約束の地
箱車を止めた障壁発生装置の力に歓喜しつつも、ルコアは内心その威力に震えあがった。かなりの距離を置いてすら、目の眩むような閃光。それが連続で叩き込まれた。魔道具が攻撃魔法として変換するのは罠に掛かった相手の魔力だと聞いているが、あれほどの効果は見たことも聞いたこともない。
ああ、想像通りだ。やはり、乗っていたのは、化け物だ。“半魔の番”は……少なくとも女の方は、龍にも及ぶような凄まじい魔力を持っている。
「いいぞ! 最期の戦いには、ふさわしい敵だ!」
見ると箱車から、女が出てきていた。化け物を仕留めることはできなかったようだが、強力な爆風を生み出す攻撃を止められただけで十分だ。
先行していた兵たちが、女の持つ魔道具で仕留められていく。間近まで迫った者が投擲を諦め、抱え込むようにして走り込むと箱車の直前で爆散した。
「……!」
同行していた部下たちが悔しそうに小さく息を吐く。箱車の前部に被害を与えたようだが、破壊するまでには至っていない。
「ここからだ。行くぞ!」
ルコアは魔導師たちに合図すると、残りの部下たちを率いて箱車へと向かってゆく。一直線に向かった集団とは違って、左右に大きく回り込む形でだ。それぞれが、ふたつずつの魔導爆裂球を抱えている。
速度は出せないので隠蔽魔法を掛け、静かに忍び寄って確実にとどめを刺す。先行した兵たちが足止めできていれば良し、できなかったとしてなにが変わるわけでもない。どこでどう死ぬかの違いだけ。戦死した兵たちが向かうという“約束の地”に、いつたどり着くかの違いだけだ。
「「「「贄を求めし浄化の焔よ……!」」」」
背後で魔圧が高まり、詠唱が聞こえてくる。指揮下に入った魔導師4名には、僧兵ミルドランから聖国に伝わる攻撃火魔法、“聖なる贄”が叩き込まれていた。詠唱が短く発動が早く、魔力消費が少なく連続発射が可能と、使い勝手が良いため聖国の魔導師団は最も多く使われてきた魔法だ。
後のことは考えず、全魔力を注ぎ尽くせと伝えてある。出し惜しみなど意味がない。どのみち、ここを乗り切れなければ死ぬだけのことだ。
「「「「……悪しきものどもを焼き尽くせ!」」」」
4名の魔導師たちは持てる力を振り絞って膨大な量の炎弾を打ち上げた。そのすべてが暴風を衝いて闇夜に弧を描き、敵の箱車へと向かってゆく。
必死に足を動かしながら、“半魔の番”を焼き尽くす光景を夢想する。それができるのならば王国は滅びず、聖都も消滅していない。それでも威嚇と牽制にはなるはずだと思っていたのだが。
「オオオオオオオオオオオオオオォッ!」
地を揺るがすほどの雄叫びが上がり、噴き上げた爆風が炎弾の雨を消し去る。
「……龍が」
横殴りの雨が吹き付ける暗闇のなかでも、その姿はハッキリと視認できた。思わず背筋が強張り震えが走るほどの魔圧。身にまとった魔力は青白い光となって龍の巨大な身体を浮かび上がらせていた。炎ではなく水を吐いたということは、水龍か。
なぜ、あんなものがここに。それは誰もが思ったことだが、考えても意味はない。敵は箱車であって、不確定要素に関わっている暇はない。
屋敷の前に残った魔導師たちが成す術もなく蹂躙されていく。彼らも甲冑で魔力と体力を強化してはいるが、龍を倒すほどの戦闘能力はない。そんなものは、どんな兵にもない。弾き飛ばされる魔導師たちの最期から目を背け、ルコアと部下たちは箱車へと迫った。
隠蔽魔法は効果をあげている。まだ自分たちへの攻撃はない。
「ぎゃああああぁ……ッ!」
反対側から回り込んだ兵が攻撃を受けて爆散する。魔導爆裂球の起動で浮かび上がるわずかな魔力光を察知されたか。服のなかに入れようにも、甲冑装備では無理だ。直前まで迫ったところで起動する以外にない。
箱車までは残り、二十メートル強。ルコアと部下たちは散開して、それぞれに全力疾走を始める。もう起動させるか。まだ早いか。
あと十五メートル強。先行していた部下が仕留められて爆散する。やはり起動時の魔力光が的になっている。ルコアは低く構えて、できるだけ隠すように地を蹴って走り続ける。最期の力を振り絞って、信じてもいない神に祈りを捧げて。
九メートル。もう手を伸ばせば届きそうだ。ここで仕留められたところで問題ない。敵への被害は十分に与えられる。幸運にも箱車の陰から人影が現れた。いいぞ、こいつを巻き込んで散ってやる。
「獲ったッ!」
ルコアは目の前の敵に向かって飛び込みながら、魔導爆裂球に起動用の魔力を注いだ。
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