押し寄せる死兵
「……ッ!」
ヘイゼルがなにかを叫んだ気がしたけど、すさまじい音と光でなんにも聞き取れなかった。計器盤に火花が走り目の前が真っ白になって、ストーマーのエンジンが停止した。
「ミーチャさん、エンジン再始動!」
始動を試みるものの、クランキングどころかなんの反応もない。
「ダメだ、電源が飛んでる!」
機関砲塔を振り返ると、ヘイゼルが頭を押さえグッタリしていた。見たことのない光景に固まってしまったが、驚いている場合ではない。介抱しようと立ち上がった俺を手で制して、英国的悪夢の使者は、ゾッとするような笑みを浮かべる。
「あの障壁発生装置とかいう魔道具は、魔力反射型です。侵入者の魔力が強ければ強いほど、強力な攻撃となって返ってくる」
「え」
なにそのチート魔道具。前んときに俺が無事だったのは、魔力ゼロのおかげだったな。ていうか跳ね返った魔力で装甲車を機能停止させるってヘイゼルさん、それはそれでどうなの。
「甘く見たつもりはなかったのですが、彼らは追い詰められたネズミだったわけですね」
“窮鼠猫を噛む”ってやつか。あれ中国の諺だっけ。
ヘイゼルはストレージからブレン軽機関銃と弾倉の入ったP37軍用ポーチを渡してくる。ここは装甲車から出て戦うしかないか。本人はと見れば、いつもの弱装弾リボルバー。
「おいおい、それだけで魔導防壁と身体強化の掛かった黒甲冑を相手にする気か? 対戦車ライフルとか……」
「残念ながら、置いてきてしまいました。ブレンガンを持っていたのさえ、偶然です」
妙に吹っ切れた顔で言うとハッチを開け、砲塔に飛び乗って周囲に銃撃を開始する。軽機関銃を抱えた俺は上部から出られないので、マルテとクエイルに後部ハッチを開けてもらう。
「わしらも手を貸そう。外がどうなっているのかわからんのでは落ち着かん」
一緒に出てきたマルテたちに銃を渡そうかと思ったが、操作説明をする暇はないし慣れないまま戦場に出るのはもっと危ない。そもそもこいつら、たぶん銃なんかなくても俺より強い。
「治癒魔導師がいないから、自分の身を守ることを最優先にしてくれ。ヘイゼルには近づかない方が良い。少なくとも、あいつと敵との間には絶対に入らないこと。いいな?」
「ミーチャ殿は、敵よりもヘイゼル殿を怖れているように感じるのだが」
「ああ、その通り……だあッ⁉」
車体前方でドガンドガンと、立て続けに爆発が起きる。なにか飛び散った破片が装甲車を叩いて車体後部にいる俺たちのところまで転がってきた。
「熱ちッ」
金属を融解する魔導爆裂球だ。投擲されたのか抱えて走り込まれたのか、間近まで迫られている。ブレンガンのボルトを引いた俺は、装甲車を遮蔽にして敵の位置を探る。暗闇のなか、魔法を使ったのか青白い光が瞬いた。目算でそのあたりに、指切り点射で小銃弾を送り込む。魔導防壁か、青白い光がバチバチと飛び散る。そのままフルオートで撃ち続けると、ドガンと大きく炎が上がった。
「おいウソだろ⁉ あいつら、みんな魔導爆裂球を持って突っ込んできてるのか⁉」
パンパンと軽い音でヘイゼルのリボルバーが連射され、次々と敵を撃ち倒している。またも魔導爆裂球が爆発するが、今度はかなり距離がある。どう考えてもあの銃じゃ、倒せるわけないんだけど。380エンフィールド弾は、同じ拳銃弾でも大型軍用拳銃やステンガンに使う9ミリパラベラム弾の半分くらいの威力しかない。威嚇以上の意味があるはずはない。ないんだが……
援護射撃をしながら見るともなく見ているうちに気付いた。ヘイゼルは、敵が抱える魔導爆裂球そのものに当ててる。さっきから派手に弾け飛んでいるわけだ。
「ヘイゼル! 怪我はないか!」
「問題ありません! いかに死に物狂いの状態になろうと、ネズミはネズミです! 英国人は、ネズミには慣れています!」
ネズミの対処に、じゃないのね。余裕がありそうなので、俺たちは横や後ろから回り込んでくる敵を倒すのに専念しよう。
「クエイルは左側、マルテは後ろの警戒を頼む」
遮蔽から軽機関銃を撃つには左サイドはちょっと辛いのだ。
相変わらず夜目は利かないものの、魔力を通した甲冑や魔導爆裂球がうっすら光るのでそこを狙って撃てばいい。クエイルも魔法で接近する敵を薙ぎ払う。聞いてた通り、魔導師としての腕はかなりなものらしい。
「広域攻撃魔法が来ます! 装甲車のなかに入ってください!」
ヘイゼルの叫び声の後、屋敷の前から曲射の炎弾が連続で打ち上げられるのが見えた。火魔法“聖なる贄”の一斉攻撃だ。
俺たちは一斉に車内に転がり込んだが、ひとりいないのに気付く。
「まだマルテ殿が外に!」
「待ってください」
クエイルが出ようとするのを、ヘイゼルが止めた。
「いま出ると、邪魔になります」
まだ空いたままの上部ハッチから、降り注いでくる大量の炎弾が見えた。雨風をものともせず燃え上がったままこちらに向かってきたそれは、
「オオオオオオオオオオオオオオォッ!」
凄まじい咆哮とともに、一瞬で吹き飛ばされてしまった。花火のように上空で飛散した炎弾は、パラパラと小さな光の粒子になって消える。
「え、なにそれ」
よく見えなかったものの、おそらく水龍姿になったマルテが水を吐いたんだろう。前に倒した水龍の攻撃をヘイゼルは噴水とか呼んでいたけれども。そんな生易しいものではなかった。ウォータージェット並みの威力を持った面攻撃だ。あんなもの喰らってたら俺はひとたまりもなかったな。
「いまなら出ても大丈夫ですよ。敵は、こちらに気を配る余裕などなさそうです」
ヘイゼルに言われて、俺たちは再び後部ハッチから出る。侯爵家別邸の残骸を前に、水龍マルテが兵士たちを蹂躙していた。膨大な魔力を宿した水龍の巨体は、青白く光を放っている。その尻尾が振り抜かれただけで、甲冑を身にまとった兵たちがピンボールのように弾け飛ぶ。動いている敵は、見るみる減っていった。
「あの分だと、残敵掃討の必要はなさそうだな」
「そうでもないです」
リボルバーに装填したヘイゼルが、周囲を見渡した。俺の目にはなにも見えない。暴風雨が止まないなかでは、音も気配も感じられない。
「最後の突撃に備えてください。前方の魔導師たちは、彼らを送り込むための囮です」
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