豪雨と雷鳴
食事を済ませると、マチルダとエルミは有翼族の遺体を村の墓所まで運んだ。農具に似た道具で獣が掘り返さない程度の穴を掘り、二十七名の遺体を埋葬する。自分たちでは何日もかかったと、女性たちは口々に感謝を伝えてくる。
「それじゃ、ウチらはそろそろ……ニャ?」
気付けば陽は傾き、暴風が吹き荒れ始めていた。空いっぱいに広がった真っ黒な雲が、すごい速さで流れてゆく。
「さスがに、あレでは飛べんナ」
「雲の上まで出る前に、吹っ飛ばされちゃいそうニャ」
ふたりは有翼族の女たちから、泊まっていくように勧められた。
「えんりょしないで」
「そうだよ。ゆっくりしてって」
「いっぱい、たすけてくれて、ありがとね」
エルミとマチルダは、有翼族の家に案内される。種族特性なのか、彼らの家は出入り口が小さく天井が低く室内も狭い。小柄なエルミとマチルダでも立ち上がると頭が天井に当たるほどだ。
「なルほど、外に竈を組んダ、エルミの判断は正解ダったナ」
敵から隠れやすいための構造なのかもしれないが、暴風雨に対しても強いようで荒れ狂う嵐のなかでもビクともしない。
ただ、音だけは避けられない。
「すっごい、ゴーゴーいってるのニャ……」
日が暮れると、有翼族の女と子供たちと一緒に丸まって寝床に入る。柔らかな干し草と羽毛で作られた寝床は、暖かくて良い匂いがした。
すっかり夜も更けた頃、ますます激しくなっていた雨風の音も気にせず寝入っていたエルミは、いきなりドガーンと轟音が鳴り響いて飛び起きる。
「ひゃあッ⁉ なんニャ⁉」
「……落雷のようダな」
大丈夫だこの家にいる限り問題ない、と言いながらエルミの背中を撫でるとマチルダはそのまま眠ってしまった。
そのまま眠れなくなったエルミは、轟々と唸りを上げる風の音を聞いていた。なんでか胸騒ぎがして落ち着かない。ゆっくりと深呼吸しながら自分の魔力を薄く周囲に拡げてゆく。傍らに温かく柔らかく感じられるのは、慣れ親しんだマチルダの魔力。あまりにも魔力循環を常用し続けてきたせいで、エルミ自身の魔力と半ば混じり合っている。
そこから少し離れたところに、ふよふよと柔らかな有翼族の魔力が十二。さらに魔力を拡げたところで、眠れなくなった理由がわかってきた。四百メートルほどのところに、悪意を持った魔力の反応がひとつ。さらに探知範囲を広げると、遠くから接近してくる複数の魔力反応がある。
「……マチルダちゃん」
「七人、だナ」
魔族娘は、もう覚醒していた。声は穏やかで、楽しそうですらある。
前方の者たちは魔圧が高く、後方に位置する者ほど魔力量が多い。身体強化した正面戦力を前に出し、支援攻撃を行う魔導師を後方に配置した陣形。静かに整然と展開してゆくところから見ても、兵士か兵士崩れだろうと判断した。
「王国兵だと思うけど、こんなとこでなにしてるニャ?」
「さあナ。汚れ仕事は野盗にやラせて、村のお宝デも奪うツもりダったか」
言いつつマチルダもエルミも、有翼族のお宝が何なのかは知らない。そんなものが本当にあるかどうかもわからない。興味もないが、他人の大事にしているものを奪うつもりなのであれば、自分が大事なものを奪われる覚悟もあるということだ。
「知りたけレば、直に訊イてやルといい」
◇ ◇
「隊長、見張りから光魔法です。“反応なし”」
副官からの報告を聞いて、指揮官のフォルガーは傍らの剣を引き寄せる。
点滅三回は、集落内が寝静まったことを示す合図だ。抵抗してくる連中を野盗に始末させ、その後に乗り込んで住民ごと皆殺しにする計画だった。
クズどものおこぼれを漁るとは落ちぶれたものだと、フォルガーは自嘲に顔を歪めた。それを笑顔と誤解した副官が軽口を叩く。
「明るいうちは大騒ぎしていたようですが、雌鳥相手に盛ってたんでしょうかね。最期のお楽しみとも知らずに、薄汚い野盗どもが」
「……いまじゃ、俺たちも野盗だがな」
雨避けの廃屋を出ながら、フォルガーは小さくつぶやく。
王国“貴族院連合軍”の百人隊長だったフォルガーは、アーエルでの戦いで部下のほとんどを喪った。自身も重傷を負って生死の境をさまよい、目覚めたときにはすべてが終わっていた。
周囲には破壊と殺戮の痕跡だけが残り、自分たちが誰にどうやって負けたのかも。誰が死んで誰が生き延び、自分たちの指揮権が誰にあるのかもわからなかった。
上官や貴族連中は逃げたか死んだか、ひとり残らず消えていた。
貴族院連合軍を自称していたが、元々が王国の反王家派閥が編成した急ごしらえの寄せ集めだ。軍備も練度も指揮権もバラバラの出来損ないでしかない。本隊を喪えば瓦解するのはあっという間だ。生き延びた兵たちをまとめ、略奪を行いながら王都に戻る途中で、王城と王族、ラングナス公爵とハイコフ侯爵を含む上位貴族が揃って喪われたことを知った。侯爵領軍の所属で独り身のフォルガーは、王都に戻る意味もなくなった。
「丘の上にある有翼族の集落に、魔珠と財宝が貯め込まれている」
そんな噂を聞いたのは、野盗の塒を襲撃したときだ。四十近い集団の半数を殺したが、部下を三人も喪った。降伏した連中を縛り上げると、生かしてくれたら集落まで案内するし露払いもすると野盗たちは懇願してきたのだ。
命乞いの出まかせだろうとは思ったが、どうせ最後は殺すのだからと、見張りをつけて塒から蹴り出したのが昨日のこと。
野盗の連中には油断させるため、明日の昼まで待ってやると伝えてあった。
「ひでえ天気だ。さっさと済ませるぞ」
手槍を持った兵士三名を前に、魔導師二名を後方に配置したのは百人隊長時代のクセだった。まるで戦場にでも向かうような陣形だ。待ち構えているのは蹂躙された亜人の生き残りと、気を抜いて寝こけた野盗だけだというのに。
なぜか、嫌な予感がしていた。危機も脅威もあるはずがないのに、胸のなかで違和感が消えない。だが最前でも同じような予感を無視した結果、野盗の反撃で三名の部下を喪ったのだ。
「見張りはどうした」
「合図の後、戻りませんね。探しますか」
副官の言葉に、フォルガーは迷わず警戒を指示する。
「魔導師、異常あれば迷わず撃て」
「は」
暗闇の空に稲光が走り、横殴りの豪雨とともに森の木々が大きく揺れる。近づく者を誘うように、嘲笑うように。
フォルガーの違和感は、すぐに現実のものとなる。
「隊長」
森の入り口に、見張りの兵士が倒れていた。驚いたような表情でぽかんと口を開き、額に小さな風穴を穿たれて。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




