ドロップ・ザ・ボディ
クリルは、野盗村の小僧イークルを殺さないことにした。その判断については、特に良いでも悪いでもない。マチルダとエルミも異は唱えない。……が。
「なに、するの?」
イークルの首根っこを引っ掴んでどこかへと連れていくマチルダの背に、クリルが不安と恐怖を綯い交ぜにした顔で問う。
「こイつには、野盗と兵隊の死体ヲ、全て片付ケさせル。その後でナら、生かスも殺スも好きにシても構わン」
野盗に殺された有翼族の遺体は村の墓所に埋葬したけれども、賊の死体は放置されたままだ。それが腐れば病原菌をバラ撒くことは、誰もが経験から知っていた。
上背もあり筋肉も多く体重の重い人間の兵士など、空を飛ぶために小柄で軽い有翼族には運べない。そもそもが翼と引き換えに物を運ぶための手腕を持たないのだから問題外だ。
「死骸ハ、全部ここマで運ベ」
マチルダが見つけたのは、膝下ほどの流水が流れる細い溝だ。小高い丘になっている有翼族の村から、嵐で降り注いだ雨水が四百メートルほど下の河まで流れ落ちている。死体を押し流すほどの水流があるのは嵐が過ぎ去るまでだけだろうが、今夜のうちに行えば問題ない。
「途中で力尽きレば、お前も落とスだけのことダ」
マチルダが平坦な声で告げると、イークルは必死になって死体を運び始めた。子供の身体には苦行ではあるが、文句も言わずに黙々とこなしてゆく。
野盗の死体が十七に、兵士崩れが七体。少しくらい軽くしてやろうと重たい武器や甲冑などは外し、ついでに懐の革袋なども奪う。被害を受けた有翼族の賠償代わりにしようと思ったのだが。
「中身は、ほとんど入ってないニャ」
「まあ、盗賊になルくらイの連中だからナ」
その間にもイークルは、死体をズルズルと引きずっていっては溝に落とす。わずかに雨風が弱まってきているのを見て、見かねたマチルダとエルミも手を貸し始める。
「わたしたちも」
「この、むらの、ことだもの」
クリルが声を掛けて、有翼族の女性たちも加わった。ひとりでは動かせない重さでも、縄を掛けて何人かで引きずることでなんとかするのが有翼族なりの荷運び方法らしい。
全員で力を合わせて、すべての死体を河まで落としたときには空が明るくなり始めていた。雨風も止んで、暗雲も消えている。
そろそろ飛べそうだと身支度し始めたマチルダが、エルミの視線を追って振り返った。有翼族の集団から離れたところで、イークルが力尽きたようにうずくまっている。死んだ魚のような目で、なんの表情もない。
「お前ハ、これからドうすルつもりダ?」
「……むらに、もどる」
ボソボソと言うには、盗賊村の大人は兵士に殺され、残りはこの村で死んだ。いまでも生きているのはイークルと、イークルより幼い子供がふたり。
「あいつら、くわせる。……できるの、おれだけ、だし」
エルミが黙ったままイークルを見ている。顔は見えないが、考えていることなど丸わかりだった。
気持ちとしては助けたいけど、助けるべきではない。イークルは有翼族の村を襲った連中の生き残りだ。救いを求めるクリルに手を貸したのとは違う。だけど自分がなにか言えば――いや、反応を見せるだけで――マチルダが察して動いてしまうから、なにも言わず動かず我慢していよう、というところか。
マチルダは自分の携行袋のなかから金貨を一枚出して、クリルに渡した。
「これは?」
「襲ってきタ連中が持ってイた小銭を合わせルと、そのくらいダ。汚ならしイ銅貨や大銅貨バかりダったから、こっちの方がいいダろう」
代わりに、エルミとふたりで集めておいた革袋をひとつにまとめてイークルに放った。
「そレを持っテ、さっさと失せロ」
「……え、……なんで」
驚くイークルと、それ以上に驚いているエルミに苦笑しながら、マチルダは背を向ける。
「有翼族が好きナのは、キラキラ光ルお宝ダ。そんナ薄汚レた臭イものは要らン」
ふたりに頭を下げると、イークルは有翼族の村から出て行く。歩き去る背中を見ているエルミに、マチルダが声を掛けてきた。
「こレで、用は済んダ。そろそろ帰ルぞ、エルミ」
「はいニャ!」
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