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剣と魔法とステンガン ――ゴスロリなショップ機能(英国面強め)で目指せ優雅なスローライフ!――  作者: 石和¥
玉座なき王たち

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グローイング・エンバーズ

 重く立ち込めた暗雲で夕暮れのような荒天の一日だったが、日没で完全に闇に包まれてしまった。装甲車にもライトはついているのだけれども、戦闘車輛の照明なので煌々と灯る種類のものではない。吹き付ける雨風に草木の葉や枝が飛び交うなか、目の前の視界など、ないも同然だ。

 道は再び上り勾配が続き、前も見えない道を延々と進み続ける。


「そのまま前進です。路面は6.4キロ(4マイル)ほど平坦で、滑落するような斜面や障害物はありません」

「了解」


 先になにがあるのかわからないままアクセルを踏み込むのは、なかなかに勇気がいる。完全な目隠し運転状態だったが、ヘイゼルのナビゲーションを信じるしかない。マルテ湖畔を出てから4~5時間は運転しっ放しで、俺も集中力が落ちてきている。そろそろ致命的な事故でも起きないか心配になってきた。


「ミーチャさん、そこの木が倒れているところで停止してください」


 左側は崖らしいので、回り込むのは危険と判断したヘイゼルが上部ハッチから車外に出て倒木を収納する。崖の上からは王都が見下ろせるというので、俺とマルテとクエイルも外に出る。


「異状はなさそうですね」


 双眼鏡で状況を確認していたヘイゼルが振り返って告げる。直線距離で十キロほどは離れているようだが、見えるのは暗闇と横殴りの雨だけ。少なくとも俺の視力では、王都らしきものは視認できない。

 ヘイゼルから双眼鏡を借りてみたが、そもそも夜目が利かない現代日本人には灯りの少ない滅びかけの王都など見えるはずもなかった。


「嵐に備えて屋内にこもっているんでしょう。出歩いているひとはわずかですが、特に襲撃を受けた様子はありません」

「そのようだな。物見台の見張りもボーッとしとる」

「ルコアたちが動くとしたら、嵐が過ぎてからか。ろくな守りもいない王都であれば、わざわざ荒天を利用することもないからな」


 マルテとクエイルは、それなりに観測できているっぽいんだが。まあ、ふたりは水龍と魔導師だからな。崖下まで吹き飛ばされそうな雨風から逃げて、俺たちは早々に装甲車の車内に戻った。


「ミーチャさん、ここまでの操縦お疲れさまでした。みなさんも、少し休みましょう」


 ヘイゼルが後部コンパートメントでLEDライトを灯し、お茶と軽食を出す。英国的調達機能(DSD)一時保管区画(ストレージ)に収納していたものだが、お茶は淹れ立てのように熱くて良い香りがした。軽食は大皿に盛られたサンドウィッチで、薄切り肉&葉野菜、鳥肉&チーズ、ゆで卵&タルタルソース、イギリス定番らしい薄切りキュウリ(キューカンバー)など様々。


「おお、これは美味いぞ!」

「ヘイゼル殿が作られたのか? 実に素晴らしい味だ」

「ありがとうございます。エルミちゃんとマチルダちゃん、ナルエルちゃんやレイラちゃんとの合作です」


 ガールズ特製サンドウィッチは、マルテとクエイルにも大好評。たしかに美味いんだが、ちょいちょい微妙な英国テイストが入ってるような。


「この……フライドポテト(チップス)サンドウィッチは、ヘイゼルの作だろ」

「英国的人気メニューですが、お気に召しませんか?」

「いや、すごく美味いよ。この発想がイギリス的だと思っただけ」


 日本にもコロッケパンとかポテサラサンドとかあるから、フライドポテトサンドもそれほど違和感はない。フライドポテトのカリッとした食感と絶妙な塩加減に乳脂(バター)の風味が合わさって、不思議なほど美味い。


「炭水化物で炭水化物を挟む発想は、なんとなく日本人の食嗜好に似てるな」


 焼きそばパンとか、ナポリタンロールとか。イギリス人も前に見た缶詰パスタをトーストに乗せたりするらしいし。ヘイゼルによれば、ポテチ(クリスプス)サンドウィッチというのも定番らしい。ポテトフライが合うならポテチも合うんだろう。厚切りのポテトチップスなら、カリカリして美味そうではある。

 “イギリスの飯がマズい”というのは全世界で定番のネタにされてるけど、料理人しだいという気がする。


ビール酵母ペースト(マーマイト)サンドウィッチと、トースト・サンドウィッチは自重しました」

「なんて?」


 マーマイトはスルーさせてもらうとして、トースト・サンドウィッチというのはヘイゼルの趣味ではなく、イギリスでは1860年代に出版された料理本に載っている伝統的サンドウィッチなのだとか。カリカリに焼いたトーストにバターと塩胡椒をして、パンに挟むという……日本人の感覚で言うと、なんだろう。チャーハンでご飯を食べるみたいな感じか。


「……美味かった」


 サンドウィッチを食べて紅茶を飲んだら、身体と心が楽になった気がする。イギリス人が――噂によれば戦闘中の軍人でさえも――お茶の時間を大事にする気持ちが少しだけわかった。


「到着は深夜近くになりそうですね」


 賊軍の根城になっているラングナス公爵家別邸までは、残り二十五キロほど。ヘイゼルに訊くと、いまは元いた世界でいう午後8時頃。油脂が高価で貴重なこの世界では、暗くなっても起きている者はほとんどいない。賊に堕ちた連中の生活がどうだかは知らないけど……


「襲撃するには良い時間だ」



◇ ◇


「この国で力を持った者は、半魔の(つがい)に狙われる。あなたの前にも、奴らは必ず現れるでしょう」


 僧兵ミルドランが去りかけに言い残した言葉は、ルコアのなかに激しい怒りを(くすぶ)らせていた。

 王国北部エーデルバーデンに突如現れ、不可思議な武器で死体の山を築いた異端者たち。王国貴族が“半獣の巣”と罵りつつも怖れる亜人の国エイルヘルンに落ち延びた後、力をつけて王城を瓦礫の山に変え、聖国をも焦土と化した。

 常にその中心にいたのが、“半魔の番”と呼ばれるふたりだ。なんの特徴も覇気もなく魔力さえ感じられない男と、古龍を超えるほどの魔力を秘めた黒衣銀髪の女。すべての災厄は例外なく、そのふたりが動いたときに起きている。

 粗暴で野卑な上官カインツを殺したことには感謝しても良いくらいだが、それはそれだ。己の人生を狂わせ、生きる意味さえ奪った相手など、許せるはずもない。


 自分たちが行ってきた王都への侵攻は、ミルドランに言わせれば“神の意思の体現”、いままで蔑まれ虐げられてきた者の報復でしかないのだが。半魔の番は理解不能な動機で動きだし、意味不明な理由で激昂し、対処不能な武器で襲い掛かってくる。

 奴らが敵対する王国内部に、強い力を持った者が現れたと知れば、殲滅に現れることは想像に難くない。


「……来るがいい。……ケダモノどもめ」


 もうルコアは死を恐れない。部下となった兵たちもそうだ。

 王国軍でも膂力に優れ体格や資質に恵まれた者ほど生き延びることにこだわり、勝った先のことを考え、そのための備えを積み上げる。

 だが弱者には先などない。積み上げる備えもない。生きるか死ぬかの択一を常に繰り返していくだけだ。懸けられるものも喪うものも、己の命だけ。

 だから強く、だから弱い。


 身にまとった黒い甲冑と嵌められた“隷従の首飾り”は、ルコアに強大な魔力と自信を与え、同時に耐え難い屈辱をもたらしている。

 それから解放される道は、ただ死あるのみ。多かれ少なかれ、部下たちも同じだろう。


「ルコア隊長」


 机上の魔導通信器に連絡が入った。王都方面に放ったニエスという斥候兵だ。


「過去に報告のない形の箱車を発見。乗員4名、うち2名は“半魔の番”です」

「場所は」

「“嘆きの丘”から王都を観察した後、箱車に戻って動きを止めています。許可をいただければ攻撃を」


 嘆きの丘。王都を見下ろす北東の高台だ。北東方向(アイルヘルン)から王都に向かうのであれば、もっと南東側の道を選ぶはずだ。丘から降りる道は、かなり北西に逸れる。


「不要だ。やつらは、こちらに向かってくる」

「……隊長、いま動き始めました。公爵家別邸(そちら)の方角です」

「無駄なことはするなよ。“半魔の番”の魔道具は、魔導爆裂球でなければ傷もつけられん。こちらに引き込み、万全の備えで迎え撃つ」

「了解、すぐに戻ります!」


 そう言って通信は切れた。

 死んだような目をしたニエスの声が、わずかに弾んでいるのがわかった。その理由もだ。ようやく最後の敵を、己の死に場所を見つけたからだ。

 ニエスの過去になにがあったかは知らない。面識もなければ、素性も聞いていない。元は王国の猟兵だったようだが、それだけだ。しょせんは終わりを迎えるときまでの短い付き合いでしかない。

 終わりを迎えるとき。それが、いまだ。


「総員、戦闘用意! “半魔の番”が来るぞ!」


 ルコアが声を上げると、邸内の部下たちが一斉に動き出した。

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