満たされざる渇き
ヘイゼルとマルテと、ナルエル。三人のガールズは、聖廟跡の噴出口奥に鋭い目を向けている。
ヘイゼルの英国的ボヤキはともかく……べつに水、足りなくないような。少なくともこの水源地を見る限り、長いこと旱魃が続いてるっているイメージはない。まさかエルヴァラ全土に引くには、この水量でも足りないとか、そういうことか?
ダバダバと水を噴き上げるそれは、古代ローマの水道みたいなもんじゃないかと勝手に思っていたんだけれども。水道ってのは、水源があってのものだ。でも水源がここで、そこに注ぎ込まれてるってことは……あれ?
「エインケルさん、この水って、どこから汲み上げられているんですか?」
俺の質問に、エインケル翁が困った顔で首を振る。やっぱりわかってなかったかって顔で、ヘイゼルをちらりと見る。
すまん、俺はわかってない。マルテは水龍的な超自然能力で、ナルエルは魔導師であり魔道具師でもある技術と知識で、これが何で何が問題なのかを理解しているっぽいのだが。
「どこからも汲み上げていません」
ツインテメイドは、代わりに応えて笑う。相変わらず、ぜんぜん笑ってない目なのが怖い。
「自然界には大きな外在魔素の流れがあって、聖廟はそれが流れ込む要所に建てられていたんです。日本の陰陽道や中国の風水でいうところの龍穴に当たるものですね」
龍脈、だっけ。地中を流れる“気”の通り道。それが地表に噴き出すところが、“龍穴”と呼ばれるパワースポットになる。
それの異世界版が、この聖廟ってわけだ。
「古代神の聖廟には古龍のものと思われる巨大な魔珠が収められ、流れ込むマナがそこに注がれていました。大陸中から集まってきたマナは、ここでゆるやかに拡散し空や大地に浸透しながら豊かに潤し守っていたんです」
そう。教養番組の解説みたいな口調で、わかりやすく説明してくれているヘイゼル先生なんだけれども。
語尾が、ずっと過去形なのだ。
「……いまは、どうなってるの?」
「流入したマナを、魔法陣で水に変換している」
魔珠を覗き込んでいたナルエルが、答えてくれた。
「やりたいことはわかる。方法も……結果だけでいえば間違ってはいない」
けど、こちらも全然“間違っていない”な口調じゃない。
「なにか問題が?」
「魔法陣を聖供物である魔珠に直接、刻んでる」
うん、やっぱ農害アタマおかしい。そら祟られるだろう。水が欲しいという欲求は叶えた。その方法が間違っていて結果にリスクが伴ったとしても、タリオだけの話でいえば望み通りの結果ってことだ。
「外在魔力から水への変換は、無から有を顕現するわけじゃない。周囲から蒐集するだけ」
「ん? ごめん、違いがわからない」
知識のない俺に、ナルエルが説明してくれる。要するに、魔法を使って水を生み出したとして、水資源は魔力の変換によって魔法陣の周辺に集まる。もともと水が足りない地域だった場合、外縁部では旱魃が起きる。魔法は単なる夢の実現ではなく、誰かの利益は誰かの損なわけだ。
案外、世知辛い。
「……これ俺たち、どうするべき?」
「いまさら魔珠を外したところで、水神の怒りは収まらん。刻まれた魔法陣を消すこともできん。どうにもならんな」
マルテが達観したような諦め切ったような軽い口調でいう。祟りを止める方法を知らないかと訊いてはみたけれど。
「解呪は教会の範疇。古代神の祟りを止められるような術者は……コムラン聖国にもひとりいるかどうか」
いたとしても、俺たちが10トン爆弾で殺しちゃったよね。うん。わかってる。詰んだわこれ。
「しかも、当然ながらエルヴァラの連中はそれを阻止しようとしてきますね」
ヘイゼルの言葉に振り返ると、湖水の対岸に集まってきている人影が見えた。
「エルヴァラの衛兵と、農民たちでしょう。武装して、こちらを窺っています」
対岸までは、直近で五十メートルほどか。こちらに渡ってくる方法はないようだけれども、攻撃を仕掛けてくる可能性はある。
「彼らを殺したところで何も解決しませんね」
「やめてヘイゼル。この問題のリスクは完全に俺たちと無関係なんだから、罪悪感を背負ってまでやる価値はない」
「わかっています。だからこそ腹立たしいんです」
こっちの苦労も知らず、今頃タリオは呑気に――かどうかは知らんけど――サーエルバンからの帰路についている。エルヴァラへの帰還は最低でも半日以上先だろう。
「あの男の自業自得なんですから、あれを生贄に……」
とかなんとかいっていたブリテンメイドの目が輝く。どうにもこうにも不穏な光を帯びて。
「すばらしい♪」




