オーヴァーカミング・アドヴァーシティ
「……こわい、にんげん、……いっぱい、やってきて。……みんな、ころされて」
有翼族の村は野盗らしき集団に襲われて、男たちは弓で射殺され、森に逃げた女子供も次々に捕まってしまったのだという。
有翼族というのは、鳥の獣人だ。腕が翼になっているため、物を持つようにできていない。武器を持った人間の集団に攻め込まれれば、逃げるくらいしかできない。
嵐のなかで襲ってきたため、暴風に翻弄されて飛んで逃げることもできず村は壊滅状態になってしまったらしい。
「そイつらが村を襲っタのハ、なンのためダ?」
「有翼族は、光るものを集めるクセがあるって聞いたことがあるニャ」
なるほど、とマチルダは納得する。
有翼族は一般的に、身体が小さく性格も臆病で、戦うことにも向いていない。その上に金目のものを溜め込んでいる可能性が高いとなると、野盗に狙われるのも理解はできた。
「ずイぶん不用心な連中だナ」
「ふつう有翼族は、おっきな樹の上とか、崖の上とか、ひとの来ないとこに住んでるのニャ」
しかし王国には、それほど高度のある場所も険しい地形もない。女の子のいた村は小高い丘の上にあったために、呆気なく攻め込まれてしまったようだ。
エルミとマチルダは顔を見合わせ、うずくまったまま震えている有翼族の女の子を見た。
「オマエ、名前ハ」
「……クリル」
「ヨし、クリル。そレでオマエは、ドうしタいのダ?」
マチルダの問いに、クリルは目を泳がす。
「……わかんない。このままにげても、……いくとこなんて、ないし」
「ウチらが住んでるゲミュートリッヒなら、受け入れてくれるのニャ」
「アあ、そレでナにも問題なイ。仲間を見捨テて、自分だケ生き延びルならナ」
突き放すように言うマチルダ。言い過ぎだと目で訴えるエルミに、魔族娘は小さく首を振った。
「コこで会っタのも何かノ縁ダ。ワタシたちが手を貸しテやル。逃げルでモ、戦うでモな」
「……でも、あいては、……ぶき、もった、へいたいで」
「十や二十ナら、すグ皆殺シにシてやル」
「え」
「オマエが決メろ。ドうシたイか」
平然と答えるマチルダの言葉と強い視線に、クリルは固まってしまった。グスグスと涙と鼻水を垂れ流しながらしゃくりあげ、彼女は絞り出すように言った。
「……おねがい、……みんなを、たすけて」
ふたりは笑う。エルミは穏やかな決意に満ちた顔で。マチルダは獰猛な殺意に満ちた表情で。
「任セろ」
◇ ◇
「ぎゃあああああああああぁ……ッ⁉」
超高速で飛行するマチルダに抱えられたエルミ。そしてエルミに抱えられたクリルが悲鳴を上げながら硬直していた。
「王国北西、アーエルの南側だナ? 問題なイ、もうスぐ着くゾ!」
「ちょ、ま……あああああぁッ⁉」
幼いクリルが持てる力を振り絞って必死に飛んできた距離を、マチルダの黒い翼はほんの一瞬で通過してゆく。あっという間に、見慣れた森が目に入ってきた。
「エルミ」
「いつでも行けるニャ」
クリルを抱えながら、エルミはしっかりとステンガンを構えている。上空を旋回しながら様子を伺うと、地上では焚火を囲んで酒盛りをしているらしい男たちの姿があった。傍らには縛り上げられた有翼族の女性や子供。そして射られて殺された男たちの無残な死体が転がっている。
「クリルちゃん、ちょっと耳を塞いだ方がいいニャ」
「え、なん……びゃッ⁉」
エルミがステンガンを発射し始めると、クリルは銃声でビクッと震える。音と光と炎にも驚いたが、直後に地上の男たちがバタバタと倒れていくのを見て驚愕に目を見開く。
「敵しゅ、ッ」
声を上げて対処に回ろうとした男はクニャリとうずくまって動かなくなり、弓を構えた男たちもそのまま頭や胸を射抜かれて崩れ落ちる。
見えていた十数人の野盗集団を倒すのに、瞬き程度の時間しかかかっていない。わずかな生き残りたちは木の陰に身を隠し、空からの攻撃を防ごうと躍起になっている。
「ソの程度でワタシたちかラ、逃れられルとでも思ってイるノか」
樹上に隠れて矢を射ろうとした野盗のひとりは超高速ですれ違いざまに振り上げたマチルダの足で顔面を打ち抜かれ、地上へと落下してゆく。長く悲鳴を上げながら頭から叩き付けられた男はそのままピクリとも動かない。
「サて、こレからだナ」
地上に降りたマチルダはエルミとクリルを離し、両腕を大きく回して野盗の生き残りと向き合う。
「エルミ、少しはワタシにもやラせロ」
「マチルダちゃん、油断しちゃダメなのニャ?」
男たちに背を向けたままリラックスしている魔族娘に呆れ顔で忠告しながらも、エルミは加勢しようとはしない。
「死ね、ァええぁあばばばばばァッ⁉」
手に手に剣や手槍を構えて突進してきた男たちは、振り返りもせず放たれた電撃で痙攣しながら地べたに転がる。
「クリル。村の生き残りを連レてこイ」
「え?」
縛られていた縄を解かれ、集められた有翼族の女性と子供たちは全部で十二人。それが村で生き延びたすべてだった。マチルダはエルミに、子供たちを離れたところで守ってくれるように頼む。
「すマん」
「大丈夫、わかってるニャ」
その場に残った女性は四人。なにをさせられるのかと怯んだ顔の彼女たちに、マチルダは抑えた声で尋ねる。
「何人、殺さレた」
「……二十、七」
「ソうか」
溜息を吐いてマチルダが腰から抜いたのは、ヘイゼルからもらった黒い短剣だった。彼女は女性たちに、柄を向けてそれを差し出す。
「奴らに、報イを受けさセろ」
有翼族の女性たちは、顔を見合わせるだけで動こうとしない。
「やりタくなイなら、構わン。ダが、覚エてオけ。絶望ト諦メは、心を蝕ム毒だ。やがテ身に沁みツけば、困難が訪レるたび逃げ隠レすルしかなクなル」
電撃のダメージから回復してきた野盗のひとりが、マチルダの背後でゆっくりと剣に手を伸ばす。指先で短剣の刃をつまんだまま、魔族娘は手首のスナップだけで投擲して野盗の頭に突き立てる。
男はビクンと痙攣して動かなくなった。頭から引き抜いた短剣の刃を、マチルダは死体の服で拭う。
「そうスるのは勝手ダが、そンな幸運はイつまでも続かナい。次に死ぬノは、オマエたチか……」
女性たちに告げるその声は平坦で、視線はむしろ穏やかにさえ思えるほどだった。
「オマエたちノ、子供らダ」
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