リプレイス・ザ・サクリファイス
「なあ、いっぺん湖まで戻れんか」
考え込んでいたマルテが、ヘイゼルに声を掛ける。
「マルテ湖までなら一時間もあれば戻れますが、なにか考えでも?」
「考えというほどでもないがな。水を噴き出してるあのタマを新しいもんと入れ替えれば、少なくとも祟られる前と同じようになるんではないかと思ってな」
「ああ、聖廟の魔珠? 聖なる供物なんだっけ。代わりになるようなものに心当たりでもあるのか?」
「ないこともない」
俺たちは療養所から出ると、開けた場所を探して汎用ヘリを出す。ナルエルがドアを開けて、全員を機内へと誘導する。
「急いだ方が良い。面倒なのが近づいている」
全員が乗ると、ヘイゼルとナルエルの操縦でヘリはすぐに飛び立つ。
後ろで誰かが何か叫んでいるのが聞こえた気がするけれども、誰も気にしない。なんとなく農害の声に似ているようだったから、なおさらだ。ここまで鬱陶しい問題が目白押しの状況で、さらに問題を悪化させる要素など見たくもない。
「なあマルテ、俺はよくわかってないんだけどさ。水神の祟りってのは、どのくらい確実?」
「長期旱魃というのは、水神の怒りによるものだ。あの農害には明らかに渇きの兆候が出とったからな。あそこまで濃く現れておれば、なんぞやらかしたと思うのが当然だろう」
結果的に、半分以上は合ってた。水神によるものかどうかは知らんが、エルヴァラには領民全部を巻き込んで渇き死にする未来しかなかったのだ。
それも、豊かに溢れ出す水によって。
「ちょっと待っててくれ」
一時間ほどでマルテ湖畔に着陸すると、マルテは服を脱ぎ捨てながら俺たちを振り返る。いや、それは見えないとこでやりなさいよ。
「助けは要りますか?」
「大丈夫だ。すぐ戻る」
顔を逸らしているうちに水音がして、水龍の姿になったマルテが湖面を泳ぎ去るのが見えた。聖廟の魔珠を入れ替えるというが、そんな簡単に見つかるもんなのか?
「ナルエル、聖廟跡に嵌まってた魔珠って、どのくらいの大きさだった?」
俺は見ていない。噴出口は見たけど、俺の視力で見えるのは噴き出す水だけで奥は見通せなかった。
「直径七十五センチくらい」
「それって……」
「間違いなく水龍のもの。それも、かなり長く生きた個体の」
ナルエルが憮然とした顔で教えてくれた。彼女自身、魔導師で魔道具師だから魔珠の取り扱いには慣れている。それだけに、貴重な生態素材を毀損するような加工を行ったのが許せないのだろう。
「代わりの魔珠は、マルテの嬢ちゃんが見つけてくれるかもしれん。問題は、傷つけられた方の魔珠を聖廟から外して、その後どうするかじゃな」
エインケル翁の言葉に、ナルエルはしばし考え込む。
「七つ、考えがある」
「え?」
いきなりそんなにいっぱい思いつくって、どうなってんの、この子。
でもナルエルの言葉に驚いたのは俺だけだった。ヘイゼルは平然としているし、エインケル翁などは“そのくらいは当然だ”と言わんばかりに苦笑を浮かべる。たぶん、こうやって物事を薙ぎ倒ししてきたんだろう。
「わしでも三つがせいぜいじゃが、さすがに若いもんは違うのう。それで?」
「四つは理想的だけど現実的じゃない。ふたつは実現可能だけど恒常的じゃない」
「ほう? 残るひとつは」
「農害しだい」
そこからは素材と技術の話が始まって、俺には理解できない範疇になってしまった。理解できないのは最初から、ではあったんだけどな。
汎用ヘリに給油をしながら待っていると、小一時間ほどで水面が泡立ち、水龍姿のマルテがドザバーッと浮上してきた。
「あったぞ、これだ」
その口に咥えていたのは、直径百二十センチほどの青白い玉だった。俺が水際で受け取ってはみたものの、あまりの大きさと重さによろめく。
「これって、水龍の魔珠か?」
「ああ。何代か前の長の魔珠だ。これなら聖供物の代わりになるだろう」
ナルエルとエインケル翁が、感心したように唸り声を上げる。
「いま聖廟に捧げられていた魔珠よりも、大きくて上質じゃな」
「そう。なにか荘厳な……風格みたいなものを感じる」
ナルエルが魔珠の表面に触れると、中心部にキラキラした紋様が浮かび上がった。
「魔力の伝導率も桁違い。凄まじく純度が高い証拠」
なるほど。俺が持っても反応しなかったのは、魔力がないからだな。
「マルテ、お願いがある」
なにやらナルエルからの頼みごとを聞くと、マルテはお安い御用だとすぐに湖に戻っていった。
なにを頼んだのか訊いてみると、水龍の牙だという。
「なんで?」
「腐敗しない生態素材のなかでは、魔珠に次いで魔力伝導率が高い」
いや、そういうことではなく。魔珠を聖廟から外した後に起こるなにかへの対処なんだろうけれども、いまひとつ目指す先が見えてこない。
理系エンジニアとの会話で噛み合わないのは大概、文系ボンクラの説明や言葉が足りないせいだ。俺、一応はシステムエンジニアだったんだけどな。
ここは質問を変えて、なにを目的にした素材確保なのかを聞いてみた。
「あの愚物に、枷を掛ける」
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