シルバーライニング
砲座に砲弾をセットしながら、俺はヘイゼルから聞いた操作方法を改めておさらいする。初めての兵器となれば、いざというときアタフタしそうだしな。
「40ミリ機関砲弾って、こんなデカいのか。ほとんど小型対戦車砲と同じくらい?」
「そうですね。ボフォースは40×311ミリで、2ポンド砲が40×304ミリですから、外寸としては近いかと思います」
持った感じもほぼ同じくらいで、リレーのバトンよりひと回り長くて太い。四発ずつ装填子で連結されたその砲弾を、機関部上の装填トレイに複数セットする。
機関部の横にあるレバーを引くことで撃発準備され、発射は砲手席の足元にあるペダルで行う。2ポンド砲も発射はペダルだったな。このあたりが“銃”ではなく“砲”な感じ。
照準は蜘蛛の巣状照準器とも呼ばれる円形に放射線状の網目が入ったエラいザックリしたものだけれども、まあ精密射撃をするような兵器ではないのだろう。
上下左右の照準調整は砲撃手の座席についた手漕ぎのクランク。本来は水平側と垂直側でふたり必要なんだけど、今回は水平射撃のままで仰角を取ることはない……と思ったら発射ペダルがあるのは垂直方向のクランクがついた左側席ということが判明。使えん。
「マチルダ、撃つときになったらクランク回すの頼めるか?」
「良いゾ」
「それじゃウチは、この砲弾入れるのやるのニャ」
ふたりは並んで座るとクリクリとクランクを回し、動きが面白いと喜んでいる。
身長の問題を考えると、ふたりに発射まで頼んで俺が砲弾装填に回った方が効率的かもしれない。エルミよりは身長のあるマチルダを左側席に座らせて、発射までの手順を教えることにした。
「この“ぼふぉーす”は、ヘイゼルちゃんのいた国の武器なのニャ?」
「残念ながらわたしの国のものではありませんけれども、数十カ国で運用された不朽の名作ですね。これは大戦期のモデルなので口径長56ほどですが、70まで延長された後継機種は現在でも世界中で現役です」
主に高射砲として大活躍した世界的ベストセラー&ロングセラーだという話は俺も聞いたことはある。
ちなみに口径長と言うのは、砲身の長さが口径(ボフォースの場合40ミリ)の何倍かで表した数字だ。砲身が長いほど弾頭の加速時間が長いので、初速や威力が高い。
「では、エンジン始動しますね。エルミちゃんマチルダちゃん、周囲の警戒をお願いします」
「わかったニャ」
「任セろ」
「ミーチャさん、もやい綱を外してください」
「了解」
岸辺に繋いだ係留索を外して、船に戻る。
船体後部にも砲座のマウントがあり、こちらにも仕様によって40ミリ機関砲が搭載されたものもあったようだ。ヘイゼルが調達した個体では、後部砲座は撤去されている。
その代わりに、というわけでもないんだろうけど。船体後端に小さなドラム缶みたいのがふたつ並んでいるのに気づいた。もしかして……というまでもなく、これが水龍退治の虎の子なんだろう。
一瞬固まった俺を見て、ヘイゼルが操舵席から声を掛けてきた。
「大丈夫ですよ、まだ信管はつけていません」
「てことは、やっぱあれ……」
「ええ。英国海軍のマークⅦ対潜爆雷です」
潜水艦を沈められるってことなら、水龍相手でも効果的だろう。以前迫撃砲弾で仕留められたくらいだから、水龍の外皮はそれほど強靭ではない。
「そう思い詰めなくても大丈夫ですよ。使わないで済めばそれでいいんです。最後の手段ですから」
「爆雷が?」
「殺すのが、ですね」
甘っちょろい迷いを改めて指摘され、俺は少し固まる。舷側の魚雷発射管に腰かけていたエルミとマチルダも、ちょっとモニョっとした顔で俺を見る。
「ミーチャに言っタら、こうなるコとはワかってイた」
「だから、ウチらも同罪ニャ」
「みなさん、ナイーブなのは罪ではありませんよ」
「心にもないことを言うなヘイゼル。少なくとも英国的常識ではあり得ない選択肢なんだろ?」
英国的な偽善と偽悪のカリカチュアであるところのツインテメイドは、にこやかに笑って首を振る。
「いいえ。それによって奪われ踏みつけられたとしても自業自得……失礼、“個人の選択”と判断されるだけです」
そうだとしたら日本人のメンテリティとの違いは、やはり自己責任の意味合いか。
「ということは、つまり……力ある者の偽善的行為は、単なる奇矯な行動として見過ごされるということです」
それはそれでどうなんだろうと思うが、大人としての正しい意見なのだろう。個人の権利を守るということは、自殺行為や無益な愚行を自ら望む者に対しても、それに干渉しないということなのだから。
「わたしたちは、なにがあっても死にはしません。損失があったとしても、些細な経済的支出くらいでしょう。つまり、負けもしません。問題ありませんよ」
ヘイゼルは笑いながら、パトロールボートを発進させる。
「失うもののない立場でいる限り、偽善ほど楽しいものはないのです」




