生まれる新王都
「ミーチャさん、見えてきましたよ」
俺とヘイゼルは、ゲミュートリッヒから汎用ヘリでマルテ湖まで飛んできていた。ゲミュートリッヒの技術者たちとアーエル避難民の志願者からなる、新王都建設チームの激励と進捗確認のためだ。
「おお、やっぱ速いな……」
「リンクスは回転翼機の最高速記録樹立機ですからね」
「そういうことじゃなくてさ。空路が早くて楽だって話」
かつてマルテ湖畔に栄えた、アイルヘルン最初の都アクアーニア。その跡地ではいま、ゲミュートリッヒから運ばれたバックホー・ローダーで着々と工事が進められていた。
総勢二十人ほどの新王都建設チームは二週間ほど前、俺が英国軍用トラックで運んだんだけど、あれは失敗だった。空からだと直線距離で百キロ前後、なのに陸路だと荒れてくねったオフロードを延々と三百キロ近く走ることになるのだ。
そんなことは実行するまでもなく、わかってはいたんだけどな。主にアーエル組が空を飛ぶのを頑なに拒んだので、仕方なくトラックで行くことになった。
彼らも道中は荷台で延々と振り回され揺すぶられて、マルテ湖畔に着いた頃には声も出ないくらいヘトヘトになっていた。それでも空を飛ぶよりはいいというから、ヘリに乗せられるのは相当の恐怖なんだろう。
あんな大きくて重そうなものが飛ぶなんて、存在が不自然だと言っていたが……その感覚は、わからんでもない。
「おー……けっこう作業は進んでるな」
「建物は修理だけで住めるようにすると言っていましたが、こういうことでしたか」
建物といっても、アクアーニア跡に残っているのは石造りの遺跡跡だ。持ち込んだり切り出したりした木材で修理できるものではない。それが不思議なことに、意外と悪くない感じの木石ハイブリッド建築で大き目の建物が四、五軒できあがっていた。
彼らは作業しているところから少し離れた空き地を、伐採して着陸地点として整えてくれていた。ヘイゼルがヘリを降ろすと、ローターが停止するのを待ってドワーフのマドフ爺ちゃんが笑顔で近づいてくる。
「おおミーチャ、よく来てくれた」
新王都建設チームに必要な建築機械や生活物資は、ヘイゼルの調達機能で購入したり一時保管区画で運んだりできる。百キロもの距離を何度も行き来する必要はない。実際、一部の生鮮食品を除けば数ヶ月は暮らせるだけの備蓄は確保されている。足りないものがあるとすれば、だ。
「酒は、持ってきてくれたか!」
「次に来るときまでの分だけな。こんな水場の近くでは、あんまり飲み過ぎない方がいいぞ?」
「大丈夫じゃ、そのときはマルテの嬢ちゃんに助けを呼ぶ」
マルテ湖の水龍娘は基本的に穏和で優しいけど、いちいち呼び出されて酔っ払いの後始末をさせられたら怒るんじゃないのかな。まあ、ドワーフ流の冗談だと受け取っておこう。
「では、頼まれていた物資と一緒に、倉庫に置いておきますね」
「ありがとう、頼む」
倉庫代わりになっている建物――遺跡の土台に天幕を掛けたもの――に、ヘイゼルがストレージで運んできたものを積んでいく。ゲミュートリッヒ産の採れたて野菜と果物、今朝焼いたばかりのパン。そして酒だ。
新王都建設には俺たちも全面支援すると決めたので、資材も機械も燃料も水も食料品も衣類や寝具も、最初に必要なだけ渡している。でも技術陣はドワーフを中心として酒好きが多いから、酒までたっぷり置いておくと、あるだけ飲んでしまうだろうということで二週間分ずつの分割支給にしておいた。
それで正解だった。案の定、十ケース単位で置いていったエールとウィスキーが二週間で空になっている。最初に百八十リットル入り樽のウィスキーを欲しがってたけど、言われるがままに渡してたらあっという間に空にしてたんじゃないかと思う。
飲むのはかまわんけど、限度はあるだろ。ないのか。俺自身がぜんぜん飲めないから基準がわからん。
「作業の進み具合は、どんな感じ?」
倉庫から出た俺は、近くで作業している一団に尋ねる。彼らはゲミュートリッヒの古株住人で、前に外壁と外堀を見事に仕上げた凄腕の職人集団だ。ドワーフ、獣人、人間とバラバラだけど息は合っていて結束も堅い。
「悪くないな。ゲミュートリッヒ組が暮らせるようになるまでは、最短でひと月。その頃には畑もできるようになってるだろうし、もうひと月あればサーエルバン組も暮らせるようになるんだが……」
アーエルから避難してきた百七名のうち、ゲミュートリッヒに滞在しているのが四十三名。六十四名はサーエルバンで預かってもらっている。最終的には彼らを全員、ここで暮らせるようにするのが目標だ。
“真王”クエイルの名を付けた、新生王都クエイリアで。
「……そのふた月が過ぎる頃には冬が来る。百を超える住人の冬備えまで済ませるのは無理だ」
当の“真なる王”、クエイルが困った顔で話を引き取る。困窮してる避難民のために王様になろうという奇特な男だ。この場で王らしさなど見せる気はなく、土木作業員のような恰好でふつうに作業に加わっていた。
考え込むクエイルに、アーエル出身の仲間たちが声を掛ける。
「まずはゲミュートリッヒ組で様子を見よう。春になったらサーエルバン組を呼べばいい」
「そうすることになるかもしれん。だとしたら、サーエルバンにいる連中には俺が直接話す」
「あいつらは自分たちだけ除け者にされたとかって、怒ったり不貞腐れたりはしないぞ?」
クエイルはお仲間を見て、真顔で首を振った。
「わかってる。受け入れてくれるさ。でも傷つく。できれば、そんな思いをさせたくないんだが、無理となればせめて顔を見て伝えたい」
クエイルは真面目で、良い奴だ。それは間違いないにしても、こういうタイプの人物像が、王に向いてるのかはわからん。
俺の個人的な印象では、長期政権には向いてない気がした。
“難しいでしょうね。誠意というのは、驚くほど高コストですから”
毎度のことながら考えが顔に出ていたらしく、ヘイゼルは俺だけに聞こえる念話で言った。
“為政者になるなら、どこかで民を「顔の見えない数字」として考えなければいけない段階がきます”
百人そこそこの集団では維持できても、人口が増えるごとに負担が爆増する。そして、どこかで破綻する。国か、経済か、本人か、その全部が。
「冬備えのことでしたら、わたしたちで支援も可能です。その選択は、いまでなくても大丈夫ですよ」
ヘイゼルのアドバイスで、移住計画の問題は先送りになった。
クエイルと建設チームのメンバーたちは、話しながらも着々と作業を続けている。彼らが進めているのは新しい建物の外装。他のメンバーは外装が組みあがった建物のなかで内装を仕上げているところらしい。
みんな体力も技術も高く、何人かは魔法も使える。おまけに建築重機もあるからか、驚くほどに仕事が早い。
「木と石を組み合わせた建て方は変わってるな。これは誰が考えたんだ?」
「ああ、それはクエイルじゃ」
「え? ホントに?」
「すごいだろ、あんなの俺たちには考え付かなかった」
「木の板を二重に重ねて、隙間を土魔法で埋めるんじゃ。作業としては“こんくりーと”で壁を作ったときにちょっと似てるが、木枠の方が壁になるようなもんじゃな」
「隙間を埋めるのは泡みたいな形に固めた土で、脆い代わりに保温が利く」
建設チームの男たちが口々に褒める。木石ハイブリッド建築を考えたのはクエイルだったのか。おまけに土魔法の充填剤とは。板の隙間から見えるのは、エアインチョコみたいな気泡入りの土壁。技術的なところはあまりわかってないけど、元いた世界の建築用ウレタンフォームみたいなものか。
「すごい発想ですね。この世界では、見たことも聞いたこともありません」
ヘイゼルも感心したようにうなずいている。元いた世界のウレタンフォームは火災に弱いが、土魔法ではその心配もないからポテンシャルはずっと高いのだとか。
「アイルヘルンの冬は知らないが、王国北部とそう大きくは変わらんだろう。あそこで過ごした冬には、何人も死人が出た」
クエイルは驕るでも照れるでもなく、発想に至った経緯を淡々と話す。その体験が、保温材を考え出す原動力になったようだ。
凍死者が出るほど寒かったのかと思ったが、訊いてみると少しだけ違っていた。
「飢えと寒さは、心を蝕む。放っておけば生きる気力を失う」
予想してたよりもっと重い話だった。凍死というより絶望死、というか自殺に近い状況だったようだ。そんな状況を経験してなお避難民を率いて移住計画を進めようというのは、無気力中年の俺には考えられないほどの熱意だ。
「もう荷物は倉庫に入れたから、なにか俺たちにできることがあれば……」
なんだこれ。どっかから変な音が聞こえてくる。ぐもももも、っていうくぐもった響き。でも身構えているのは俺だけで、クエイルたちは平然と作業を続けている。
なにそれ、どうなってんだよ。ヘイゼルを見ると、彼女は俺の背後にある湖面を指さした。
「え、なん……どわぁッ⁉」
水面から飛び出してきたのは、なにかを口にくわえた水龍姿のマルテだった。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




