フューム・ザ・ヒュージ・フューズ
「最後の突撃に備えてください。前方の魔導師たちは、彼らを送り込むための囮です」
ヘイゼルの言葉を裏付けるように、新たな敵が左右から大きく回り込んでくる、らしい。俺には見えないし気配も魔力も感じられないが、クエイルは警戒しながら迎撃に入る。マルテは水龍姿のまま戻ってこない。ここは三人で対処するしかなさそうだ。
「……ミーチャ殿、くるぞッ!」
わずかに光ったように見えたあたりにブレン軽機関銃で探り撃ちを加える。最初は外したが、二度目はヒット。魔導爆裂球の爆散で人影が吹っ飛ぶ。
「ぎゃああああぁ……ッ!」
青白く発光した人影が、地べたを転げ回って動かなくなるのが見えた。
魔導爆裂球には殺傷用破砕片が込められていないというが、金属甲冑を着込んでいれば同じことだ。懐に抱えたまま爆裂すると、溶けて弾けた鎧に切り刻まれる。
その悲惨さも他人事ではない。こちらに投げ込まれれば、周囲の金属が解けて飛び散りズタズタになって死ぬのは俺たちの方だ。
「くッ!」
装甲車の左側でクエイルが魔法を放ち、敵が弾け飛ぶのが閃光でわかった。
マズいぞ、前よりもずっと近い。どんどん懐に入り込まれている。そして、敵が爆散する瞬間を見てわかった。あいつら、魔導爆裂球をふたつ抱えてる。決死の覚悟で、俺たちを殺すために全力を尽くしてる。
俺とクエイルで四、五人、そしてヘイゼルと水龍娘がそれぞれ少なくとも五、六人ずつ倒していたが、あと何人いるのかはわからない。
風と雨はますます強くなり、気配も音も掻き消してしまう。接近してくる敵が魔力を使わない限り、俺には視認できない。
魔導爆裂球に直前まで魔力充填しないという判断に至った相手がいたら。
「ふたりは装甲車の後ろに!」
装甲車の上から射撃を続けていたヘイゼルが、俺たちに声を掛けて飛び降りるのがわかった。黒衣の背中で銀髪が揺れて、その向こうに迫りくる人影が見えた。黒い甲冑を身に着け、低く構えたまま走り込む幽鬼のような男の姿が。もう距離は五メートルもない。撃つには遅すぎる。勢いは止められない。最後の数メートルで、身体ごとぶつかろうと男は宙に身を躍らせた。
「獲ったッ!」
歓喜の表情で叫ぶ男の両脇で魔導爆裂球が青白い光を放つ。これはダメだな。逃げ隠れしたところでどうにもならん。
覚悟を決めた瞬間、両手を伸ばしたヘイゼルが男から爆裂球をあっさりと奪い取り、それは手品のように消え失せた。
「……ッ⁉」
小柄なブリテンメイドを押し倒すような格好になった黒甲冑の男は、小さく息を呑んだまま空中で歪な弧を描く。俺とクエイルの間を回転しながら通り過ぎた後で、仰向けに転がって動かなくなる。その額には、おかしな棒が突き出していた。
「……ふぅ」
溜め息を吐いて振り返ったヘイゼルは、いつの間にやら黒い短剣を手にしていた。フェアバーン・サイクスとかいう、英国製の軍用短剣だ。すれ違いざまに魔導爆裂球を奪い、投げ飛ばしながら、額に短剣を突き立てたというのか。
さすがに驚きはしたものの、意外とまでは思わない。なにをやらかそうと、受け入れるしかない。この英国的悪夢の使者は、異世界ですら常識の外にいる存在なのだ。
「他に敵は」
「もうおらんぞ」
後ろから声がして、少女姿に戻った……というのか化けたというのか、マルテが闇のなかからポテポテと歩いてきた。誰から引っぺがしたのか軍用の外套みたいのを羽織っている。彼女は水龍なので寒いというわけではなく、人型では裸でうろつくものではないという世間の常識に合わせてくれてるみたいだ。
俺は装甲車の後部ハッチを開けて、先に着替えてくれとヘイゼルとマルテをなかに入れる。
あっという間に済ませて開けてくれた車内で、今度は俺たちが乾いた服に着替える。タオルも男物の服も取り揃えているあたりはさすがのヘイゼルさんだが、どちらもモッサリした古いイギリス軍の備品だった。
「どうかしてます」
障壁発生装置の直撃で動かなくなった装甲車は、ヘイゼルがいくつか電装部品を交換することで復旧させた。エンジンを始動した俺が振り返ると、機関砲座に座っていたヘイゼルが小さく息を吐いた。
「なにが」
「裏で糸を引いていたのは、やはり聖国僧兵の生き残りでした」
おい、冗談だろ。さっきのすれ違いざま奪って殺して投げ飛ばした挙句に、接触から情報収集までしてたっていうのか。そこまで来ると、どうかしてるのはあなたの方じゃないですかね。まあ、それはいいや。
「そいつは、屋敷にいるのか?」
「いいえ。どうやら北に向かったようです」
「ええと……エーデルバーデンじゃないよな? アーエル?」
「わかりません。“聖国の使者”として、この地に聖教会の教えを広め、神の意思を知らしめるなどと言い残していました。この期に及んで、おめでたい話です」
そう言ってヘイゼルは穏やかに笑う。戦いが終わったことで平静に戻ったように、見えなくもないが。違う。これは、絶対に違う。静かな圧が車内に満ちて、龍と同じ檻に閉じ込められたみたいな気分になる。まあ、龍は龍でいるんだけどね、ちんまりと後部コンパートメントに。
「漁夫の利を得ようとしているんですね」
かすかに微笑み歌うようなヘイゼルの声が、俺たちの背筋をざわめかせる。
「誰が獲物かも理解せずに」
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