ドラゴンズ・スティグマ
「殺す気か!」
船に引き上げられた女の子は、やはり水龍だった。数百年の齢を重ねて人化もできるという、言ってみれば長老クラスの水龍。本人は年齢の話をしたがらないあたり、心は女の子なのかもしれんけど、知らん。
ちなみに服はヘイゼルが、前に買った女の子用の普段着を調達機能の一時保管区画から出してくれた。
人化って、服も含めて擬態するんじゃないのか。変化するたび脱いだり着たりって面倒臭くないのかな。
「殺さンように、手加減はしタぞ?」
「でも溺れてたニャ」
「溺れるわ!」
「水龍なのに?」
「お前ら! あの電撃を受けた後で泳げるもんなら泳いでみい!」
「はいはい、袖通しますから動かないでくださいね~?」
キャンキャン言ってるけど、なんか人懐っこい印象のある子だ。子、なのかはよくわからんけど。
体格はエルミやヘイゼルと同じくらいで、百五十センチそこそこ。腰までの黒髪に黒目。ディテールだけを見れば、日本人形っぽいと言えなくもない。
特に名前はないそうなので、エルミとマチルダから“マルテ”と名付けられた。
「わしは呼び名など何でも良いが……いささか安直ではないか?」
「そうね」
そんなことよりも問題は、こいつが助けを求めていた状況と、助けていいのかの判断だ。というよりも……。
「ワタシたちは、お前を殺スかドうかを見極めにきタ」
「あ?」
そこはボヤかそうとしたのに、マチルダが直球でブッ込んでしまった。それを聞いた水龍マルテは怒るでも驚くでも怯えるでもなく、怪訝な顔で首を傾げる。
「なんで不思議そうな顔してるのニャ?」
「逆に聞くが、なんでそうまでして水龍を殺さなくてはイカンのだ?」
「湖畔にあるアクア―ニアの跡地に、避難民を移住させようと思ってるんだよ。そいつらに危害を加える魔物がいたら駆除するだろ」
危害を加えられてるのはわしの方なんだがな、と不満そうな顔をする水龍マルテ。さすがにマチルダの電撃は正当防衛だろ。
「あと……俺たちの仲間に加わったなかに、水龍に恨みを抱いて殺す気満々の奴がいる」
「なぜ?」
「水龍に故郷を滅ぼされたとか言ってたな」
「そんなことをした覚えはないが……そいつの故郷というのは、アクアーニアなのか?」
「いや。コフィアっていう、大陸西端の国だ」
「だったら知るか! わしは生まれも育ちもマルテ湖だぞ!?」
だろうね。何百哩も離れた先にあるらしい海と、マルテ湖がつながってるわけもなし。水龍だってだけで他龍の責任を被せられても困るだろ。
でも憎しみの連鎖って案外、そういう理不尽で無意味なもんだし。
「殺しに来るというなら、それはそれで構わんが……」
「構わんのか」
「しょうもない理由で殺意を向けられるのは業腹ではあるがな。殺される覚悟があるなら、相手になってやっても良い」
「良いのニャ?」
エルミの言葉にうなずきつつも、水龍少女(年齢不詳)はへんにょりと眉尻を下げる。
「あんまり乗り気じゃなさそうだな」
「それはそうだろうが。殺されるのは無論のこと、そいつを返り討ちにしたところで、わしになにか得があると思うか?」
「まあ、ないな」
「理不尽!」
「わかるけど」
水龍というだけで、やたら絡まれて難儀しているというマルテ。水龍は外在魔素だけで生命を維持できるので、生き物を殺すのは自分か仲間の身を守るときくらいだとかなんだとか……って、ちょっと待った。
「あれ、ヘイゼル。マルテ湖の水龍は、近付く者すべてに襲い掛かるとか言ってなかったっけ」
「はい。少なくとも王国とアイルヘルンでは、それが定説になっていたようです」
「その“近付くものすべて”が襲ってくるからだろうが! そんなもん、襲ってきたら身を守るわ!」
うむ。なんか濡れ衣というか、片側意見だけだったというか。水龍側にも言いたいことはあるっぽい。
「特に王国の連中はな、大勢で船を出して追い立てようとするわ、湖水に油やら毒やら攻撃魔法やらを放り込んでくるわ、怪しげな魔法やら呪いで縛ろうとするわ……そんなもん、お前らだってやられたらやり返すだろうが!?」
「うム。当然ダ」
「ウチら、やり返したのニャ」
「ええ。その結果として王国は再起不能ですね」
憤慨していたマルテだが、ガールズのリアクションも意外だったようで、なんの話だと首を傾げる。
手を出してきた奴らをみんな殺したんで聖国と王国は再起不能だ、みたいなマチルダの説明を聞いてマルテは声を上げて笑う。
「それは面白い!」
「敵からしたら、ミーチャたちは悪夢なのニャ」
「俺とヘイゼルがやったみたいな言い方だけど、マチルダとエルミも王国崩壊の一因だからな?」
「うム。いマやエルミは、空飛ぶ猛虎ダからナ」
「ニャニャ……♪」
なにを照れてるんだか。話が脱線してますね。
「マルテは助けを呼んでいたらしいけど、なにかあったのか?」
「呪いと魔法で拘束されて、どこかに引きずられそうになった。とっさに仲間の助けを呼んだのだが……」
マルテは苦笑するだけで、その先を言わなかった。
もしかしたら、この広い湖のどこにも、仲間はもういないのかもしれない。それはそれとして……なんか聞いたことのある話だな。
サーエルバンの南で俺たちが仕留めた水龍は、マルテ湖から地下水脈に迷い出たものを、農の里の魔導師たちが誘導したとか言ってたけど。そうやって呪いと魔法で無理やり縛って引きずってったんだろ。
ヘイゼルを見ると、目顔でうなずいてきた。
「マルテを捕まえようとしたやつらは、どうなった?」
「必死にもがいて、船をひっくり返してやった。岸まで泳ぎついたとしたら、生き延びたやつもいるかもしれん」
エルミたちによれば、助けを呼ぶ声が聞こえたのはアクア―ニア跡地の対岸にあった中州のあたり。俺たちが上空から見ていたときも、船を出すときも周囲に人がいた形跡はなかった。逃げたか溺死したか知らんが、どっちでもいい。
どうやら農害タリオとエルヴァラの馬鹿どもは、まだ生きた水源の確保を諦めていないようだ。前向きで勤勉な狂人の情熱というのは、ゾッとするほどに恐ろしい。
「己が行ったことは、我が身に返ってくるものです」
穏やかな笑みを浮かべたヘイゼルが、まったく穏やかではない声でポソリとつぶやく。事情を知らないマルテは、いきなり膨れ上がった怒気にギョッとしてヘイゼルを振り返る。救いを求めるような顔で俺を見るけれども……ムチャいうな、俺にこんなのを御する力はない。
「……当然の報いです。このまま進めば……」
まるで祈りを捧げるように手を組んで、英国製の暴龍は笑顔のまま予言を告げた。
「彼らは望み通り、砂漠を得ることになります」
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