クルーエル・デバイス
「そもそも、水龍を捕まえただけで雨など降らんぞ」
「そうなのニャ?」
まあ、そうかもな。現に、いま降ってないもんな。
でもサーエルバンの南で大荒れの天候だったあの時のことを考えると……。ううむ、あまり考えたくないが。
「水龍が怒り狂ったとき、嵐になるってことか?」
「正確には、死を覚悟したときにだな」
ひでえ。地下水脈を延々引きずり回してそんな状態にしたエルヴァラの連中もひどいが、それを害獣とばかりに駆除してしまった俺たちもひどい。まったくひどいが。
「いまさら悔やんでも無意味です」
ヘイゼル先生は俺の考えていることを正確に読み取っておきながら、無意味な感傷をバッサリとぶった切る。このあたり日本人と英国人(的で精霊的な何か)とのメンタリティギャップある。
◇ ◇
「しかし、どうしたもんかな」
船を係留した埠頭にまで戻ってきた俺たちは、頭を捻る。
「農の里側がどう出るか、ですね。ゲミュートリッヒに対しては手を引くだけの分別があったようですが」
「こと水資源の問題となると、諦めないだろうな」
水龍は生命の危機を感じないと雨が降らない、なんて言ったところで逆効果にしかならん。じゃあ、つって延々と半殺しにされ続ける未来しか見えん。
「こちらから釘を刺しましょうか?」
「やるのは良いんだけどな。どういう立場でやるんだ?」
農害タリオに釘を刺すとして、決めておくべきなのは俺たちの姿勢。これからマルテとの関係を、どうするかだ。
俺たちとマルテは敵対こそしないまでも、互いを特に必要としてもいない。放置していては水龍を狙う勢力から危害を加えられる可能性はあるが、それは言ってしまえば自然界の摂理だ。マルテ自身も実際に撃退していたように、ある程度は自分の力で対処ができる。俺たちが庇護下に置かなければいけないほど脆弱な存在ではない。
利害が絡まないのなら干渉するべきではない。後はマルテとエルヴァラの問題なのだ。
「……いまさらか。もう手は出ししちゃったんだから」
「ええ。トンキン湾事件みたいですね」
そう言って英国的悪魔は爽やかに笑う。
抱っこ戦闘機が攻撃を受けたから撃退した。わしら悪くない。政治家ならそれも強弁できるんだろうけどさ。
そんな無理筋を軍事介入の口実にすると、自分のなかの最後の一線を越えてしまう気がする。
「ナにを悩んでイる、ミーチャ?」
「マルテちゃんを助けるんじゃないのニャ?」
いくぶん脳筋的ではあるが、まっすぐ曇りのない目で見られるとリアクションに困る。良い歳こいたオッサンが、しょうもないことでグジグジ悩んでいるのも言いにくい。
「ミーチャさん、手段は後で考えましょう。いまは、目的だけで良いんです」
さすがヘイゼル、割り切りがすごいな。俺の場合、なかなかそう簡単にはいかない。
「ミーチャさんが考えていることはわかります。“クズを相手に自分までクズみたいな真似をすると、自分が汚れた気がする”、みたいなことですよね?」
「まあ、そうかな」
「生きるか死ぬかの前に、良い悪いを考えるのか?」
マルテが呆れ顔で俺を見る。その隣で同じような顔をしたヘイゼルが首を振った。
「後味の良し悪しを語れるのは勝者だけですよ?」
本来、力を持つ者は多くの状況で即断即決を求められるものなんだろう。その基準は、シンプルなほど良い。
ヘイゼルの意図を汲んで、俺は自分の価値基準を定める。
「“身内に手を出すなら殺す”」
「ええ。それが、あなたの譲れない一線です」
どこまでの被害なら殺すか。身内の範疇をどこまでにするか。なにを使い、どう殺すか。
その判断は、後の話だ。
◇ ◇
「ミーチャ」
汎用ヘリに乗り換えてゲミュートリッヒに帰った俺たちは、町に入ってすぐティカ隊長から声を掛けられる。表情を見る限り、揉め事が起きたってところだな。
「もう来たか」
隊長には悪いが、こちらとしては望むところだ。
「エルヴァラ領主から、マカ領主とサーエルバン領主代行に訴えが入った。ゲミュートリッヒの住人に、エルヴァラの民を殺されたと」
魔導通信器による領主間通信。エルヴァラと関係を断ったゲミュートリッヒには、マカとサーエルバンにしか直通の通信器がない。延々と数日掛けて抗議に来ることもできないタリオは俺たちへの抗議――とおそらくは取りなしのため――にエインケル翁とサーベイ氏を巻き込んだのだろう。
「武装した魔導師集団が、民だ? 笑わせんな。ゲミュートリッヒに喧嘩売るならいつでも買ってやる」
俺はティカ隊長に笑って、背後のマルテを振り返る。
「この子は、ウチの新入りだ。よろしく頼む」
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