スタッガード・シャトル
「隊長、このひとたちを頼む!」
「おーし! みんな降りてくれ!」
トラックを正門前に乗りつけると、集まってくれていたゲミュートリッヒの住人が避難民たちの世話を引き継いでくれた。
「はーい、お腹がすいてる子は、ご飯あるから言ってねー」
「水が欲しイ者は、手を上げルのダ」
「からだの調子が悪いひとは、ウチに教えてニャー」
みんなで手分けして飲み物や軽食を配り、毛布を渡す。弱っていることを想定してか、衛兵詰所の前に椅子や簡易ベッドまで並べてくれていた。ようやく助かったとホッとして泣き出す子供や女性、へたり込む老人もいる。
ティカ隊長が荷台に登って、全員降りたことを確認してくれた。手にはいくつかの携行袋と木の杖。誰かの忘れ物だろう。
「ミーチャ、もういいぞ! 全員降りた!」
「了解!」
「いっすよー、そのままっすー」
クマ獣人の衛兵サカフが、トラックの周囲に避難民やゲミュートリッヒの住人が近寄らないよう転回をサポートしてくれた。正直あんまり気持ちに余裕がないので、死角をサポートしてくれるのは助かる。
ヘイゼルが守ってくれているから問題はないだろうとは思うけど。それでも、残った避難民たちも早く収容してやりたい。
不安はない。胸騒ぎもしない。でも、彼らを置いてきた丘の上から細い煙が上がっているのが、ものすごく気になる。
「っしゃー! 待ってろみんな! いま行くからな!」
◇ ◇
「……ってさ。いや、そうじゃないかとは思ったんだけどね」
「お帰りなさい、ミーチャさん」
トラックのデカい図体が許す限りのフルスロットルで街道を駆け抜け坂を登り切った俺は、そこで焼肉パーティを開いている避難民たちを見て吐息を漏らす。
うん。そらそうだよ。クエイルたち戦闘職もいるしな。敵対者にとっては英国的悪夢であるヘイゼルがいる時点で、危険はないことなど知ってた。知ってたけどさ。
とりあえず、もう急ぐ必要はない。俺は丘の上でトラックを停めて、ひと休みすることにした。
「うま……」
避難民たちは、なんだかよくわからないけど旨そうな肉を満面の笑みで頬張っとる。
「ヘイゼル、この肉どうしたの?」
「休憩中に、みなさんお腹が減ったとのことでしたのでクエイルさんたちに取りに戻ってもらいました」
「取りにって、ああ、これ倒したオークか」
「はい。できるだけ衛生的に処理したので、それほどの量ではありませんが」
つうても三メートル級のオークだからな。どんだけ厳選したって枝肉はキロ単位だ。
漂う香ばしいスパイスの香りは、こちらもなんかわからんけどイギリスのなんかだろ。前に嗅いだことある気がする。
「あれだ。カレーだな、前に買った余りか」
「ええ。シェアウッドのタンドリースパイスですね。リブ肉が焼けてますけれども、ミーチャさんもどうですか?」
「俺はいいや。飲み物があったらもらえるかな」
俺が言うと、ヘイゼルから見覚えのあるジュースを手渡された。
ああ……これ、あれだ。エーデルバーデンで孤児たちを保護したとき、あれこれ出した食料品に混じってた。たしかグラスに注いだシスターが、毒々しい色にギョッとしてたやつ。
「ブリテンでは、比較的スタンダードなソフトドリンクです」
「そうなのね」
果汁控えめっぽい味だけど、喉が渇いてるとなかなか美味い。美味いんだけどさ。このRubiconって、後戻りできない決断の、あのルビコン?
イギリス人のネーミングセンスって、なんでいちいち捻りがキツいの。
「ミーチャ殿」
周囲の警戒を行っていたクエイルが、俺の方にやってきた。手には手槍を持って、肩から弓を下げている。襲ってきた敵から奪ったものだろう。
「敵の追撃があったようだけど、大丈夫だった?」
「問題ない。というよりも、ヘイゼル殿が一蹴してくれたので、戦闘職の出番はなかった」
「そんなもんだ」
俺が理解を示すと、苦笑された。ヘイゼルがいると、ちょくちょくそうなる。“もう全部あいつで良いんじゃねえかな”的な。実際それで良いわけはないので、気を引き締めないとイカンのだけどな。
「こちらも、第一陣は無事ゲミュートリッヒに収容された。向こうで食事も飲み物も出してもらえてるし、治癒魔法が得意な仲間もいるから問題ない」
「……助かった。礼を言う」
「いいさ。乗り掛かった舟だ。無事に定着するまで面倒見るよ」
見張りを交代して、戦闘職のひとらも肉を食べてもらう。備蓄を気にせず食べられるのは、ずいぶん久しぶりだと喜ばれた。
「さあ、あとひと息です。みなさん、がんばりましょう」
「「はーい!」」
食事の後でヘイゼルが声を掛けると、満たされた避難民たちは明るい顔で声を上げた。
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