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剣と魔法とステンガン ――ゴスロリなショップ機能(英国面強め)で目指せ優雅なスローライフ!――  作者: 石和¥
ウォーター・アンド・ドラゴン

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デイゾルブ・イン・ウォーター

「患者を見せてもらえますか」


 ヘイゼルが言うと、ルーモは出てきたばかりの病室に案内してくれた。

 室内にベッドは七つ。ということはつまり、ここにいるのが祟りを受けた生き残りのすべてだ。

 老人女性がひとりに、中年男性が三人。二十代ほどの女性と、小学生くらいの女の子がひとり。みんな苦しそうに浅い息をしている。唇が乾いて、肌にも潤いがない。

 患者の額に触れたヘイゼルが、熱はないというように小さく首を振った。目を覗き込み、口のなかを観察した彼女は小さな声で俺に言う。


脱水症状(ディハイドレーション)です」

「ルーモさん、みんな水は飲ませてるんだよね?」

「はい」


 室内のテーブルには水差しがあり、病人用の吸い飲みみたいな容器もある。水を与えていたことはわかる。


「これが、“エルヴァラ病”か」

「はい、水龍様。端的に言えば、どれだけ飲んでも渇き死にする病です」


 なんとなく、そうなんじゃないかとは思った。作物が実ってる農地の脇で、立ち枯れていた樹木と同じだ。あれを見てヘイゼルは、“土壌の肥沃さが失われている”と言ったけど。

 枯れた植物と枯れなかった植物の違いはなにか、とは思ったのだ。


「このなかで、最も重篤なのは?」

「そちらの、イオルです」


 ヘイゼルの質問に、ルーモさんは隅のベッドを指す。年齢からして老婆かと思えば、最も幼い女の子だ。目を開けてはいるが、俺たちが近づいても反応を見せない。

 どれだけ水分を与えても脱水症状は悪化する一方で、ここ数日は嚥下する(のみこむ)力もなくなってきているという。


「……体内魔素(オド)の流れがおかしい」

「む?」


 ルーモさんに許可を取って患者に触れ、ナルエルとエインケル翁が魔力を流してみる。そんなことができるのか、と思ったが魔力を持った者なら魔法を覚えたての頃によくやる遊びのような鍛錬法なのだそうな。


「変化は」

「ないようじゃの」


 手を変え品を変え、何度か試しても症状は改善しない。その代わり、間近で観察していたナルエルが手を振って俺たちを呼んだ。


「たぶん、息と汗から漏れ出してる」

「蒸発しているってこと? 魔素が?」


 俺は首を傾げる。魔法については全くの門外漢なので、どういうことなのかもどうするべきなのかもわからん。


「ルーモさん、ここの水はどこから?」

「裏の井戸から汲んだものです」

「その井戸は、灌漑用水(はたけのみず)とつながっている?」


 なにを訊いてるんだろうと思ったのは俺だけだったようで、ヘイゼルとエインケル翁はなにかを察した顔になった。


「エルヴァラの水源は、ほぼすべてが繋がって循環しています」

「それじゃ」


 ルーモさんの答えを聞いて、エインケル爺ちゃんが溜め息とともに吐き捨てる。思案顔だったヘイゼルは、外に出て行こうとして足を止める。


「ミーチャさん、水を買ってもいいですか?」

「え? いや、そんなもん好きなだけ買ってくれ」


 すぐに購入手続きがなされたらしく、目の前にミネラルウォーターのボトルが現れる。PETボトルからガラス瓶入りまで、五百ミリリットルくらいのものが銘柄違いで十数本。


「どれでもいいので、すぐ飲ませてください」

「は、はい!」


 ルーモさんとナルエル、マルテがヘイゼルの指示ですぐに動き出す。少し出遅れた俺とエインケル翁も、ボトルのキャップを開けて半死状態の患者たちに水を飲ませてゆく。

 最初は飲み込む力もなく口の端からこぼれてしまったが、やがて喉が動くと少しずつ唇も動き出した。


「……あ、あ……」


 呻くような、喘ぐようなそれが歓喜の声だとわかる。


「みなさん、最初は一本の半分くらいにしてください」


 硬水(ハード)なので身体が弱っているときはお腹を壊す、とかなんとか言ってるけど。生きるか死ぬかの状況は改善したようだ。俺には全然、意味がわからんのだが。


「これ、どういうこと?」

「“ひとは魔法の水だけでは生きられん”、ちゅう古い格言があるんじゃ。“生きる要である水を生むのに大量の魔力を消費しておっては勘定が見合わん”、という話なんじゃがの」


 エインケル爺ちゃんの言葉に、ナルエルがうなずく。

 ヘイゼルはどっかで知識を得たかもしれんが、もちろん俺は知らん。


「もうひとつ、別の意味があってのう。魔法で生み出す水は、魔力が含まれとるから体内魔素(オド)在外魔素(マナ)と馴染みが良いんじゃ」

「馴染みが良いと、なにか悪いことでも?」

「人間が水魔法で生むくらいのものならば、問題にはならん。生き物ならば育ちが良くなるかもしれんがの。水に含まれる魔力が濃いと……」


「……在外魔素(マナ)体内魔素(オド)が流れ出す」


 みんなは理解に至ったようだ。俺だけ置き去り、ではあるがフワッとした意味でなら理解できる。

 エルヴァラには、大量の魔力で無理やりに生み出した水が循環している。植物の生育には良かったかもしれんが、少しずつ土から在外魔素(マナ)という養分が流れ出したわけだ。そして住人たちの身体からも体内魔素(オド)が失われた。


 マナ灌漑理論とやらが出されたのは三十年ほど前、霊廟の改造がいつか知らんが、そこからの犠牲者が四十四人。影響範囲を考えれば被害規模は少ない、とはいえ人命と考えれば放置できる数字ではない。


「このひとたちは、治るかな」

「おそらく大丈夫でしょう。ですが“エルヴァラ病”は、この後も発生します。領外から水を持ち込めば予防はできますが、根本的な解決にはなりません」


 ヘイゼルはホッとした顔で言うが、その顔には怒りの表情が浮かんでいる。その対象はもちろん、こんな状況を生み四十四人の死者を出した農害(タリオ)にだ。


「自分で言っておいてなんだが、これは祟りと呼ぶのか?」


 マルテが呆れた声で言う。


「さあな。神を冒涜して罰が当たった、という意味では祟りなのかもしれんが……」

「いいえ。タリオによる人災です」


 驚くほど感情のない声で、ヘイゼルが吐き捨てた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >人災 ま、原因作ったのは農害だし しかしそうだとすると祟りはどんな形で現れているのだろう? という話になるね
[一言] これは呪いと呼ぶのは憚られる。
[一言] なんちゅうオチや……マジ農害……。
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