追撃と伏撃
目的地ゲミュートリッヒまで約百キロ。走り続けられれば、時速三十キロ強で三時間てとこだ。
「百キロ出せれば一時間なんだけどな」
「言いたいことはわかります。サラセンもモーリスも、フラットな路面でのトップスピードでも、そんなに出ませんね」
「せいぜい止まらず走り続けられることを祈ろう」
オリーブドラブのモーリスC8が先行して、サンドベージュの二号車が追随している。ペースは安定しているようだけれども、速度は時速四十キロ前後だ。東に向かう道は獣道に毛が生えた程度で道幅も三メートルちょっとしかない。起伏もあり視界も悪く細かくうねって平坦でもない。
「エルミちゃん、追撃はありますか?」
「まだ見えてないのニャ」
こちらを追ったところで彼らにメリットはないと思うんだが、おとなしく諦めてくんないかな。
無理だろな。討伐部隊ってことは、そもそもが利益より面子の問題だ。
「お?」
横から飛び出してきた何かが、モーリス二号車に吹っ飛ばされた。クルクル回って横の藪に突っ込んだようだが、何なのかは不明。当然ながら三台とも止まりはしない。前部銃座のヘイゼルが反応しなかったということは、敵ではないのだろう。
「ホーンラビットみたいですね。群れがいるか、巣が近いんでしょう」
「ホーンって、ツノでも……あッ」
たぶん、いまサラセンの前に飛び出してきた茶色っぽい塊がそれだ。
ウサギなのかどうかも見えんかったが、サイズは中型犬くらい。ハンドルもブレーキも間に合わず、止まる気もないので踏み潰す。十トン越えの車体では振動もろくに伝わってこない。
「この先、しばらく左右が森になります。エルミちゃん、左側の警戒をお願いできますか」
「任せるニャ!」
先行する二台が視界を塞いでいるので、前で何かあってもこちらの反応は遅れる。いざというときの急停車に備えて車間は十メートルほど取っておく。
「エルミちゃん!」
「わかってるニャ!」
道が森を抜ける直前、銃座のふたりが気合を入れる。ただひとり状況がわからない俺はおとなしく運転を続けるしかない。
前を行くモーリスの銃座から散発的な射撃が始まった。二台とも速度を上げて、脱出を優先している。賢明な判断だ。敵が何なのか知らんけど……少しでも知恵がある相手なら最後尾から来る最も大きな車輌に狙いが集中するだろう。
「ミーチャさん、速度そのまま!」
「了解」
前部銃座のヴィッカース重機関銃が掃射を始めた。茂みや木々の間にバラ撒かれた銃弾が何に当たったのか俺には見えん。
一拍おいて、後部銃座のブレンガンも射撃を開始した。あちらは短く点射しながら着実に仕留める方針のようだ。銃の――というより装弾形式の――違いか、左右の敵配置の違いか、ふたりの性格の差なのかは不明。
「待ち伏せ?」
「はい。王国軍ではなくゴブリンですが。かなり大きな群れのようですね」
薄暗くて遮蔽だらけで、運転中の俺には視認できない。
「轢き殺すから放っておいても良かったのに」
「道を塞ぐために丸太を落とそうとしてました」
「え、ゴブリンって、そんなに賢いの?」
「上位種が混じっていたんでしょう。行動が組織的です」
左手に曲がった道のブラインド側、傾斜の上の方に倒木みたいのが横倒しになってるのは見えた。あれが転がり落ちたら厄介なことになっていただろう。雑に連射したように誤解してた。すまんヘイゼル。
「良いですね、あれ。使わせてもらいましょう」
ヘイゼルが倒木の周辺に銃弾を撃ち込むと、留め金的な機能のものが外れたらしい。次々に斜面を転がり落ちて、サラセンの後方で道を塞いだ。
「どこまで追っ手を足止めできるかどうかはわかりませんが、嫌がらせ程度にはなります」
「ヘイゼルちゃん!」
後部銃座のエルミが声を掛けてくる。緊張しているというほどではないが、何かあったのだろうとは察せられる声だ。たぶん彼女の足元、後部座席で震えている孤児院組を怖がらせないようにしているんだ。
「魔導師三、騎兵七と、その後ろに……装甲馬車が一輌」
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