硝煙の果て
銃座から車内に飛び込んできたヘイゼルが慌てて俺の椅子を叩く。
「ミーチャさん、直撃の軌道です! 全速後退!」
ゴリゴリのシフトレバーをリバースに叩き込み、俺はクラッチを繋ぐと同時にアクセルを床まで踏み込む。
“魔導爆裂球”とやらが装甲車にダメージを与えられるほどなのかは不明だが、ヘイゼルの緊迫した声から察するに、そこそこ威力は把握しているのだろう。
「これ後ろはほとんど見えねえぞ! 踏んだり轢いたりしたら……」
「こっちが困るようなものはないです!」
ああ、うん。そうね。それはそうだけどね。
グーグー唸るような雄叫びを上げてサラセンは揺れながら後退し始める。後ろに何があったかは覚えてない。薄汚れてブレブレのバックミラーには、遠くの木や町並みらしきものしか見えない。
「発射台の投石機は三基! 三発目が着弾したら反撃します! 正門まで前進してください!」
「わかった、けど……タイミングが」
「着弾、正面! 続いて右と左!」
目の前で地面が掘り返され、土と草木が巻き上げられる。轟音も上がっているが、いまはそれどころの話ではない。車体前方で初弾が炸裂し、右に次弾が降ってくる。時間差の連投で左にケツを向けさせて、そっちに落とす三段構えのようだ。右に方向修正したところで、車体の左側に爆煙が上がる。
バチバチと車体を叩く金属片の勢いは装甲を破るほどではないが、発光している妙な効果が榴弾の威力を嵩上げしているように思える。
「いまです、前進!」
「んぎぎぎぃ……ッ!」
硬いブレーキを踏んでギアを一速に入れ、フラフープみたいなハンドルを無理くり回しながらアクセルを踏み込む。六輪が駆動しているだけにグリップはしっかり感じるのだけれども。如何せん車体が重過ぎてレスポンスは鈍重だ。
「敷地内に入れば榴弾は使えません! 擲弾程度なら装甲で止められます!」
盾持ちと大剣持ちが正面に姿を現す。装備に青白い光がチカチカしているのは、魔法的な効果でも付与されているのか。さっきのなんとか球も、それだな。
ヘイゼルは銃座に上がって叫ぶ。
「そのまま、突っ込んでください!」
屋根のヴィッカース重機関銃が盾持ちに集中砲火を浴びせる。しばらく火花が散って耐えているような感じだったけれども、接近とともに着弾が激しくなり盾を貫通されたのか崩れ落ちて動かなくなる。横っ飛びで盾の防御範囲から外れた大剣持ちが剣を水平に構えた低い姿勢でこちらに突進してくる。
「おおおおおおおぉッ!」
ヘイゼルの銃弾を左右に避けながら十数メートルを一瞬で詰め、凄まじい気合とともに斬り掛かってきた。
「ミーチャさん、ハンドルそのまま! 加速してください!」
避けようとした俺はヘイゼルの声でハンドルを止めた。青白い剣尖がフルスイングの軌道で閃くが、加速でタイミングがズレたのか撥ね飛ばされて転がる。剣は弾かれて吹っ飛んだけれども、男はまだ闘志を捨ててはいない。
空中で剣をキャッチした男はひとっ飛びでサラセンの鼻先を蹴り、ヘイゼルに向かって斬り上げの一閃を喰らわす。
「ヘイゼル!」
ヴィッカースの連射をまともに喰らった男の身体が、ボンネットに転がって血飛沫を撒き散らす。まだ剣を握ってはいるけれども、その頭は原形を留めていない。地面の凸凹で跳ねた車体に弾き上げられ、人形のような肉体は車体の下に転がり込む。
「げ」
硬いものを潰したような感触がハンドルとシートに伝わってきた。十トン以上はあるはずの装輪装甲車に轢かれた人体がどうなるかなど見るまでもない。仮に魔法の守りがあったにしても、頭を吹き飛ばされていては結果など同じだろう。
「そのまま、正門からなかへ!」
鉄の扉は開いたままだ。鼻先で隙間をこじ開けて、俺はサラセンを敷地内に進入させる。
「魔導師、弓持ち、双剣使い、盾持ちに大剣持ちで冒険者五名は制圧、残るは衛兵ですが……」
敷地内に見える敵はいない。建物に篭ったか。三基並んでる傾いたシーソーみたいのがカタパルトなんだろうけど、そこも弾頭やら何やら放り出されたままだ。
「掃討します。少し前へ」
ヘイゼルが正面の扉を、あっさりとヴィッカースで打ち砕く。
「おい、ここ使うんじゃなかったのか」
「金目のものだけ回収して、みんなで逃げましょう。どのみちエーデルバーデンは陥落します。救う意味があると思われるのでしたら、籠城戦も可能ですが」
なんか話が変わってるな。目的地も目的もない俺には、別にどうでもいい話だけれども。
「自分の知ってるエーデルバーデンは、ここじゃないって言ったな」
「はい」
「当然、場所を間違ってたって意味じゃないよな?」
「はい、もちろん。自分たちが作り上げた町を、見間違えたりはしません。間違っていたのは、あの頃の住民たちの子孫が暮らしていると思っていたことです」
衛兵たちが窓辺に隠れながら矢を放っては、ヘイゼルの銃弾に倒される。その数が七つを数えた頃、彼女はふわりとスカートを翻してボンネットに立った。
「終わりのようです。ミーチャさん、お手数ですが少しお付き合いいただけますか」
ツインテールの銀髪メイドは、おどけた顔で悲しそうに笑う。
「夢想家のドイツ人が遺した夢の欠片を、回収させてください」




