたちだとわかってるようだ。その衛兵隊長も警戒している様子はなさそうなので、大事はなかろうとそのままの速度で進む。
走ること数分で、木柵に囲われたゲミュートリッヒの町が見え始めた。
外観の印象は、西部劇に出てくるような砦だ。見渡せるわけでもないので、広さはわからない。柵はエーデルバーデンよりも高く、しっかりしている。
「おおおーう、すっげーな!」
開かれたままになっていた町の門から、小柄な女の子が飛び出してきた。背中に背負っているのは、背丈ほどもある戦鎚だ。
俺はサラセンを停車させて、はしゃぎ回る女の子を見る。
「なんだこれ! でっけぇ……!」
彼女は装甲車の観察に夢中で、こちらはまったく目に入っていないようだ。
俺は運転席の前にある開口部から出ると、ボンネットに立ってサーベイ氏が出られるよう手を貸す。
そこでようやくこちらを見て、女の子はニッと無邪気に笑った。
「おお、サーベイの旦那! こんなに早く戻ってきたってことは、こいつは戦利品か?」
「冗談が過ぎるヨ、ティカ。わたしたちは、ゴブリンの大群に襲われてるところを、こちらのミーチャさんに助けられたんだヨ」
ティカと呼ばれた少女は、見た目も声もかなり若い。ドワーフの実年齢は知らないが、ヘイゼルやエルミたちと同じような年齢だろう。
まさか、物見櫓にいたという衛兵隊長はこんなに若いのか。
「へえ……こんな化け物を操れるんなら、ゴブリンどころかドラゴンだって仕留められそうだ」
「あ、そこ触ったら……!」
「あちッ」
サラセンの鼻先に触れて、彼女は慌てて手を引っ込めた。
「大丈夫か? 触ったら危ない、って言おうとしたんだけどな」
俺はボンネットから降りて衛兵隊長の前に立つ。
火傷が酷いようならエルミに治癒魔法でも頼もうと思ったが、彼女は指を振って笑い飛ばした。
「なに、好奇心に負けたあたしが悪い。これは、あれだな。かつてエーデルバーデンにあったっていう、遺物の仲間だな?」
なんのこっちゃわからんが、たぶんそれだ。昔の話は、俺よりヘイゼルに聞いてくれ。
「サーベイの旦那を、助けてくれてありがとな。あのひとは、この町にとっちゃ大事な取引相手でさ。礼と言っちゃなんだけど、あたしたちに出来ることがあれば手を貸すよ」
「ああ、早速だけど頼みがある。乗っているのは、ゲミュートリッヒへの移住希望者なんだ。受け入れてもらうことは可能かな?」
「ああ、構わないよ。何人いるんだ?」
「エーデルバーデンの出身者が三十と六名。俺と、そこの黒い服の彼女は辺境からの流れ者だ」
「どこの誰かは、どうでもいい。どんな種族だろうと、どこの出だろうと関係ない」
この軍曹ぽい衛兵隊長さん、もしかして“すべて平等に価値がない!”的なジャブを放ってくるのかしらん。
「良い奴だったら認めてやるし、悪さをしたら、ぶっ飛ばす」
「……案外ふつうだった」
「ん?」
「いや、何でもない。エーデルバーデンでは嫌な思いばかりしたから、まともに扱われて驚いてる」
俺の素直なコメントに、衛兵隊長はニカッと笑う。
「あんな下らん町のことは忘れちまえ。あの町は、ゲミュートリッヒが残したクソだ」
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