バイト・ミー!
坂を下るところで道は緩やかに右に折れてゆく。数百メートル先で大きく切り返して今度は左へ。
「なにこれ」
「馬車でこの傾斜は真っ直ぐ下れませんから、その対処かと」
なるほど。馬車には乗ったことないから知らんが、そんなもんなのか。
なんにせよヘイゼルの言葉通り、移動距離がいきなり数倍になった。
「ショートカットできないもんかな……」
「可能ではありますが、時間短縮という意味ではあまり効果ありません。路肩は脆いですから、運転を誤った場合かなりの危険が伴います」
そうな。特にサラセンは十トン越えの車輌だから、なんかあったときにはダメージもデカい。
おとなしく道に沿って速度を維持しよう。
「ミーチャ、爺ちゃんたちが何か見付けたみたいニャ」
後部銃座のエルミが、こちらに声を掛けてくる。
いま先頭の緑モーリスは、ふたつくらい先の折り返したところだ。こちらと進路が並行した状態なので、彼女の目に留まったのだろう。見るとたしかに、銃座のオクルが何か伝えようと手を振っている。
「“ドラゴノボアの巣がある”……って、言ってるニャ」
「ドラゴノボア? ドラゴン的な、イノシシ?」
無論どんな生き物かは知らんが、あからさまに危なそうな名前だな。
「炎属性の魔珠を持った猪ニャ。怒ると燃えながら突っ込んでくるから危ないのニャ」
「いや、危ないどころじゃないよね、それ⁉︎」
「装甲のあるサラセンが前に出た方がいいかもしれませんね」
エルミに頼んで、こちらを待つように身振りで伝えると、一号車二号車とも直線部分で停止して俺たちを通過させられるよう路肩に寄ってくれた。
傾斜の先は急勾配になっているので擦れ違いは少しだけ気を遣ったが、なんとか先頭に立つ。
「オクル、場所はわかるか?」
「突き当たりの、左奥! 茂みになった、少し煙が出てるとこー!」
「いますね。大型の魔物と……子連れのようです」
たしかに、細くて青白い煙が立ち昇っている……ってことは、もう完全に怒ってんじゃん。
子持ちの獣は気が立ってるっていうからな。刺激せずに通過したいところだけど、ダメそうだ。
「なあエルミ、ドラゴノボアって食える?」
「肉は苦いし、毒があるのニャ。魔珠も怒った状態だと、くすんじゃって買い叩かれるニャ」
いろんな意味でダメですな。
「出てきたら射殺かな。ヘイゼル、ヴィッカースでいけるか?」
「生身の生き物なら、.303ブリティッシュ弾で問題ありません」
サラセンを少し前進させると、待ちかねたとばかりに茂みから巨体が飛び出してきた。
低く構えて咆哮を上げたドラゴノボアは体高一メートル半ほど。長い牙を生やした口の端から炎を吹き、赤みがかった毛を逆立てる姿はたしかにドラゴンのようだ。
装甲車のなかじゃなかったらチビってたわ。
「脅威排除」
「早えぇなオイ」
ほんの一連射でドラゴンなイノシシは射殺されてしまった。横倒しになって燃えながら痙攣する様は恐ろしい上に仔猪が駆け寄るのを見ると哀れを誘うけれども。すまん、他に選択肢はなかった。
「このまま先行する。少し距離あけるよう後ろに伝えてくれ」
「わかったニャ」
いくつか切り返して坂を下り、平地に出る。道の両側は低木と茂みになっていて、近付くサラセンの地響きとエンジン音に、鳥や生き物が逃げていくのが見えた。
魔物や肉食獣が隠れる場所には困らなさそう。行く先には何箇所か、四、五メートルの高木が枝を伸ばし藪が道まで張り出した場所もある。これ、生身の身体で移動するのは難しそうだ。
「たしかに、これは装甲馬車が要りますね」
同じことを考えたらしいヘイゼルが苦笑交じりにいう。
「左手にいくつか、細い煙が見えます。あれもドラゴノボアでしょうか」
「わからん。全部を殺さなくてもいいよ、排除できれば」
「了解です」
平地に出てから、道はわりあい直線的になった。視界を遮るものはあるし魔物らしい生き物の姿も見えるが、装甲車であれば恐れるほどのことはない。
数キロ進むうちに、道が右手に逸れていってるのに気付いた。角度の差はそれほどでもないが、少しずつ着実に目的地のゲミュートリッヒからは遠ざかってゆく。
「あれ、これ道間違ったわけじゃないよね?」
「はい。一本道ですから」
「直線距離の何倍か迂回させられるって話か。まあ、速度を上げればどうにかなる」
「そう、思いたいですが……どうでしょうか」
ヘイゼルが少しだけ緊張した声を上げる。道の先で、いくつか煙が上がっていた。怒ったドラゴノボアの群れでもいるのかと思ったけど、どうやらそんな感じでもなさそう。煙の色が不完全燃焼してるような黒くて燻った感じ。
サラセンを停車させると、悲鳴と叫び声と金属音が聞こえてきた。
「戦闘音、ですね」
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