ドライブ・マイ・カース
「クルマ、ですか」
俺とヘイゼルは首を傾げる。
こちらの世界で、馬車以外の車両を見た記憶がない。例外はヘイゼルが出した英国製車両だけだ。
「とらっく、みたいなやつニャ」
「うム。いくつも魔珠を組み合ワせタ、よクわからン代物だっタな」
エルミとマチルダのフワッとした説明では、いまひとつイメージできん。
とりあえず敵は無力化できたようなので、様子見のためアクアーニア跡の埠頭に船を向ける。接近する間も、攻撃を受けることはもちろん何者かが俺たちに反応する様子もなかった。
係留索を繋いで上陸する俺たちに、水龍マルテもついてくる。
「エルミたちが見たのは、あれか?」
「そうニャ」
廃墟から森に足を踏み入れると、木々の焼け焦げた一角が見えてきた。兵士らしき男の死体が、目に入るだけで四人分。
その中心にあるのは乗り物。傾いて燻っているそれは、たしかにトラックのように見える。五メートル近い荷台があって、前後と真ん中に車輪がついている。荷台の先端には馬に似た胸像。そこが爆発したように激しく損傷していた。
「魔道具の機関部に、40ミリ機関砲が着弾したのでしょうね」
「攻め寄せて来る連中もどうかしてると思っとったが、お前らも大概だな」
マルテが呆れ半分にボヤく。
「俺たちも、けっこう敵が多いんだよ。こっちも身を守らんとイカンしな」
「そこだけの話はわかるがな。“近づくものすべてに襲い掛かる”とか言われたわしでも、お前らのように皆殺しにはせんかったぞ⁉︎」
「殺しちゃダメなのニャ?」
「ダメではないし、そもそもわしがとやかく言う話でもない。わしだけ残虐のように言われるのは理不尽だと言っているだけだ」
言いたいことはわかるけど。そんなもんだ。俺たちだって他領から似たような扱いを受けている。強すぎる力を持てば、必要以上に恐れられ、警戒され、残虐性を取り沙汰されるものだ。
「たぶん機能としては、荷車なんだろうけど。これ、魔力で駆動するのか?」
「ええ。おそらく、ゴーレムですね。見たところ、目指したものは“ウィンチのついたトラック”のようですね」
ヘイゼルが壊れた馬の首に触れると、それはギクシャクしながら動き出した。
馬の頭が身動ぎするたびに、歪んだ六つの車輪が回転し、操舵されて軋みを上げる。
「荷台に埋め込まれた魔珠から魔力を供給して、動力に変換する仕組みです。御者台に操作卓のようなものがありますが、これは魔珠の魔力が足りなくなったときの充填用ではないでしょうか」
馬の首周りにある滑車には、カギ爪の付いた縄が巻かれている。これがウィンチか。よく考えたな。
「ホントにこんなもん、農の里の連中が作ったのか?」
「わかりません。ですが工業都市にも色々な人種や職業のひとが暮らしているように、エルヴァラも農業従事者だけではないようですよ」
ドワーフはもいるし、人間でも魔道具を作る職人はいるそうな。
「こんなもん他の都市で見たことないな」
「そう古いもののようには見えませんね。新しく開発したんでしょう」
幻の古代兵器とかではなく、新造品か。俺たちの車両を見て、あるいは伝聞からの情報で、考え出された代物なのかもしれない。
ヘリは無理かもしれないけれども、いずれ銃の模倣品くらいは現れると思っておいた方がいいかもな。
「ヘンな臭いしてるニャ」
「苦山椒だな。王国の連中が、湖の魚を獲るのに使う」
鼻を押さえたエルミに、マルテが答える。荷台の脇に転がっている素焼きの壺が割れて、乾燥させた樹皮と木の実が散らばっていた。それを水中で揉み解すと、魚を殺す毒が出るのだそうな。
「水龍にも効くのか?」
「不快なだけだ。厄介なのは、そちらの方だな」
車体の陰で事切れていた男は、見慣れない形の魔術短杖を抱えていた。先端が二股に分かれていて、そこにデカい魔珠が嵌め込まれている。
「マルテ、なにこれ?」
「呪いと魔法で縛りつける杖だ。これを向けられると、わしでも危うい。実際、引き摺られるところだったからな」
「そんなに強力なのか……」
「呪縛魔法のためだけに専用の魔術短杖を作る時点で頭がおかしいだろうが。その上、そんなのが何人も徒党を組んでくるんだぞ?」
魔導師たちが乗ってる船をひっくり返して、なんとか逃げられたとか言ってたもんな。
「こいつらは、何度蹴散らしても諦めずにやってくる。なにをしたいのか知らんが、ゾッとするほどの執念だ」
「こいつらがエルヴァラの手先なんだとしたら、水龍を捕まえて雨を降らせたいんだと思う」
「え?」
「農業用水のために」
マルテはキョトンとした顔で俺を見る。もしかして、捕まえようとしている理由は知らなかったか。知っていようがいるまいが、迷惑なことに変わりはないが。
「……そんな、ことのために? 水龍を追いかけ回して、引き摺り回したのか?」
冗談だと言って欲しい、みたいな顔で俺を見る。悪いけど、冗談ではないんだ。マルテはヘイゼルを見て、それが事実だとわかったらしい。へへっ、と気の抜けた声で笑う。死んだ魚のような目をして。
「死ねばいいのに」
ボソッと吐き捨てた。それは同感だけど。
その結果として引き摺り回された――たぶんマルテのお仲間の――水龍を討伐してしまった俺たちは、いろんな意味で居た堪れない。
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