狼と山羊とキャベツ
避難民たちが手分けして丸太をどけている間に、クエイルは犬型岩まで敵魔導師を確認しに馬を走らせた。待ち伏せしていた敵が、どういう素性なのかわからなかったからだ。
丸太の周辺に転がっている死体は、服装こそ野盗のようだけれども、戦術と武器は兵士のそれだ。丸太で簡易な馬防柵を組み、盾やら長剣を使って集団戦を仕掛けようとしていた。
「剃髪痕がないので、聖国の僧兵ではなく王国軍の兵士ですね」
運転席の屋根で警戒していたヘイゼルと俺に、死体を検分していた避難民のひとりが伝えてくる。
「ありがとう。やっぱり、王国を滅ぼした俺たちへの報復かな」
「単に野盗に落ちただけかもしれませんよ。この丸太は、組まれてから数日は経ってます」
上空を通過した俺たちを見て待ち伏せたのではなく、行き当ったのは偶然か。
「ミーチャ殿、ヘイゼル殿」
クエイルが戻ってくる。手にしてるのは黒っぽい色の魔術短杖。
「栗材だ」
「ん?」
「耐久性と対候性を優先した素材、王国軍でも低級から中級の魔導師が持たされるワンドだ。おそらく、こいつらの行動には政治的意味も、戦略的意味もない」
避難民から聞いた推測とも一致する。となれば、この場は放置して忘れよう。
殺しにきた敵を埋葬する義理もないので、死体はそのままにしておく。居住地の近くなら疫病の原因になるだろうが、ここならブッシュビーターやゴブリンやらが処理してくれるだろ。
「それじゃ、今後の問題はなさそうだ。ありがとう、出発しようか」
「了解」
丸太や死体の撤去をしてくれていた避難民たちが荷台に戻ったのを確認して、俺とヘイゼルも運転席に戻った。
「ここから先しばらくは、脅威も小型の魔物くらいですね。徒歩ならば警戒も必要でしょうけれども」
トラックが近づくより早く、茂みや木立の奥で必死に逃げてゆく魔物や獣の姿が見えた。
「こんだけ盛大に騒音とディーゼル臭を撒き散らしてりゃ、そうなるよな」
◇ ◇
あまり荷台が揺れないよう慎重に走らせること一時間ちょっと。トラックは、ゲミュートリッヒが見える高台に出た。
遠くに見えるというだけで、距離はまだ直線で十キロ前後ある。しばらく曲がりくねった道を行くので実際の距離は三十キロ近い。
「さて……」
予想はしてたけど。牽引用荷台を連結した状態で、この坂を下りるのは困難だ。九十九折りを曲がり切れないし、無理すると傾いて転落しそう。
「やはり、ピストン輸送が無難だと思います」
「だな。ヘイゼルが残ってもらえれば、第一陣を送り届けてくるけど」
「問題ありません」
クエイルも戦闘職の大半をトラックの護衛につける。彼らはもうヘイゼルの戦闘能力を知っているので、むしろ護衛に割くべきなのは運転手の方だと理解したのかもしれん。
「気をつけて」
トレイラーの連結を外して、ヘイゼルとクエイルが俺と先発組に手を振る。
坂の上で残ることになった避難民たちも女性や子供は不安そうだけれども、自称真王と英国的守護神がいっしょなせいか怯えたり泣いたりする者はいない。
さっさと行って早く戻ろう。安全運転で往復しても小一時間あれば問題ないはずだ。
「ミーチャ、様!」
荷台から運転席に声を掛けてきたのは、西方出身の少女アルマイン。水泳が得意で水龍と因縁があるらしい彼女には後でマルテ湖に着いたら活躍してもらう予定なのだけども。
坂道を下る途中に声を掛けられても反応できない。転げないよう運転に集中したいのだけれども、彼女の声を聞く限り、世間話をしようというわけじゃない。緊張と警戒からして、俺に非常事態だと伝えたいのだ。
「どした?」
「気配、近づいてる。後ろ、ヘイゼル、様の。王の、いる、ところに」
「それは、魔物か? それとも、人間?」
「人間! さっきの、待ち伏せくらい、たくさん……」
「じゃあ、平気だ!」
「え?」
二十か三十か知らんけど。その程度の人間が攻めて来たところで、居残り組に危険はない。
俺は前を向いたまま、ハンドルとアクセルとブレーキの操作に神経を集中させる。
案の定、背後では短く銃声が鳴って、静かになる。
「ほら、な?」
「……私、わかった」
なにがわかったのかは、いささか気に掛かるが。俺はいまそれどころではない。
なんとか無事トラックを平地まで下ろすと、アルマインが誰に言うでもなく、うっとりした声で囁くのが聞こえてきた。
「……ヘイゼル様、……西方文明の神、……漁撈を守護する女神」
なんか知らん名前が出てきた。意味は自動翻訳的に頭に入ってくる。大英帝国と語呂似てるのが不安を誘う。俺もヘイゼルの正体はよく知らんが、なんか守護女神的なものなんじゃないかとは思い始めている。その守護対象と目的が何なのかはともかく。
「それな!」
ヤケクソ気味に賛意を示すと、俺は、吹かし気味にアクセルを踏み込んだ。
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