ウィットネス・ドラゴネス
「……」
うん。空気が重い。しょうがないんだけどさ。俺たちの酒場のテーブルで向かい合っているのは……。
「……わかり、ました」
「すまん」
「あやまられる、ことでは、ないです」
マルテ湖出身の水龍娘マルテと、水龍に故郷コフィアを滅ぼされた“絶対水龍殺すガール”のアルマイン。
地域と時期を考えても、故郷を滅ぼしたのはマルテと全く関係ない別の水龍だと説明されて――不承不承ではあるが――その事実を受け入れたのだ。
その上で、彼らはアクアーニアだか真王の都だか知らんけど、いずれマルテ湖畔に新しい都ができたとしても、お互いに手出しはしないという約束を取り付けた。
いきなり仲良くなれとは言わない。たとえ不和や確執があっても、共生するのに不都合がなければそれは個人の心の問題だ。
「わしが思うに、その水龍は魔物使いにでも操られていたように思うがな」
アルマインが帰った後で、マルテは俺たちに言う。
「海で敵対してきたならまだしも、水龍が陸地に害を及ぼす理由などないわ。人間を喰うわけでもないし、棲息圏でもない港町を滅ぼしてなんの益があるというのだ」
「どうしてそれをアルマインに言わなかったのニャ?」
「故郷が滅ぼされたのは事実で、それが水龍によるものなのも事実。であれば、教えたところで新たな怒りを掻き立てられこそすれ、なんの慰めにもならんだろうが」
それはそうだ。見た目は若い、というか幼いマルテだが、考え方は大人だった。
同じ目に遭わされた同胞のためにも、農の里には釘を刺してやらないとな。
◇ ◇
話し合いの場が設けられた商都サーエルバン、サーベイ商会の応接室で俺とヘイゼルはエルヴァラ領主タリオと向き合っていた。
立会人に、マカ領主エインケル翁とサーエルバン領主代行のサーベイ氏。それぞれ護衛としてゲミュートリッヒとマカとサーエルバン、エルヴァラの各衛兵隊長と部下。
ティカ隊長の隣には、シレッと衛兵服姿のマルテが控えている。いきなり紹介されたところで揉め事にしかならんだろうという本人からの希望だったが、どのみち結果は同じなのではないかという気はした。
「……なんだと?」
タリオは不信感丸出しの顔でヘイゼルを見る。
「エルヴァラが害そうとしたのは、我らゲミュートリッヒと友好関係にあるマルテ湖の先住生命体。我々は彼女からの救援要請を受けて、敵対勢力を排除しました」
「それを信じろとでも?」
「ご自由に。ですが、法整備が未熟なアイルヘルンで、被災者や困窮者の保護は近くの都市で行うのが通例ですね。マルテ湖であれば、ゲミュートリッヒ以外にありません」
厳密にはマカも、距離はあまり変わらないのだけれども。ここでエルヴァラ側がそれを主張したところで意味はない。
「そんな詭弁は受け入れられない。凶暴な水龍を発見し駆除しようと試みたエルヴァラの調査部隊に、ゲミュートリッヒ側が危害を加えたことは明白だ」
「マルテ湖で彼女の保護活動中、我々を攻撃した連中でしょうか。攻撃魔法を受け、自衛のため反撃しましたが、蛮族の死骸と兵器は証拠として回収しました。エルヴァラが所有権を主張するのであれば、返還に応じましょう」
エルヴァラの領主と衛兵たちから、怒りに満ちた視線が俺たちに刺さる。
ヘイゼルが認めさせようとしているのは残骸の所有権、ではない。エルヴァラ側がマルテ湖の水龍、およびゲミュートリッヒの住民を攻撃したという事実だ。
「二度目ですね。エルヴァラは水龍を手に入れようと愚かな企みを行い、周辺住民に多大な被害をもたらした。前回は金貨で話を終わらせようとしましたが、今度はそれで済みませんよ?」
ヘイゼルの声が低くなり、わずかに目が細められる。噴き出した強烈な圧に、魔力のない俺でさえ怯みそうになるのだが。敏感に感じ取れるのであろう魔力持ちは皆ビクリと身を震わせる。
そのなかでも、タリオだけは毅然とした態度でヘイゼルと向き合ったままだ。病的無神経って、恐怖に対しても鈍感らしい。
「お前たちは、殺すことしかできないのか!」
「なんて大胆な意見でしょう♪ まさか罪もない水龍を無関係な者に殺させたあなたから、そんな言葉が聞けるなんて」
「アイルヘルンにとって、水龍がどれほど貴重な存在なのか理解できないのか!」
相変わらず、タリオはひとの話を聞いていない。だが農筋の恫喝など歯牙にもかけず、ヘイゼルはクスリと笑う。微塵も面白くはなさそうなその微笑みに、タリオを除く同室の誰もが固まったまま震え上がった。
「主語が大きい者には、二種類います」
左右の指を一本ずつ立て、小首を傾げた笑顔で振る。見た目には愚弄する要素など全くないにもかかわらず、そこにはあまりにも明白な侮蔑と挑発が込められていた。
「自信過剰な間抜けと、屁理屈で逃げようとする卑怯者。……それで?」
お前はどちらだと、ヘイゼルは笑顔で尋ねる。
これは血を見るまで終わらないと感じたかけたそのとき、ヘイゼルとタリオの間に、見かねたマルテが割って入った。
「ミーチャの言っていた通りだったな。当事者抜きでは、話にならん」
衛兵服姿の水龍娘は、ウンザリ顔で吐き捨てる。
事前に伝えていなかったエルヴァラ組には邪魔をするなと言わんばかりの顔で見られたが、彼らが口を開く前に有無を言わさず言葉を重ねる。
「貴様らに散々引きずり回されたマルテ湖の水龍とは、わしのことだ」
タリオの目が見開かれ、ぽかんと口を開けたままで硬直してしまった。
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