見えない咎
「待てヘイゼル」
いかにして農害を供犠するかノリノリで考え始めたツインテメイドだが、彼女を止めたのは意外にも水龍娘だった。
「どしたマルテ。もしかして不満でも?」
「いや、あの阿呆をどうしようが知ったことではないがな。おかしくはないか」
おかしい? そらタリオはおかしいけれども……と思ってガールズとエインケルをチラリと見る。彼らは同意を示すようにうなずいているから、わかってないのは俺だけか。
「ナルエルが言っていた通りなら、旱魃は単なる水の対価だ」
「水神の祟りじゃないってことか?」
ホッとしかけたのは俺だけ。“それなら解決できそう”なんて話にはならないらしい。マルテは困った顔で、北東方向を指す。
「タリオが祟られているのは間違いない。日照りが祟りそのものではなく、祟られる原因だったというだけのことでな」
じゃあ、いいじゃん。という顔をするガールズ。被害を受けるのがあの農害だけなんだとしたら、俺も大して気にならない。実際、祟られるだけのことはしてるんだしな。
「なにか始めよったぞ」
エインケル翁が対岸を指す。どこからか湖岸に運ばれてきたのは、遠目にスワンボートのように見える代物。マルテ湖畔で俺たちが吹き飛ばした魔道具、というか馬首付きトラックの小舟タイプだろう。
乗り込んだ衛兵は、なにやら叫びながらこちらに手を振っている。
「あれ、なんて言ってんだ? “攻撃する意思はない”、とか?」
「ふつうは、そうなるんでしょうけれども」
「“やめろ民を殺す気か”、と言っている」
俺の予想は、ヘイゼルとナルエルに全否定された。エルヴァラはタリオだけでなく、衛兵まで主語がデカいな。“民を殺す気か”は、こっちのセリフだろうよ。
農業にとって水は生命線なんだろうし、神経質になるのもわかる。水利権から殺し合いに発展した、なんて話も聞いたことがあるし、余所者が空飛ぶ乗り物で水源地に降り立ったら、排除しようとするのも当然だ。
それはいいんだけど、小舟はフラフラしてるだけで、ぜんぜん近づいてこない。
「漕ぐの下手だな……」
「しかたなかろう、エルヴァラで船が要るような水辺はここだけじゃ。その上、必死で非武装なのを見せようとしとるからのう」
ああ、あれ手を振ってるんじゃないのか。
「なんでそんな面倒な真似を?」
「わたしたちがゲミュートリッヒの者だと、わかっているからでしょう」
「そう。ミーチャたちは、有名だから」
「俺たちが……武器を向けなければ殺さないって?」
「正確に言えば、“武器を向ければ殺される”と、じゃろうな」
あれこれ言ってる俺たちから離れて、水辺まで行ったマルテはするりと服を脱ぎ捨てる。
「お、おい、なにしてんだマルテ」
「見ておれん」
湖水に飛び込むと、彼女は瞬時に水龍へと変わる。その巨体がぐんぐんと迫るさまは、見知らぬ者からすると恐怖以外の何物でもないだろう。スワンボート的な小舟でフラフラ近づいていた衛兵は、甲高い悲鳴を上げながらターンしようとして転覆した。
「「ああぁ~!」」
湖水の両側で思わず声が上がる。俺たちは“ほら言わんこっちゃない”だが、対岸はどうみても“ああ喰われちゃうー”の「ああぁ~」だ。
実際、水龍マルテは衛兵の首根っこを咥えてスイスイとこちらに戻ってくる。俺たちからは“しょうがないなぁ”という顔してるのが見えるんだけれども、後ろから見たら喰われてるようにしか見えんかもな。
「ほれ」
ペッと岸辺に衛兵を放り出して、人の姿になった水龍娘は放り出していた服を着始める。さすがに人前でそれはどうよと目を逸らしたが、見かねたヘイゼルがバスタオルで身体を覆ってくれた。
「え、あの、あれ、いまの、は……!」
助け出されたというか襲われたというか、ずぶ濡れになった衛兵は恐怖と動揺と驚きとでカクカク震えながら俺たちとマルテを交互に指す。
なんて言っていいやらわからんけど、俺が簡単に説明する。
「彼女はマルテ湖の水龍だ。人化が可能なほど高齢……ゲフン、高位の存在だ。手出しをするなら祟りがあるぞ」
「こ、高位の水龍……! エルヴァラを救いに顕現された……!」
「そんなわけなかろうが」
服を着て戻ってきたマルテは、目を潤ませた衛兵の希望をバッサリと切り落とす。
「ここの領主がなにをやらかしたのかと調べに来ただけだ。お前らを助ける気はない」
「え」
「助けてやる義理もないし、そもそも助けられるものかもハッキリせん。“えるばら”が滅びに向かってひた走っとるのはわかるが、なにが起きとるのかは知らんし、その原因も読めんのでな」
タリオは水神の祟りを受けている。エルヴァラには旱魃の他に、なにがしかの災厄が現れているはずなんだけれども。それがなんなのかは、住民ではない俺たちにはわからない。
マルテがそう伝えると、衛兵は表情を消してわずかに目を泳がせる。
「……自分には、なんのことか。……おそらく、領主様だけがご存じの、ことなのでは……」
「そんなわけはなかろう」
衛兵を見るマルテの瞳が、うっすらと蒼く光った。幼い少女の風貌でありながらも、その眼力はただものではない。衛兵は目を逸らそうとしいるが、逃れられない。
真っ直ぐに見据えたまま、マルテが言う。
「お前も、祟りの片鱗を受けておる」
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