ダイレクトリーストライク
巨大なマルテ湖を南下しながら、俺たちは水龍の姿を探していた。
狭いところで幅二キロ、広いと二十キロ以上はある湖なので、もう四方に岸辺は見えない。そんな広い水域となると、探すのも簡単ではない。
「すいりゅーすいりゅーでてくるニャー♪」
エルミとマチルダはボフォースの砲座で、クリクリとクランクを回しながら周囲を見渡している。
俺もその後ろで水面に目を向けてはいるが、それらしきものは見当たらない。俺には気配やら魔力やらを探る能力はないので、水龍が水上に巨体でも現してくれないとわからん。
船のでっかいディーゼルエンジンが激しい煙と音を振り撒いているから、警戒して逃げるか脅威として襲い掛かってくるかも読めん。
「ちょっとずつ撃って、狭いとこに追い込むのはどうニャ?」
「前にミーチャがヤってイた、“つり”みタいに、フネでエサを引っぱルのはドうダ?」
「う~ん、漁をするには広すぎるんだよな」
ヘイゼルによれば、水深も平均百メートル以上あるらしいからな……追い込み漁もトローリングも、やるとしたらかなりの人手と時間が必要になる。
「ミーチャさん!」
操舵席で船を操りながら警戒周囲をしていたヘイゼルが、南東方向を指して声を上げる。
「いたか?」
「鳥が群れています。なにかいるんじゃないでしょうか」
それは……鳥山ってやつか。水面下に魚が集まっているときにそうなると、釣り好きの友人から聞いたことがある。
深みにいる捕食者から逃げ回っているのだろう。泡立つように水面近くまで上がってきた小魚の群れを、待ち構えていた水鳥が捕らえていた。
「なにかって、水龍かな?」
「わかりません。魚が落ち着きのない動きをしていますから、大きな生き物ではあると思いますが」
俺にはなんにも見えんし感じ取れんので判断のしようもない。
前に怒り狂った水龍と遭遇したときは嵐のような暴風雨が起きていたんだけどな。いまのところ曇天ではあっても雨風は感じられない。
「ちょっと撃ってみるニャ?」
「待て待て」
もし水龍がいたとしても、水面下では大したダメージを与えられない。殺すのが目的なら爆雷投下が確実なんだろうけど、ここまでの流れで確認もせず吹き飛ばすのも少し抵抗がある。
ゆっくり船を近づけると、水鳥たちは不満そうな鳴き声を上げて飛び立っていった。
「なにか、イるナ」
マチルダが砲手席から立ち上がって、舷側から水面を覗き込む。隣で俺とエルミも目を凝らすが、この辺りは水深が深く濁りもあってよくわからない。
操舵席のヘイゼルは耳を澄ませるような表情で首を傾げる。
「大きな魔力を持った生き物です。敵意は感じられませんね。むしろ怯えているように思えますが……」
ごぼりと、水面に泡が立つ。エルミとマチルダはボフォースの砲座を振り返って、すぐに諦めた。狙うには近すぎて俯角が足りないと判断したのだろう。
「……ッ! つかまって!」
ヘイゼルの声と同時に、凄まじい勢いで水面が掻き回される。二十メートル超えの船体が大きく揺らいで、渦に引き寄せられてゆく。その水面下には水龍が口を開けているのだろう。爆雷を落とそうにも、傾き揺れ動くなかを船尾まで行けそうにない。
「あア……もウ、うっトうしイ」
つまらなそうに息を吐いたマチルダが指を振ると、小さな雷が渦の中心めがけて真っすぐに叩き込まれた。
「ぴッ!?」
小さな悲鳴のような音が聞こえて、水面の動きが停まる。ああ、いまの俺たちが最初に会ったとき喰らわされそうになった魔法だわ。と思っていると、なにか白いものがゆっくりと浮上してきていた。
「マチルダちゃん、殺しちゃったのニャ?」
「死んデはイないゾ? 気を喪っテいルだケだ」
たぶん、と小さく付け加えたのが少し気になるが、マチルダが対処してくれなければ危なかったのだから感謝こそすれ文句を言う筋ではない。
「水龍って、こんなのニャ?」
「……いや、なんか思ってたよりもちっこい気がする。っていうか……おい!」
うつぶせのまま浮かび上がったのは、全裸の少女だった。
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