払暁戦線
「ミーチャさん! 大丈夫ですか⁉」
「……ああ、問題ない!」
そんなわけないだろ、問題しかないわ。半日以上運転しっ放しでヘロヘロな上に、周囲の状況がまったくわからない。泣き言を吐いてる場合じゃない。突入を夜明け前にして、それまで休憩する予定ではあったのだ。
その直前に、襲撃を察知したルコア側が俺たちの迎撃に動き出しただけ。
「敵襲ッ!」
敵地の公爵家別邸から数キロの平地。エンジンを停止し身体を伸ばそうと操縦席から離れかけた俺は、ヘイゼルの鋭い声に慌てて席に戻る。エンジンを始動するよりも前に、ヘイゼルのいる機関砲塔からドンドンと激しい発射音が響き始めた。
車内から状況は確認できない。操縦席の除き窓には暗闇しか見えていない。遠くで青白い光が瞬き、魔法と思われる炎弾が連続して向かってくる。
「後退、左旋回!」
「了解!」
雑なシフトチェンジでガクガクと車体が揺れる。旋回した車体の前を通り過ぎて行った炎の連続攻撃は、学術都市タキステナで見た“聖なる贄”とかいう攻撃魔法だ。聖国僧兵が、やたらと使いたがるとか聞いた気がする。
いくつか車体に当たって弾けるが、装甲にダメージは通っていない。対人攻撃用の魔法なら無効化できるようだ。ドンドンと間隔の空いた砲撃の後、仕留めたのかヘイゼルが小さく息を吐く。
「脅威排除」
「相手は猟兵か?」
「そのようですね。黒衣の兵が3名ほど、忍び寄ろうとしていました。空中炸裂弾があればよかったんですが」
待ち伏せされていたにしては初動が早すぎた。ずっと前から監視されていたんだろうと悔しそうに言う。隠蔽魔法なのか、ヘイゼルの感知を潜り抜けるほどなら、かなりの能力を持った相手だ。気を引き締めてかかるしかない。
「これで敵からは完全に察知されましたね。左手奥の傾斜を上がってください。見下ろしから屋敷を直接狙います」
「了解」
前回の侵入時に聞いたが、公爵家別邸には障壁発生装置が仕掛けられている。魔力を持った者の侵入を感知して攻撃魔法を起動する魔道具らしいが、まだ見ていないので実際どういうものかはわからない。
魔力のない俺には起動させられないしな。
「念のため、車体前部を屋敷に向けてください。右手奥の、篝火が見えているところです」
「了解、ちょっと待って」
戦車も装甲車も、装甲は前面が最も厚いからだろう。斜面を上がったところで旋回して、炎が点っている方向に向けた。
「有線誘導ミサイルが欲しかったですね。オプションで装備可能だったんですが、ついてませんでした。きっとイギリス国防省がケチッたんでしょう」
ヘイゼルはボヤキながら機関砲塔を回転させ、砲撃が開始される。機関銃の十分の一ほどのゆっくりした射撃速度で、叩き込まれた30ミリ機関砲弾が屋敷の壁や屋根を粉砕してゆくのが見えた。焼夷弾なのかあちこちで炎が上がり延焼を始める。いくつかの棟は火花を上げて崩落してゆくが、ヘイゼルから“脅威排除”の声はない。それどころか、苛立たしそうに唸り声を上げた。
「ミーチャさん、合図をしたら全速前進!」
「どうした」
「魔法付与装備の兵たちが向かってきます!」
◇ ◇
凄まじい攻撃が屋敷に降り注ぐ。嵐にも負けないほどの轟音と、暴風を超える爆風。ルコアは部下たちとともに散開しながら、近くの遮蔽に転がり込んだ。分厚い石造りの壁も、大型魔珠で起動させた魔導防壁も。“半魔の番”が放つ“致死の鏃”は呆気なく貫き、破壊する。何人かの兵たちが血を噴いて斃れるが、それで怯む者などいない。
「惜しかったな!」
「ああ、最高に惜しかった!」
部下たちは口々に笑いながら、死んだ仲間の勇気と献身を褒めたたえる。魔導爆裂球を装備した突撃猟兵が箱車に迫り、投擲寸前で発見されて粉微塵に吹き飛ばされたのだ。
それは他人事ではなく、近い将来にやってくる自分たちの姿でもあった。敵に一矢報いることはできなかったが、戦での結果など時の運だ。わずかな誤差で果たせなかったが、その思いは自分たちが引き継ぐ。
「魔導爆裂球、用意!」
「おうよ隊長、いつでもいいぜ!」
備えは、できていた。だが可能な限りの備えであっても、通用するかは別の話だ。“水を叩くような騒音”が聞こえてきたら“空を飛ぶ大魚”、“地響きのような唸り声”が聞こえたら“火を噴く装甲馬車”、どちらも半魔の番が用いてきた魔道具だ。
それは攻撃魔法も無効化し、鋼の鏃も跳ね返す。
こちらの攻撃が通用しないことなど、最初からわかっていた。唯一、破壊可能なのは鉄をも溶かす魔導爆裂球のみ。そこで問題になるのが運用だ。魔導爆裂球は生身で化け物に肉薄し、手持ちで投げ込む必要がある。起動が遅ければ逃げられてしまう。つまりは、攻撃を敢行した者は生還できない。
短い付き合いだが、死ぬために集められた烏合の衆だ。その事実は伝えてある。こうなることなど、誰もが最初からわかっていた。
「見てろ、次は俺だ」
「笑わすなよリーエ、先駆けの栄誉を譲るとでも思ったか?」
部下たちは罵り合いながらも、ひどく幸せそうに笑う。彼らは突撃に出る直前、それぞれがルコアたちを振り返り、おどけた仕草で敬礼を見せた。
「それじゃ隊長、お先に失礼」
「お前ら、来るのは、ゆっくりでいいぜ?」
そう言って背を向けると、魔導爆裂球を抱いて駆け出していった。迷いもなく、最短距離を、真っ直ぐに。
ルコアは、心が満たされるのを感じた。部下たちと同じ気持ちを共有している感覚。かつて王国軍の雑兵でしかなかった頃には一度も感じたことのない思いだった。
“半魔の番”が乗った箱車は火を噴きながら突進してくる。次々に駆け出そうとした部下たちを止める。
「待て。もう少しで俺の仕掛けが動き出す」
邸内の障壁発生装置は配置を組み直した。魔力を持った侵入者を感知して攻撃魔法を起動する魔道具だが、“半魔の番”の男には通用しない。だが、攻めてくるのが箱車なら、女の方も乗っているはずだ。
「……そこだ」
進路をふさぐように配置したオブスタクルが、箱車の直前で起動した。雷魔法が連続で叩き込まれ、鉄の表面で稲光が走る。突っ込んでくる動きがいきなり鈍くなった。突き出した筒から放たれていた攻撃も止む。
「いいぞ隊長ッ、箱車の脚が止まった!」
その隙を衝いて、魔導爆裂球を持った部下たちが迫る。暗闇のなかで、魔導爆裂球を起動させる青白い光が瞬いた。
「ああッ、畜生! やりやがったな、あいつら!」
その声に込められているのは、喜びと悔しさと称賛と敬意と。仲間たちが散っていくことに対する哀惜。だが、この好機を逃すわけにはいかない。ルコアは遮蔽から出て、雷属性の魔法付与が掛かった剣を掲げた。
「奴らに続け! いまこそ王国の敵に、誅罰を喰らわすッ!」
「「「「おおおおおおおおおおぉッ‼」」」」
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