農害の意地
「おう、ミーチャ。この前は大変だったみたいだな」
エルヴァラから戻った何日か後、俺が自分の店に顔を出すと酔っ払いのオッサンと爺ちゃんたちがテキトーな感じに労ってくれた。あの水神騒ぎね。たしかに大変ではあった。日帰りだったってのに、えらく長い旅だった気がする。
サーエルバンからエルヴァラに飛んで、マルテ湖まで戻ってまたエルヴァラ。しかも行く先々で顔つき合わせたのは農害、農害、アンド農害だ。
おまけにこっちは水龍と薙ぎ倒し&英国的悪夢が揃い踏みだったからもう、疲れたというか単純に気疲れした。
働きたくないでござると、しばらく店を休んでしまった。そのせいで本日は大入り満員、休業してた間の分まで呑んでやろうと酒飲みたちがひっきりなしにやってきている。
「まあ、一件落着ってとこじゃな」
「じゃな……ってエインケルさん。なんでいるの?」
ゲミュートリッヒの飲兵衛たちに混ざって、マカ領主がふつーにベロンベロンになっとる。アンタあの後ちゃんとマカまで送り届けたじゃん。
「そう固いこと言うな。こやつも大変だったんじゃろ?」
並んで飲んでた鍛冶屋のパーミルさんが、エインケル爺ちゃんの肩をぺんぺんと叩く。
それはそうだけどさ。主に大変だったのも頑張ったのもマルテとナルエルだけどな。爺ちゃん以上になんにもしてない俺にとやかく言えた話ではないが。
「水龍の嬢ちゃんは、マルテ湖に帰ったのか」
「マカの帰りに送ってきましたよ。アーエルの避難民がマルテ湖畔に移住することになったら、たまには顔を出すとか言ってましたが」
「それは心強いのう」
たしかに。移住希望者は武力を持たない住民がほとんどだけど、湖畔で水龍と友好関係にあるなんて、最強の守り神みたいなもんだ。
「それより、聞いたかミーチャ」
「ん? なにを?」
「タリオは、あれをずっとつけとるそうじゃ」
エインケル翁は、首から下げるジェスチャーを見せる。
なんとまあ、ナルエルお手製の魔力供給用ネックレスか。装着した者が魔力を注げば、水源地の魔珠から水が出る。いままで龍脈から流れ込んでいた在外魔素を……いわば搾取して水に変換していたエルヴァラ領主のタリオが、心を入れ替えたか。
そんなわけねえよな。うちのドラゴンガールズの脅しが効いたか。
「人間の魔力で作った水なら、“エルヴァラ病”は起きん。さすがに前ほどの水は出せんじゃろうが、あの騒動は、そもそも己の器に合わんもんを持とうとしたせいじゃからの」
今後エルヴァラの農業生産に影響が出たとしても、それが本来あの領地で生み出されるはずのものなのだ。いままでの状態が異常だっただけ。それを放置してきた結果が、水に溢れた領地で領民が渇き死にするなんて大惨事だ。
やっぱり、あれは農害による人災だな。
「水龍の嬢ちゃんと、ヘイゼル嬢ちゃんと、ナルエルと。どうにもならんくらい拗れておったもんを、それなりに上手いところへ落としたんじゃないかの」
「かもしれませんね」
俺にはどうしたらいいかもわかんなかったし、それ以前に、なにがどうなってんのかも理解できてなかった。マルテとナルエルは神を祀る聖廟からの搾取を止めて、おそらくは祟りも止め、タリオ個人の問題として切り離した。
あとは、あいつとエルヴァラの問題だ。
「あの首飾りをつけてたって、死にはしないんでしょう?」
「タリオも魔力量はそれなりにあるからのう。しかし、水を出すためにずいぶんと励んどるらしいぞ?」
「へえ」
正直、“へえ”以上の感想はない。あいつが頑張って水資源を維持したとしても、逆に干からびて死んだとしても、それは同じだ。
「タリオだけではなくエルヴァラの部下たちのなかにも、あれを首から下げ始めたやつが出てきとるそうじゃ。どこまでやるのかも、やれるかもわからんがの」
ウィスキーをグビッとあおったエインケル翁は、誰に言うでもなくつぶやいた。
「奇人には奇人なりの、譲れんもんがあるんじゃろ」
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