ビッグ・バッド・スプーキー・クラップス
マルテと話してみて、いっぺん旧アクアーニア跡地に戻ってみることになった。マチルダの操船でダーク級高速哨戒艇はゆっくりと旋回する。
「なあマルテ、お前の塒はどこなんだ?」
「そんなものはないぞ。好きな場所に行って、好きな場所で寝る」
そんなもんか。湖面が最長二十四キロ、水深百メートル以上もある湖だもんな。水中に敵がいるわけでもなし、隠れ家の必要もないか。
「このところ気に入ってるのは、あそこだ」
マルテが指したのは湖水の北東、エルミとマチルダが最初に水龍を目撃した中州のあったあたりだろう。
水面から見ると単なる浅瀬だが、そこは水中で大きな山のようになっているらしい。その緩やかな傾斜には水草や起伏も多く、大量の水棲生物が生息しているのだとか。
「エサを喰う必要はないんだろ?」
「生き物の内的魔素が集まってるし、外在魔素も濃い。それを見越してか、鬱陶しい連中が押しかけてくるのだけが難点だがな」
「ヘイゼル、隠れてる連中がいると思うか?」
「そうですね……少なくとも、着陸してから船を出すまでの間には気づきませんでしたね」
勘の鋭い我らがガールズの索敵センサーに引っ掛かからなかったということは、アクア―ニア周辺に生き残りがいた可能性は低い。
「言ワれてみれバ、木の切れ端は浮いテいタな」
「あれフネだったのニャ?」
マチルダとエルミは船の残骸らしきものを見ている、ということはマルテの言った通りだったようだ。
「ああ、いましたね」
操舵席のヘイゼルが左舷前方を指す。俺にはなんも見えんが、エルミとマチルダは反応している。五分ほど進むと、俯せで浮かんでいる水死体らしきものが見えてきた。腐敗ガスが発生するほどの時間は経っていない。浮かんでいるのは船のものらしい木材に引っ掛かっているためだ。
「服を見ても、農の里の連中かどうかはわかんないよな」
「ええ。単なる消去法です」
「ん?」
「水龍に手出しするなど民間人ではありえませんが、崩壊した王国の貴族や兵たちは、いまマルテ湖まで来ている余裕などないです」
喰うために魚を獲るというならわからんではないけど、マルテ湖は湖面に近づくと水龍に襲われるというのが定説になってるみたいだしな。
「ちょっト待ってテくレ。エルミ」
「はいニャ」
マチルダがエルミを抱え、魔力の翼を広げてすぐに飛び立つ。マルテは驚いた様子もないので、すでに抱っこ偵察機を見ているのかもしれない。
「なにか見つけたのかな?」
「わかりません、が……」
ふたりは高度を上げて北東に向かい、大きく弧を描きながら旋回し始めた。すぐに急降下して視界から消えた。動きからして、地上のなにかを攻撃しているようだった。
火魔法と思われる炎弾が次々に打ち上げられ、それを躱しながらマチルダたちが急上昇してゆくのが見えた。ヘイゼルがスロットルを開いて船足を速める。
「ミーチャさん、40ミリ機関砲を! 牽制で結構です!」
「了解!」
前部機関砲座に向かった俺は右席でクランクを回して水平方向を調整し、左席に移って垂直方向を決める。数発を発射したところでヘイゼルが着弾を見ながら操船で狙いを補正する。
「もう少し仰角を!」
「わかった!」
追撃の十数発で手応えがあった。アクアーニア跡の背後に広がる森のなかで、大きく青白い爆発が起きる。魔力光のようだったので、魔道具が吹き飛んだのだろう。
「撃ち方止め!」
そのまま船を進めると、抱っこ偵察機がデッキに降りてきた。
「どうした? 魔導師がいたのか?」
「魔導師、デはアるがナ」
マチルダが忌々しそうに首を振る。その横でエルミが首を捻り、怪訝そうな顔をする。
「あいつら、おかしなクルマ、みたいのを動かしてたのニャ」
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